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てのひら無双 ~精霊に愛された人形師ときゃわわぬいぐるみ~  作者: 鮪野登呂介
王都アルヴェリア編

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有名になりたいわけじゃないんですぅ!

都って、情報が回るのが早い。エルミナより人が多いから当然なんですけど、まさかここまでとは。カエデさんも困惑しています。私も困惑しています。

朝から依頼書の束が増えていた。


昨日より多い。一昨日よりも多い。三日前と比べたら、もはや倍以上だった。


カエデは机の上に積まれた封筒を眺めながら、お茶を一口飲んだ。温かい。それだけが今の支えだった。


「......なんで」


独り言だった。返事を期待していたわけではない。


だから、返事が来たとき少し驚いた。


「ミア嬢の話が広まったみたいだな」


しろだった。作業台の端で静かに座って、封筒の山を見ていた。


「......貴族の間というのは、情報の伝達が速い。特に、子どもに関わる話は」


「そんなに広まってるの」


「広まっている。私には関係ないが」


最後の一言がなければもう少し慰めになったかもしれない、とカエデは思った。でもこれがしろだ。嘘をつかないし、余分なことも言わない。


肩の上でぽぽが「ぽっ!!」と得意そうに鳴いた。


「俺たちが有名になったってことだろ! 当然だ! 精霊入りのぬいぐるみなんて他にあるはずないからな!!」


「お前は関係ないだろ」としろが短く言った。


「あるわ! 俺がいるからカエデが作れるんだぞ!」


「...」


しろが答えない。それが全てだった。ぽぽが「ぽっ!!」と再度主張したが、やはり無視された。


窓際でホークが羽の配置を整えながら、「まあ、事実ではありますわね」とどちらにも取れることを言った。


---


今は状況を整理する方が先だ。


依頼書を一通ずつ開いてみると、内容はさまざまだった。誕生日の贈り物にしたい、というもの。病床の親族を励ましたい、というもの。飾り棚に置く大きめのものを、というもの。王都に来てから依頼の規模が一回り大きくなっている気がするのは、相手が貴族だからだろうか。注文書の筆跡が丁寧で、紙の質がいい。


全部断ることはできない。全部受けることもできない。


「どれを受けるか、か......」


カエデは束の中から一通を引き抜いた。他のものより紙が薄く、封も少し雑だった。差出人の名は書いていない。


開くと、文字が大きくて少し歪んでいた。子どもの字だとすぐわかった。


> *「ともだちがびょうきです。わらってほしいです。ぬいぐるみをつくってください」*

>


それだけ書いてあった。住所も名前もない。どこから届いたのかもわからない。受け付けようにも、返事の送り先がない。


カエデはしばらく、その手紙を持ったまま動かなかった。


しろが少し動いた気配がした。見ていた。


「......返事が書けない」


「そうだな」


「どこの誰かもわからない」


「そうだな」


「でも」


カエデは言いかけて、止めた。「でも」の先が、うまく言葉にならなかった。


ぽぽが首を傾けた。ホークが静かにこちらを見た。


しろは何も言わなかった。でも作業台の端から、少しだけ近づいてきた。ほんの少し。気のせいかもしれない。気のせいではないと、カエデには分かった。


---


その日の夕方、ルーチェが王都の花屋から帰ってきた。


今日は三軒回ってきたらしく、荷物に小さな種の袋がいくつかついていた。機嫌がいい。


「あ、依頼書また増えてる。カエデ人気者だね」


「人気者じゃないんだよ」


「なってるじゃん」


ルーチェはカエデの手元にある薄い手紙に目を留めた。


「それ、なに?」


カエデが渡すと、ルーチェは黙って読んだ。一度、もう一度読んだ。それから、カエデに返した。


「......住所、ないね」


「ない」


「名前も」


「ない」


ルーチェは少し考えてから、「受け付けられる依頼じゃないけど」と言った。「でも、書いた子はいるんだよね」


「いる」


「そっか」


それだけだった。それ以上は何も言わなかった。でもルーチェは席に着いて、自分のお茶を入れながら、ちらりとカエデを見た。何か言いたそうで、やめた。それがルーチェらしかった。


カエデは机の引き出しに、その手紙だけを入れた。


他の依頼書は束のまま脇に置いた。全部受けるつもりはない。でも、この手紙だけは捨てる気になれなかった。理由はうまく言えない。ただ、そうした。


---


夜、作業台でいくつかの依頼書を読み返しながら、カエデは受けるものと断るものを選り分けた。


選ぶ基準は単純だ。作れると思うもの、作りたいと思うもの。そして、心を込めて作れるかどうか。


ミア嬢の「強い子がいい」という言葉を思い出した。作るとき、あの言葉が頭にあった。それが仕事になる、とタウルは言っていた。心を込めて作れるかどうか、精霊はそこを見る、と。


貴族の館を飾る大きなぬいぐるみ——それ自体は悪くない依頼だ。でも今の自分が作りたいものか、と問われると、少し違う気がした。後回しでいい。


誕生日の贈り物——これは受けようと思った。


病床の親族に——これも受けようと思った。


「選んでいるのか」


しろが言った。


「選んでる」


「......いい判断だ」


カエデは少し驚いて、しろを見た。しろは既に目を閉じていた。褒めているのか、ただ述べているのか、判断がつかない言い方だった。でも、悪くない気持ちがした。


ぽぽが「俺はどれでもいいぞ!」と言ったが、誰も反応しなかった。

カエデさんが依頼を「選ぶ」回です。有名になるのは困るけど、あの手紙が引き出しに入ってるのが大事なんです。次の話、タウルさんとの話になります。

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