…タウルさん!
タウルさんが好きです。口が悪いわけじゃないのに、なぜか全部刺さる。こういう職人気質のおじさんを書くのが楽しくてたまらない回でした。
その日の午前中、カエデはギルドの作業スペースを借りて手を動かしていた。
依頼で受けた、病床の親族へ贈るためのぬいぐるみだ。年配の女性が依頼主で、「母が長く入院しているので、そばに置いてやりたい」と封筒に書いてあった。住所もあった。名前もあった。返事が書ける依頼だった。
形は小さな熊にした。大きすぎると病室の棚に置けないことがある。手のひらに収まるくらいがいい。素材は魔力繊維ではなく普通の木綿にした。特殊素材は精霊が宿る可能性があって、病院という場所との相性がわからない。今回はただ、温かく、やわらかくあってほしかった。
しろが懐の中でじっとしている。ホークが窓際で羽の配置を確かめている。ぽぽが机の端に座って、カエデの手元を見ていた。
「ぽっ」
小さく一声鳴いた。感想のような、相槌のような声だった。
「見てる?」
「ぽっぽん」
「……なんとなくわかった」
わかってなかったけれど、なんとなくそう返した。ぽぽが満足そうに尻尾を揺らしたので、正解だったらしい。
---
昼過ぎ、タウルが作業スペースに入ってきた。
自分のブースに向かうついでのような歩き方だったが、カエデの机の前で足を止めた。手元を一瞥する。特に何も言わない。通り過ぎるかと思ったら、椅子を引いて向かいに座った。
珍しいことだった。タウルが誰かの作業台に座るのを、カエデはこれまで見たことがなかった。
「素材、木綿か」
「はい。今回は特殊素材を使わない方がいいと思って」
「理由は」
「病院に置くものだから。何が起きるかわからない素材より、確かなものの方がいい気がして」
タウルは少し間を置いた。それから、「そうか」とだけ言った。
短い言葉だったが、否定でも肯定でもなく、ただ聞いた、という感じだった。タウルの相槌はいつもそうだ。受け取ったことを伝えるだけで、評価しない。
カエデは手を動かしながら続けた。
「特殊素材を使えばいいものができる、とは限らないと思うんです。何のために作るか、誰のために作るか、そっちの方が先にある気がして」
言ってから、少し言い過ぎたかもしれないと思った。タウルは職人として特殊素材を扱ってきた人間だ。素材を否定するような言い方をしたつもりはないが、受け取り方によっては。
でもタウルは気を悪くした様子がなかった。むしろ、少し目が細くなった。
「おまえは」とタウルが言った。「最初から、そういう仕事の仕方をしてたか」
「どういう意味ですか」
「認められたくて仕事してるわけじゃないだろう、ということだ」
カエデは手を止めた。
予想していない言葉だった。
「……認められたくないわけじゃ、ないです」
正直に言った。タウルに嘘をつく気にはなれなかった。
「別にギルドに認められなくてもよかった、でも認めてもらえると嬉しい、それが正直なところです」
タウルは少し間を置いてから、低く笑った。声に出した笑いではなく、口元だけが動いた。
「そういう奴の方が、長く続く」
「……え」
「認められることだけを目的にしてる奴は、認められた瞬間に止まる。おまえはそうじゃない」
それだけ言って、タウルは立ち上がった。自分のブースに向かおうとして、一度足を止めた。振り返らなかった。
「一つ、いいか」
「はい」
「素体強化の素材、追加で用意できる。しろとぽぽの分だけじゃなく、ホークの分も。量は少ないが、必要なら使え」
それだけ言って、今度こそ歩いていった。
カエデはしばらく、タウルの背中を見ていた。
---
懐の中でしろが動いた。顔だけ出して、タウルの去った方向を一度見て、また引っ込んだ。
ぽぽが「ぽっぽん!」と鳴いた。今度は明らかに得意そうな声だった。
「別に、おまえが褒められたわけじゃないから」
「ぽっ!」
「……まあ、関係あるか」
関係ある、とカエデも思った。しろがいるから、ぽぽがいるから、ホークがいるから、この仕事ができている。それは確かだった。
手元の熊のぬいぐるみに目を戻す。あとは目を付けて、縫い目を整えれば完成だ。
認められたくない、は嘘だ。認めてもらえると嬉しい、は本当だ。でも、それが一番じゃない。一番は、作った先に誰かがいること。病室の棚の上で、誰かの手のひらに収まること。
それだけでよかった。そういう仕事がしたかった。
タウルが言ったことの意味が、少しだけわかった気がした。
---
その日の夜、ガルドからの手紙が届いた。
本文は短く、近況だけが書かれていた。エルミナの市場が賑わっていること、リリアさんが新しい花の仕入れ先を見つけたこと。いつも通りの文体だった。
追伸が二つあった。
追伸の一つ目。「つきが今朝、台所の窓から外を眺めていた。エリが何を見てるんだと聞いたら、つきは窓の外の方角をじっと見ていた。どこを見ていたのかはわからない」
追伸の二つ目。「タウルという職人はこの街に昔いた職人の孫弟子だという話を聞いた。縁というのは面白い」
カエデは手紙を二度読んで、机の引き出しに入れた。
つきが見ていた方角が、どこだったのか。根拠はないけれど、わかる気がした。気のせいかもしれない。でも、気のせいじゃないと決めた。
タウルとの縁の話は、後でゆっくり聞いてみよう、と思った。
タウルさんが「そういう奴は強い」と言ってくれました。カエデさんに言った言葉ですが、書いてる私にも刺さりました。認められたいけど、それが全部じゃない。そういう話が書きたかった。




