脅威への包囲網
実験内容の開示を要求されたギルドの声明の中にガイリの言葉は無かった。開示要求を拒否しようとしたガイリは遂にギルド内の反発を抑えきれずに解任されたからだ。臨時でギルドマスターの任についた治癒部門部長のロドリックが冒頭で説明したその文言を見て俺達は喜んだが、その後に綴られた実験内容を読み終える頃には浮ついた気持ちは消え失せていた。
ガイリの最終目標が魔法の全てを意思で制御出来るようにすること、それに間違いは無かった。しかしその方法は、“鏡"と呼ばれる魔道具を用いて人の意識を魔物にコピーし、人類を置き換えることだった。北の国からの都合の良い実験体は意識をコピーされた後に殺害され、魔物はデータ収集の為に東の国の戦場に送られる。それがガイリが主導している実験だった。本実験に関わった研究員を全て追放し、首謀者であるガイリは総力を投じて捕縛を試みたが“鏡"を持って逃亡。被害の拡大を防ぐ為に引き続き行方を追っているらしい。ナンミ=ヴァルを単独で討伐するような奴が人を魔物に変えようとしている。いつ誰が襲われるか分からないその恐怖心と共に“モデラトル・マギアエ"を噂する声は魔王ガイリを非難する声に塗り潰されていった。
「あの時以来ですね、ロドリックさん。」
「あぁ…久しぶりだな。」
逃亡を続けているガイリに対してどうするか。ギルドから引き離すという目標を達成した俺達が次の行動を決める前に、マスター代行のロドリックがルシエの元に訪れた。以前会った時よりもやつれて見えるのは、ただの気のせいではないだろう。
「それで、どういったご用向きでしょうか。」
何かしら嫌な予感でもするのか、ルシエの声は若干強張っているように感じる。
「単刀直入に申し上げます。そちらが調査員としている元ギルド員3名に、ガイリ捕縛要員として力を貸して頂きたい。」
「…」
ルシエが無言で目線を送ったことで、会話の主導権が俺に移る。
「何故俺達を呼ぶんですか?ガイリの居所なんて知りませんし、戦力的にも俺達なんかより強い人がいるでしょう?」
「声明にも出した通りギルドは総力を持って捕縛に臨み、そして失敗した。紫色の何かを突破出来るものは誰もいなかった。ガイリはギルドよりも強い。」
ロドリックの眉間の皺が増す。
「…俺達もそれを突破する方法なんて持ち合わせていませんよ。」
「聖女サマのお力を持ってしても分からないと言うのか?分からないまま喧嘩を売ったと?到底信じられんな。」
声音が落ちるのと同時に鋭い視線が俺、ルシエの順に向けられる。相変わらず睨みが一流だ。
「紫の沼の報告は受けていますが、詳細を掴めていないのは真実です。当然、打開策もありません。」
本当に何も知らないからか、ルシエは臆することなく返答する。
「…ルシエ様、あなたが思うほどギルドも無能じゃない。あなたの魔法が鑑定型で、その精度の高さ故に今の立場が務まっていることくらい分かっている。」
俺は心底驚いた。ギルドにとってルシエの魔法は自分にだけ見える落書きを他人の顔に浮かび上がらせる魔法として登録されていたはずだからだ。今や教会の要人となったルシエに高精度な再調査が行われるのは当然なのかも知れないが、バレている可能性を考えていなかった。思わず周りの顔色を伺うが、動じた様子は無い。むしろ俺の方が変に見られるのでは無いかと思い、慌てて平静を装う。
「これまでの実績から考えて、ギルドが把握している中で最も精度が高いのはあなただ。ガイリの魔法が分からないのなら、あなた自身に調べて頂きたい。」
「お断りします。」
即答だった。少しでも危険を感じれば迷わないところが実にルシエらしい。だが、若干前屈みになったロドリックの目の鋭さが増したのを見て、引く気が無いことが伝わる。
「こっちも切羽詰まってる。断るならギルドとして正式に聖女の魔法を公にせざるを得ない。民衆の非難と声援を一身に受ければ気が変わるだろ?」
「…強引ですね。」
「ガイリに喧嘩を売ってるのはお互い様なんだ。協力した方が得だと思うがな。」
「協力と呼ぶにはこちらの負担が大き過ぎるようですが?」
「こっちの戦力は既にガタガタだし、打開策も無い。分かるのは、奴が南の魔境に潜伏したということだけだ。」
「また魔境に?」
「そもそも豊かな土地で、かつての南の国の廃墟もある。魔物に殺される心配の無いあいつにとっては良い隠れ家だろうさ。後は打開策だけだ。捕縛と銘打ってはいるが殺したって良い。…本当に何も無いのか?」
「戦力として教会がギルドの足元にも及ばないのは誰もが知るところです。妙案を思いつけばお知らせしますが、あまり期待はしないで下さい。」
それなりに期待していたのか、ロドリックは大きなため息を吐く。
「何も無いのであれば、やはりガイリの鑑定をお願いします。あなたの情報があれば、ギルドに登録された魔法の中から出来ることが見つかるかも知れない。」
「…検討しておきます。」
「それで、お前達は戻ってくるつもりは無いのか?さっきも言った通りギルドの戦力はガタ落ちしてる。人手はいくらあっても助かるんだが。」
「検討しておきます!」
ルシエに倣うようなカイルの返事を聞いて、ロドリックは辟易した様子のままギルドへ帰っていった。
「ルシエ様、一つお伺いしたいのですが。」
「何でしょう?」
「鑑定型の魔法が使えるというのは本当ですか?」
ロドリックの消えた室内で投げかけられたヴェラの問いは、俺とカイル以外にとっては重要な質問だった。
「…本当です。」
「私達が出会ったのは聖騎士団団長、つまり最も近くで護衛する者を決める候補者戦の時でしたね。勝ち残った8名と挨拶を交わした後、トーナメント方式からバトルロイヤル方式に変更し、傭兵上がりの私が勝ち残ると予想していました。武力を持たない教会に属していながら的確な予想を立てたのを見て、本当に神託があるのかも知れないと感動したものです。」
どうやら単純に勝つことで団長の座を勝ち取ったらしい。組織の長を決める方法としてどうかと思うが、護衛のみを務めることを考えるとそれで良いのかも知れない。
「しかし、あの場の全員の魔法が予め分かっていたのなら、神託など無くても予想は出来るでしょう。さらにバトルロイヤル方式は、範囲制圧が出来る私にとって非常に有利だった。つまり、私はルシエ様に選ばれていたということになります。何故、私を?」
かつて見たヴェラの魔法を思い出す。浮き上がる程の突風を巻き起こす相手とまともに戦える奴はそうはいないだろう。
「女性はヴェラしかいませんでしたし、他の人は怖そうだったからです。実際、戦ってる時『ヒャッハー!』とか言ってましたし…」
「…ではもう一つお伺いします。神託は本当にあるんですか?」
「無いですごめんなさい許して下さい見捨てないで下さい!」
もはや隠し切れないと悟ったその姿は俺とカイルがよく見るルシエの姿だった。既に涙目だ。
「…魔法が分かるだけでは下せない決断もあったはずです。あれは一体何だったのですか?」
「私が聞きたいです!どうして上手いこといってしまったんですか!?」
逆ギレモードの剣幕に押されヴェラが二の句を継げないでいると、ルシエは思い直したように力無く背もたれに体重を預ける。
「でも良いんです、今更関係ないんですから。ガイリが私を狙うならあの世に飛び立つのはほぼ確定なんですから。短い人生でした…」
「落ち着いて下さい、ルシエ様。まだ考えてみることすらしていないではないですか。」
「…ヴェラ、あなたは私を見捨てないのですか?」
「神託が無いのは非常に残念です。しかし、運の良さだけで積み上がったのだとしても、聖女という幻想には護る価値があると思います。」
「ヴェラ…!」
「コルマも、ここを離れる気は無いと思いますよ。」
「ええ、もちろんです。神託など無くとも、私にとっては魔物の地位向上を目指す重要な足掛かりに他なりません。そもそも、他に行く宛もありませんしね。」
「コルマ…!ありがとうございます!お礼にその羽で枕を作りたいくらいです!」
「…間違っても他の魔物にそんなこと言わないでくださいね?」
「え?ダメなんですか?ごめんなさい!」
味方がいる。それが安心感を与えたのか、すっかりルシエは調子を取り戻していた。
「そうなると後はシェルド!あなただけですね?私達は仲良しですよね?頼りになるお姉ちゃんの秘密をバラしたりしないですよね!?」
「…もちろんです、ルシエ様。コルマの恩人の迷惑になることなどしません。その証として、私も正体を明かすべきだと思います。」
そう言って、肩を掴まれたままのシェルドは変装用のスカーフを首元から外す。
「ぅえっ!?」
突然、鉄製のリスの頭とご対面したルシエは後ろに飛び去ってイスにしがみつく。
「私は魔物です。コルマと同じように。」
「…私は、頼りにならない子どもだったということですか?」
驚きのせいか訳の分からないことを口走っている。とにかく、シェルドが信頼出来る存在だというのは伝わったはずだ。
「…リオスとカイルはルシエ様の秘密について既に知っていたということだな。」
「はい。ちなみにギルドにいたから知っていたわけではありませんし、情報を流したこともありません。本人から聞いたんですよ。」
「大丈夫ですよ、ヴェラ。この2人はお友達ですから。」
落ち着きを取り戻したルシエが信頼を示してくれる。それが無くても、裏切る気ならいくらでもやりようがあったことにヴェラなら既に気付いているはずだ。
「…まぁいい。それよりも今はガイリの件を話し合うべきだな。」
「そうですね!南にいるなら、やっぱり北に逃げるべきですか?」
「…ルシエ様、それは見通しが甘いと思います。ガイリはギルドを単独で退けるほどの武力を持っています。時間を与えると、力でギルドマスターに返り咲く可能性もあるということです。そうなれば、こちらにもすぐに手を出してくるでしょう。危険ですが、ロドリックの提案を受け入れ、ガイリを鑑定する方が良いと思います。」
「無理です、嫌です!顔を覗き込まないといけないんですよ!?そんな距離になったら即死ですよ即死!」
「有効範囲はどの程度ですか?見るだけなら望遠鏡でも良いはずです。」
「…流石ですね、ヴェラ!」
一瞬、間抜けになった顔がすぐに笑顔に変わる。自分の魔法のことなのにルシエは考えたことも無かったようだ。
「それで上手くいくのであれば、ガイリを誘い出して安全に情報を入手、ギルドに恩を売りながら打開策が見つかる可能性もあります。ルシエ様にとっては鑑定するのが最善だと思います。」
「…近くまで行くのは確定ですかね…?」
「まぁまぁ、俺達も行きますから!」
「カイルさん…!私の為に死んでくれるんですね…!」
「いざとなれば!ただ縁起でもないのであんまり口に出さないで下さい!」
翌日、ヴェラが用意した望遠鏡で100m以内であれば鑑定可能であることを確認した俺達は慌ただしく動き始めた。
ガイリを鑑定するにあたって目立った行動は避けたい。移動中のルシエの護衛はヴェラと他2人の聖騎士団員のみに絞り、俺達はその後を追うように遅れて出発、魔境の近くで合流することとなった。移動を明日に控えた今日、聖騎士団の屋外修練場で俺とカイルが向かい合っている理由は、指揮を取るヴェラに改めて魔法を見せる為だ。
「合図だ。」
ヴェラが軽く投げた小石が俺達の間の砂地に落ちる。同時に、カイルは勢い良く駆け出した。剣ではカイルに敵わない。近付けばカイルの勝ち。距離を保てれば俺の勝ちだ。
「デヤル!」
足元に撃ち込んだ光球で足止め出来る。そう思っていたが、止まる気配が無い。カイルは距離を詰めて俺の光球を躱すと、それを目で追うように回転し後ろ向きに盾を構えた。マズイ。危機感への対策が打てない俺の目の前で弾けた衝撃を受け、軽く体を浮かせたカイルが吹き飛んでくる。
「デヤル!」
苦し紛れの2発目は俺を後方へ弾き飛ばす。距離を取れたならまだ可能性はある。急いで体を起こそうとするが、俺の目の前の地面にカイルの剣が刺さった。
「しゃあっ!俺の勝ち!」
「またかよ、くっそー!」
そもそも1発目の衝撃を受けて吹っ飛んできていたんだ。2発目をまともに食らってもカイルが体勢を立て直す方が速いのは当然だった。良く知っているとはいえ狙った方向に自分を吹き飛ばして距離を詰めるとは、相変わらず無茶苦茶な奴だ。
「どうですかヴェラさん!?俺らも結構強いでしょ!?」
得意げなカイルに声をかけられたヴェラは心底驚いたと言った表情をしていた。俺達の元々の評価はそんなに低かったのだろうか。負けたのも相まって何と無く気落ちしていると、立ち上がった俺にヴェラが近付いてくる。
「リオス、君の魔法はいつから青いんだ!?」
「え?あぁ…そう言えば以前に見せた時と色が違うんでしたね。あの後すぐですよ、魔法が戻った時には青が混ざってました。」
「魔法が戻るとはどういうことだ!?」
「え、っとー…俺の魔法は一発ずつしか撃てないんですよ。だから空に撃ったあの時にしばらく使えなくなったんです。ギルドに着く頃にはまた使えるようになったんですけどね。」
それを聞いたヴェラは考え込んでしまった。何がそんなに気になるのだろうか。目線を向けてみるが、カイルにも分からないようだ。どう声を掛ければ良いのか分からないまましばらく待っていると、ようやくヴェラは我を取り戻した。
「つまり、魔法が変化したということだな?」
「…まぁそう言えなくも無いですけど、色が変わっただけですよ?」
「変化する魔法など聞いたことが無い。君達はあるのか?」
そう言われると確かに無い。大した意味はないが、変化する魔法というのはかなり珍しいのかも知れない。
「もし色以外も変わるなら、ガイリへの打開策になり得るんじゃないのか?」
「…また空に撃つんですか?俺…」
結論が出せないまま、俺達はひとまずルシエの元に戻ることにした。
「とりあえず撃ちましょう!私の為に!」
話を聞いたルシエは即答した。軸がブレない分、決断力は随一だ。
「まー落ち着いて下さい、ルシエ様。魔法が良い感じになって戻ってくる保証なんて無いですし、一緒に南に行く戦力が減ることになるんですよ?それでも良いんですか?」
俺の意を汲んでか、カイルが進言する。
「それは困りますけど、そもそも私はずっと困ってます!可能性があるなら何でも試すべきじゃないんですか?」
「…私はルシエ様に賛成します。ガイリの鑑定が上手く出来たとしても、打開策が見つかる保証もまた無い状況です。少しでも可能性を広げるべきだと思います。」
コルマの言うことはもっともだ。カイルもシェルドも黙ってしまったし、言い出しっぺのヴェラが意見を翻すとは思えない。もうこの場は俺が頷くのを待っているようなものだ。
はっきり言って嫌だ。あの無力な感覚に飲まれるのは二度とゴメンだ。あの頃の、ちっぽけでありふれた調査員の自分に戻りたくない。でも、それを口に出したところで代わりに出来ることがあるわけでも無い。対策を示せない以上、駄々をこねるのと同じことだ。
「…分かりましたよ。」
俺は窓を開け、鬱陶しい陽光を遮るように左手を空に向ける。
「…デヤル。」
こうして俺の唯一の魔法は、またしても微光を放つだけの役立たずになった。
(変わらなくてもいい。ただ、戻ってきてくれ。)
「ちゃんと逃げ帰って来いよ?」
「そうですよ、シェルド。あなたは金属製なんですから、下手に近付いてはいけませんよ?」
「私がガイリに手を出せないのは分かっている!子どもを諭すように言うのはやめてくれ。」
戦力外となった俺は、コルマと共にカイルとシェルドの見送りをする。いくらか剣の腕がマシになってきたとはいえ、魔法が無いとどう足掻いても足手纏いになる。
「カイルも、ちゃんと戻ってこいよ。」
「それって依頼だよな?報酬は飯奢りで受けてやる!五体満足だったら追加報酬として2回奢れよ!」
「追加確定じゃねーか!…奢ってやるから帰ってこいよ?」
「楽勝だぜ!忘れんなよ!?」
俺はそうやって友を見送った。その笑顔を見るのが最後になるとも思わずに。
「…出ねーよなー、分かってたよ、分かってましたとも!」
そんな風に、朝と昼、寝付けない時は夜にまで呪文を唱えては肩を落とす日が続いたが、遂に変化が現れた。微光を纏うだけだった俺の魔法は、青い光と共に衝撃を前方に撒き散らすものになっていた。使い勝手は変わったが、威力と範囲が向上した自分の魔法に満足している。もう光の球では無いので失くしようも無い。ガイリは強大な敵だが、これがあれば俺も役に立てるはずだ。その代わりでは無いと思うが、呪文を唱えても何も起こらなくなった。青混じりになっただけの前回とはえらい違いだ。相変わらず、魔法というのは理解出来ない。
見送りからちょうど2週間経った今日、ルシエ達が帰ってきた。人づてに呼ばれた俺は修練場を出る。どことなく胸を撫で下ろすのが分かる。結果を待つしか無い俺が気にしても仕方無いと分かっていたつもりだったが、何も思わないというのは出来ないらしい。俺は自分の魔法を報告するのを少し楽しみにしつつ足を運んだ。
「ヴェラさん!無事で何よりです。どうでしたか?」
「…ルシエ様からお話になるそうです。」
何か、よそよそしい。疲れているだけだ、そのはずだ。一言、言葉を交わしただけで緊張の糸が張り始める。促されるまま、俺は部屋に入る。そこには、まだ旅装束のままのルシエがいた。表情は、暗い。
「ルシエ様?何があったんです?」
ルシエはぎこちなく立ち上がり、支えを求めるように俺の両腕を掴み、真っ直ぐに見つめて告げる。
「シェルドさんと…カイルさんが、死にました…」
「ぇ…」
頭が真っ白になり、言葉がどこにも見つからない。そんな俺の喉からは、か細い音だけが漏れていた。




