気配が
第1章のエルミナの北の外れで感じていたものと、同じ匂い。これを書きながら、しろはずっと見えていたんだな、と改めて思いました。
その朝、しろが懐の中で動いた。
眠っていたはずだった。少なくともカエデにはそう見えていた。だから、突然体勢が変わった感触に目が覚めた。
懐から顔だけ出して、しろは一方向を向いていた。
部屋の窓。その向こう。王都の外れの方角。
「……しろ?」
返事はなかった。でも耳が立っていた。微かに、鼻が動いていた。何かを嗅いでいるような、そういう動き方だった。
カエデは起き上がって、同じ方向を見た。窓の外は朝の王都で、石造りの屋根が連なって、遠くに城壁の一部が見える。特別なものは何もない。
でも、しろには何か見えている。あるいは、聞こえている。あるいは、嗅いでいる。
カエデにはわからない言葉で、しろは何かを感知していた。
「……何か、ある?」
少し間があった。
「……同じだ」
短い言葉だった。それだけだった。でもカエデには、その言葉がどこを指しているか、すぐにわかった。
エルミナの北の外れ。あのとき、しろが何日も向いていた方角。密輸の荷が動いていて、術式の匂いがして、後になってから繋がりが見えてきた、あの一件。
「……エルミナのときと、同じ?」
しろは答えなかった。でも耳が、もう一度動いた。肯定だと、カエデは思った。
肩の上でぽぽが「ぽっ?」と首を傾けた。窓の外を見て、それからしろを見て、また窓の外を見た。
「ぽぽにはわかる?」
「……なんか変な感じはする。はっきりはわからん」
「しろほどはわからないのか」
「俺としろは違うから」
それも短い答えだった。でも嘘をつかない答えだった。
窓の向こう側に、何かある。
カエデはしばらく、そこを見ていた。
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その日の午後、ガルドへの定期便に返事を書こうと机に向かったとき、ルーチェが部屋に入ってきた。今日は仕入れ先の花屋を三軒回ってきたらしく、腕に小さな荷物を抱えていた。
「ただいま。あ、手紙書いてる」
「うん。ガルドさんに」
「何書く?」
「色々」
ルーチェは椅子を引いて隣に座った。荷物を床に置いて、腕を組む。何か言いたそうな顔だった。
「……今日、変なの見た」
カエデが顔を上げた。
「変なの」
「仕入れ先の一軒め、王都の外れの方に行ったんだけど。そこの近くに古い倉庫があって」ルーチェが少し声を落とした。「荷物の動きが、なんか変だった」
「変、というのは」
「荷が多い。でも出入りしてる人が少ない。普通の商売の動き方じゃない、って花屋のおじさんが言ってた。最近急に増えたって」
カエデはペンを置いた。
しろが朝から向いていた方角を、頭の中で思い返した。外れの方。王都の外れ。
「……場所、おじさんは何か知ってた?」
「前は別の商人の倉庫だったって。ちょっとくらい前から別の人が借りてるらしい。誰が借りてるかは知らないって言ってたけど」
エルミナで密輸の件が動いていたのと、時期が重なる。
カエデは自分でそこまで考えて、少し立ち止まった。考えすぎかもしれない。一致するように見えるだけかもしれない。でも、しろが「同じだ」と言った。
ぽぽが机の端で「ぽっ」と鳴いた。
窓際でホークが羽の配置を直しながら、「わたくしも、あちらの方角は少し気になっておりましたわ」と静かに言った。「具体的には申し上げられませんが、空気の流れが妙で」
「ホークも気づいてたの」
「気取ってるだけかと思って黙っておりましたが、皆さん同じご意見のようでしたので」
ぽぽが「なんだよ早く言えよ」と言った。ホークが「あなたがうるさいので言いそびれましたわ」と返した。ぽぽが「ぽっ!!」と抗議した。しろが懐の中で静かに目を閉じた。
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カエデはその夜、ガルドへの手紙に一段落を加えた。
エルミナの密輸の件と似た気配が、王都にもあるかもしれないこと。しろが感知していること。ルーチェが現場近くで変な動きを見たこと。
それだけ書いて、どう動くかは書かなかった。まだわからなかった。ガルドは「深入りするな」と言うだろうと思った。言われなくても、そのつもりだった。ただ、知っていてほしかった。
封をして、机の隅に置いた。
「どうする?」とルーチェが聞いた。
「……ガルドさんに確認を取る。それから考える」
「自分で動かないの?」
「動く理由が、まだない」
ルーチェは少し考えてから、「そっか」と言った。それ以上は聞かなかった。
カエデは窓の外を見た。夜の王都は灯りが多くて、エルミナの夜とは全然違う。エルミナの夜は暗い。港の方だけが明るくて、星がよく見えた。
しろが懐の中で、もう一度だけ外れの方角に耳を向けた。それから目を閉じた。
今夜はそれだけだった。でもカエデには、それが「まだある」という意味だとわかった。
手紙を定期便に出すのは明朝でいい。それまでは、ここにいる。
小さな一言なんですけど、この言葉に第1章との繋がりが全部入ってる気がして。次の話でリオネルに会います。




