調査の結末
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南の魔境。その入り口とも言える南の国の関所跡を陣取っているドンジー達を避けるように、俺達は事前に指定された地点に向かう。
「魔物が全くいないな…」
「まだ入り口近くだしそんなもんなんじゃねーの?ヴェラ達が倒したのかも知れねーけど。」
「それもそうだな。」
背の高い木々の合間から小さな家を見つけ出した時には、辺りの闇が濃くなってきていた。
「けっこーギリギリだったな。」
「あぁ…慎重に行こう。」
何かが潜んでいるかも知れない。扉が開かれたことで、その警戒が杞憂に終わる。
「カイル、シェルド。遅かったな。」
「ヴェラ!みんな無事か?」
「あぁ。その荷車が例の?」
「かつてナンミ=ヴァル討伐用に魔物連合が用意した装備だ。」
「後で確かめるとしよう。ひとまずルシエ様のところへ行く。ついてこい。」
聖騎士団の1人に目配せして見張りを代わらせたヴェラに従い2階へ上がる。
「ルシエ様、2人が到着しました。」
「どうぞ。」
部屋の中では、既にランタンが灯されていた。目の前の机に本を置いたルシエがこちらを向く。
「無事に着いて良かったです。迷子になったのかと思いましたよ。」
「いやー、ホント困ったもんですよ。途中で屋台を巡ってて馬車の時間一つ飛ばした奴がいて…」
「それは君だろう!?私がやったみたいに言うな!」
「…先に説明をするぞ。」
引き締めるようなヴェラの言葉を受けて俺達は気を張り直す。
「昨日、私達がここで落ち合ったギルド員の調査によると、ガイリは魔境の奥地、ここから真っ直ぐ南の建物が多く残る廃墟にいるらしい。例の紫の沼が広がっていて見間違えるわけがないそうだ。」
簡易的な地図を指差しながらヴェラが説明する。
「信用できるんですか?」
「ギルドが私達を騙す意味はありませんし、彼の魔法は3km先が鮮明に見える魔法でした。信用していいと思います。」
「へー、なんか便利そうな奴ですね。」
「ただし3km先しか見えません。」
「あー…」
敵が1km先にいたら逆に気付けない感じか。イマイチだな。
「この廃墟の正確な作りは不明だが見通しの良い広場があるらしい。奴をここへ誘導し、付近の建物の上からルシエ様が望遠鏡越しに鑑定する。単純だが情報に乏しい我々にとっては応用の効く策の方が良い。」
「どっから見るかは行ってから決めるとして、どうやって誘導するんですか?」
「下で見張っているうちの1人は周囲を凍りつかせる魔法が使える。自身も凍る為、長時間の使用は出来ないが、追い立てるには十分なはずだ。」
「そういうことなら私も追い立てる側に回ろう。磁力を操るガイリ本体には手が出せないが、建物を崩したりすれば少しは効果があるはずだ。」
「わかった。…ここからは相談だが、カイルには足止めを頼みたい。」
「足止め?」
「ルシエ様が鑑定するためにはガイリに顔を晒させた上でしばらく留まってもらう必要がある。面識のある君が一番時間を稼げる可能性がある。当然、最も危険な役目ということになるが…」
ルシエの鑑定は浮かび上がった文字を読む必要がある。追い立てるだけで顔を出してゆっくり周囲を確認してくれるとは到底思えない。自己再生出来る俺がやるべきなのは明らかだ。成功率が上がるなら迷うことは無い。
「つまり、名乗りを上げてしばらくお喋りすれば良いんでしょ?任して下さい!」
「…助かる。鑑定が終わったら私が矢を飛ばす。ガイリを仕留められるとは思えないが、合図とある程度の撤退支援にはなるはずだ。シェルドの方にも同様に矢を飛ばす。それを合図に撤退してくれ。」
「了解した。見張りも疲れているだろう。私が代わろう。」
「いつ交代する?」
「朝まで任せてくれて構わない。私は睡眠が要らない体質なんだ。」
「…便利だな。」
早めに休んだ俺達は翌朝早くから行動を開始した。
「あれは見間違えるわけねーよなー…」
高台から望む山間の廃墟都市。その中心部は縄張りを主張するかのように紫色に染まって見えた。俺が想像していたよりガイリの操る紫の沼はデカい。
「あの建物は一際高い。あれを中心に作戦を展開する。太陽が真上に来たら開始だ。皆、頼んだぞ。」
各自が配置につく為、そこで散り散りになる。
「シェルド、どーかしたのか?」
「ここに来るまで、一度も魔物と遭遇しなかった。ガイリのせいで環境が変化しただけなんだろうが、どうも引っかかってな…」
「…今は動きやすくて良いってことにしとこーぜ。集中しねーと変なとこでミスるぞ。」
「…そうだな。」
広場に着いた俺からは他の状況が分からない。ルシエ達がいるはずの高台に目を凝らしてみたが、無駄だった。もうすぐ真上に来る。心の中で3回そう思った時、遂に音が響き始めた。多分、建物が崩れる音。シェルドが起こしただろうその音の方向は、紫の沼が迫って来るはずの方向だ。俺は近くの建物に背を預け、視界を固定する。
「―来やがったな。」
道を埋め尽くすように蠢くそれを見ながら、俺はいつ声を上げるべきか掴みかねていた。この紫の沼に話しかけたところでガイリが出て来るとは思えないが、まーやってみるしか無い。
「ガイリ!いるんだろ!?出て来いよ!俺とお喋りしようぜ!」
視界の中の紫が増えていく。だが、さっきまでの移動するものとは違う。広場の周囲を囲むように網目上に張り巡らされていく。俺に気付いたのは間違い無い。目の前で一際デカい塊が膨れ上がっていき、空洞を作る。
「本当に、目障りな奴らだ。」
洞窟から出て来るように現れたソイツは最早宿敵と呼べる魔王に違いなかった。
「1人で俺とやり合う気か?勇者気取りも良いところだ。」
「そういうお前だって1人じゃねーか。自信過剰はお互い様だろ?」
「…自信過剰、か。耳が痛いな。確かに俺は浮き足立っていた。あまりにも上手くいっていて、その態度に乗せられ、お前達の活動を過小評価した。取るに足らない些事だと!…この場所で反省する時間は十分に得た。ここで因縁を断ち切るとしよう。」
ガイリの後方から同じ型の剣がいくつも現れる。その中に1振り、錆びついた刀が混じっている。錆びているくせにマトモな剣と肩を並べられる刀なんてそうは無い。
「…おいおい、何でお前がヒダンの刀を持ってんだよ?」
「盗んだだけだ。」
「そーゆーことしてっから信用されねーんだよ、お前は。」
ガイリは大きく溜息を吐く。
「信用、ね。その手の話はウンザリだ。どれだけ穏便に接していようと他人はどこまでも裏切る。ロドリックにも失望したよ。裏切りは決して許さないと言ったことを忘れてしまったらしい。」
「それで不貞腐れて今は1人ってわけか!笑えるな!」
「…お前は勘違いしている。俺はずっと2人きりだ。」
「は?何言ってんだお前?」
「お前もシェルドを1人として数えるだろう?」
「…この紫の化け物が魔物ってことか。裏切りが怖えーくせにコレは信用してるってわけだ。」
「当然だ。この魔物は俺の分身なんだからな。裏切るわけが無い。」
「マジかお前…とっくに自分を実験台にしてたのかよ。」
「惜しいな。この魔物にはもう一つ特別な点がある。先にそれを見せてやろう。」
ガイリが指差した上空で触手のように伸びた紫の中に何かがある。
「まさか、シェルド!?捕まったのか!?」
すばしっこいシェルドが簡単に捕まるとは思えない。俺が想像してたより紫の動きは速いのか?
「カイル!磁力はガイリじゃない!沼だ!」
そこまで言って、シェルドは溺れるように紫に沈む。
「シェルドを捕まえるのは簡単だ。磁力で動きを止めるだけだからな。」
言いながら、錆びた刀が真っ直ぐ上空に放たれる。
「やめろ!」
俺の制止を受けるはずもなく、刀がシェルドに突き刺さる。程なくして、その体は光となって消え、触手が僅かに膨らむ。
「シェルド!くっそ!!」
飛び出そうとする心を、目の前の状況が押し留める。俺は、どこに攻撃すれば良い?
「今見せたように魔物を喰らうことで成長出来るんだ。不思議だろ?」
「魔物を喰らう?…そうか、辺りが静か過ぎたのはそのせいか!」
シェルドは早い段階で魔物が少ないことに違和感を感じていた。ガイリの影響なのは予想していたが、状況が悪化している兆候だとは思っていなかった。
「力を蓄えてるってことは追放されてもめげてねーってことだな!今度は何をやらかすつもりだ!?」
「何も変わらない。人類を魔物と融合し、魔法を制御可能にする!だが、全てでは無い。俺の世界に、裏切り者は要らない。もちろん、邪魔者もな。次はお前の番だ、カイル。」
武器を持つ手に力が入る。シェルドが魔物連合から引っ張ってきた装備の中から俺が選んだのは、脱皮した亀の甲羅で出来た腕に括り付けられる小盾と持ち手をつけた細長いサイの角のような武器だ。魔物由来であることから普通の鉄とやり合うくらいならびくともしないだろうが、ヒダンの刀は絶対に無理だ。これ以上は俺が切り刻まれることでしか時間を作れない。
(まだか、ヴェラ!?)
その時、ようやく目の前に1本の矢が降り落ちた。俺は矢に付いている細長い葉を左手で握りしめて引き千切る。今度は反転し、全力で駆け出す。
「どうやって逃げるつもりだ?」
筒状の触手から撃ち出された剣を2本、盾で防いだところで建物の裏に飛び込む。ガイリは斥力を使って剣をぶっ放してる。射線が通らなければ時間は稼げるはず。後は聖騎士の魔法が―
「マジか!」
ルシエ達がいるはずの建物に目を向けた時、後ろに回り込んできた紫の沼の中に釘が混ざっているのに気付く。頭を守るように咄嗟に構えた盾の上を、釘の雨が吹き付ける。皮鎧の無い箇所の布は裂け、肉を削り、魔法は即座にそれを治す。
「ぐっぅぅぅぅう!ぅおッ!」
痛みに耐える中、左手に握った葉が俺を空中に投げ出す。横から吹きつけていた釘を斜め上に避けようと飛ぶこの力は、逃走のためにルシエの近くにいる聖騎士のものに間違い無かった。オオオニバスとかいう植物に似てるらしいその葉っぱは、千切れると十数秒で元に戻ろうとする。
「グッ!?おおお!」
沼の網目を抜け、そのまま屋上に俺を投げ出してくれるかと思ったが、角度の問題で屋上近くの壁にぶつかってしまった。最後の一押しは引かれる力を頼りに駆け上がる。
「ハァッ、ハァッ!」
「生きてるな!?離脱するぞ!」
「はやくはやく!死んじゃいますよ!」
召喚し直され新品同様になったハスの葉の上に、ルシエ、ヴェラ、聖騎士、そして俺が乗り込む。
「氷の人は!?」
「問題無い!行くぞ!」
聖騎士が葉の中央部を少し切り取り、握り込んで上空に掲げる。元に戻る力は差があり、落ちる力が弱く、昇る力が強い。おかげでハスの葉は簡単に宙に浮く。だが、俺を引き上げた時より明らかに遅い。重量オーバーな状況で無理矢理に速度を出す為にヴェラが姿勢を正して魔法を発動する。突風は俺達を押し流して安全圏までひとっ飛び。そういう計画だった。
「―オイオイ、触手が伸びてきてるぞ!もっと飛ばせねーのか!?」
「これ以上は無理だ!」
下から伸びる方は追いつけないだろう。だが、後ろから迫って来る方は俺達と同様に突風を利用して徐々に迫って来ている。段々細長くなっていることから限界はありそうだが、逃げ切れるかは微妙―
「やっば!」
触手の中を剣が辿って来ている。どうする気かは明らかだ。俺は後方で盾を構える。
「グッ!?」
「ひっ!?」
「カイル!」
「大丈夫だ!」
飛んできた剣を防いだ勢いでヴェラとルシエにぶつかる。剣なら防げる。だが届いたということは、刀も、届く。それを確かめたガイリがこのまま逃がしてくれるとは思えない。
「ルシエ!ガイリの魔法は磁力じゃないな!?」
「え!?はい!ガイリの魔法は召喚でした!あの紫は絶対ガイリの魔物です!」
「磁力を使えるのはあの魔物だ!自分の意識がコピーされてるらしい!裏切りを許さねーあいつが信用してるのは自分のコピーだけなんだ!」
そういえばリオスも、魔物に意識をコピーすると魔法を意思で制御出来るとどこで知ったのか、疑問に思っていた。なんてことはない。ガイリはあれを呼び出した時からずっと知ってただけなんだ。
「あの紫は魔物を喰って成長するらしい!シェルドも喰われた!辺りに魔物がいないのもそのせいだ!」
シェルドが疑問に思った時、リオスなら気付いただろうか。可能性はある。そう思わせてくれる程に、アイツは俺とはどっか違う。
「リオスに、伝えてくれ。アイツなら、何か思いつくかも知れねー。」
「え!?なんで―」
「今日の俺の役割は、時間稼ぎだからな!」
俺は射線に飛び込む。ヒダンの刀はよく切れるが、それは刃の部分だけだ。俺の体は貫かれるが、盾は鍔を受け止め、それ以上後ろに飛ぶことを許さない。
「カイルさん!!」
俺がいなくなった分、軽くなった葉の上から聞こえる声を背に、俺は滅茶苦茶に武器を振りながら迫り来るドロついた紫を見ていた。
「ゴバッ!ガホッ、ガハッ!」
沼で溺れ死ぬ、かと思ったが、まだ生きている。だが流されて、いや、運ばれている。俺が必死に浮かんだままでいると、案の定、奴の前に辿り着いた。沼から頭しか出ていない俺に、出来ることはもう何も無い。
「戦力が少な過ぎる。お前達は何しに来た?」
「…俺に聞くってことは、魔王サマは、まんまと逃がしちゃったわけだ。ハハハッ、笑えるな。」
「この状況でよく笑えるな。どの道お前は死ぬんだぞ?」
「どーせなら、笑って死んでやる。」
「理解できないな。何の希望も無いというのに。」
「あるさ。リオスがいる。」
こんな最悪の状況でも絶望に染まらないのは、終わったわけじゃないと、リオスが思わせてくれるからだ。
「…アイツに何が出来る?」
「俺には分からねー。でも、リオスがお前を倒しにくる、必ずな!」
「…時間の無駄だったな。」
意識が途切れた後も、きっと笑ったままだった。
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