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北の国からの使者

 東の国と聖女ルシエによる共同の批判声明は大きく取り上げられ、ガイリに真偽を問う声が殺到した。疑惑が囁かれる中、ルシエの元に届いた回答と新聞で報じられた内容は完全に一致していた。ガイリは2つのことを認めた。1つは、人の意識を魔物にコピーする方法がギルドにあること。2つ目は、人の意識をコピーした魔物が使う魔法は全て意思による調整が可能であること。だが、反乱軍に研究中の魔物を供与したという点については否定している。意識のコピーに関しては許可を受けていた研究員が可能ではあるが、今回の件はその一部による不正であり、他者への供与は認めていないと述べている。さらに、意識のコピーについて倫理的批判があることも理解できるとしながら、意思で制御する魔法に繋がる重要な手掛かりである為、研究は続行すると宣言されていた。根拠となっている魔物の証言についても懐疑的な意見を明確にしており、意識のコピーという現象は確認出来ているが、元の人格と完全に同一であるという証明は無いとしている。被害者である魔物の扱いについては、人間の体を得る方法を模索する為として身柄の引き渡しを要求してきた。当然、証拠保全と安全性の観点から東の国はこれを拒否している。

 “本研究は最も有望な投資の一つです。成果に目を向けず過程を断罪することは、誰もが安全に魔法を行使出来る未来を否定することに他なりません。"というのは本人の談だ。

 詰まるところ、ギルドもガイリも今回の件には無関係であり、研究の正当性を主張するという内容だった。不正があったことについては謝意と共に管理体制の見直しを行うと述べられていたが、そんなところは最早重要では無い。人々のガイリに対する印象は少し変化し、魔法で悪事を働くならば世界初の魔王では無いか、という風潮が日に日に増してきている一方、魔物による証言を信用していいのかという考えが大多数を半信半疑に留める理由となっていた。社説の締めくくりも、“方法に問題点があるのは確かだが、魔法史を変える研究であることも事実だ。"というどちらにも転べる言い回しになっている。俺達がもたらした影響力の弱さに歯痒さを感じつつも打開策を得られない中、北の国からの来訪者が現れた。

 「ルシエ様、北の国の王子、ツァイド様の使者が参りました。」

 「…使者、ですか?」

 「はい、使者だそうです。」

 「分かりました。」

 ヴェラに聞き返したルシエには何か含みがありそうだった。ここしばらくで習慣になりつつあった俺達とのおしゃべりタイムを邪魔されたからでは無いとは思うが。席を立とうとするルシエにヴェラは続ける。

 「可能であれば、お抱えの調査員にもご同席願いたいとのことです。」

 「では行きましょうか、2人とも。」

 理由は分からないが、呼ばれるということはガイリ絡みに違いない。途中でシェルド、コルマと合流しながら俺達は使者の待つ一室へ向かった。


 「お久しぶりです、ルシエ様!相変わらずお美しい!まるで光が輝いたようです!」

 「そもそも光は輝いていますよ。」

 「なんと的確なご指摘!その聡明さも相変わらずのご様子ですね!」

 ルシエが部屋に入ると開口一番、立ち上がって訳の分からないことを使者の1人が口走る。他の2人は後ろで控えているのを見ると、代表者はコイツで間違い無さそうだ。

 「相変わらずはお互い様のようですね、イタズラ好きのツァイド王子。」

 「え!?あ、すいません…」

 席についたルシエの一言に、カイルが驚きの声を上げる。俺も危なかった。どうりで軽口を言う余裕があるわけだ。

 「僕が使者のフリをしていると伝えておかないのも十分なイタズラだと思いますよ?」

 「心外ですね。私は使者と面会に来ただけですよ?名誉に傷がつきましたので嘘吐き王子には謝罪を要求します。」

 「使者であることは真実ですよ。ただ、あなたに面会する機会を譲りたくなかっただけです。」

 「嬉しいお言葉ですね。それで、ご用件は?」

 全く嬉しくなさそうなルシエに促されたツァイドの雰囲気が真面目なものに様変わりする。

 「折り入ってお願いがあります。ガイリの影響を受けた父上、エイゴール王の凶行を止める為にご協力をいただきたいのです。」

 「何があったのですか?」

 「ご存知の通り、僕から見ても父上は名君です。僕のことがあったとはいえ、変異型の魔物を受け入れる決断と、その後の国を安定させた手腕を僕は尊敬しています。」

 北の国の王子が変異型だった為、王は当時疎まれがちだった変異型を受け入れる方針を取った、というのは良く知られている。

 「しかしガイリと言葉を交わしてから、その治世に翳りが差しています。父上は魔法ギルドへ重罪人を実験体として引き渡すことを決定したのです。」

 「実験体ですか?」

 「詳細は不明です。父上も何の実験なのか正確に把握はしていないようでした。ですから、僕を筆頭に反対があったのです。ですが、父上はガイリへの協力が国の防衛になると言って撤回しなかったのです。処刑されるはずの命で安全を得られるならば安いものだ、と。僕は納得出来ずに2人で話すことにしました。そこで父上が国の安全よりも不老不死を求めていることを知ったのです。」

 「…なるほど。」

 何に納得したか分からないルシエの相槌を気にする様子もなく王子は続ける。

 「何を得ていようと死ねば無価値になる。それを解決出来るなら協力は惜しまない、と言っていました。ガイリの研究には不老不死の可能性がある。そう信じている父上が引くことはありませんでした。実際、ナンミ=ヴァル討伐という功績を挙げているガイリへの協力はしておくべきだという意見が高まり、僕達は押し切られてしまいました。しかし先日の声明が発表されてから風向きが変わり、ガイリへの協力に懐疑的な意見が強くなったのです。僕も重罪人の引き渡しが凶行であると確信しました。結果として今、父上を筆頭とする協力派と僕を筆頭とする反対派で勢力が二分されてしまっています。このままでは国が瓦解しかねません。ルシエ様にはこの件の仲裁をお願いしたいのです。」

 「私がですか?お力になれるとは思えませんが…」

 ルシエの反応は明らかに後ろ向きだ。単純に嫌なんだろう。

 「僕が王位を簒奪しようとしているという見方もあります。ルシエ様がいて下さるだけでも牽制が出来るのです。協力を打ち切るという目的が鮮明になります。」

 「王位を継ぐのでは無いのですか?」

 「今回の件でそこまでするつもりはありません。僕はただ、父上に正しく治めてもらいたいだけなんです。間違っても、内乱なんて起きて欲しくない。父上にも、誰にも、死んで欲しくないのです。」

 膝に乗せていたツァイドの手に力が入るのが分かる。

 「お願いします、ルシエ様。どうかお力添え下さい。」

 頭を深く下げたツァイドに声をかけずにルシエが席を立つ。

 「ルシエ様…!」

 「こちらで少しお待ち下さい。考える時間が必要です。」

 ルシエに続いて俺達も部屋を出ることにした。


 「私にメリットなくないですか?むしろデメリットじゃないですか?王様に謀殺されそうじゃないですか?今こそ逃げるべきじゃないですか?」

 俺とカイルだけを残した部屋の中で、ルシエは愚痴り始めた。外に漏れないよう小声ながら元気いっぱいである。

 「俺らが行くだけなら良いんですけどねー。なー、リオス?」

 「まー、そーだな。」

 このまま放っておくと、北の国とガイリの間で協力体制が築かれ、その流れが各国に波及する可能性もある。このタイミングで介入して上手くいけば調査だけではなく、北の国との協力体制も潰せる。何とかしてガイリが齎す影響力を削ぎたい俺達としては乗っかりたい話だ。

 「そうですよ!別に私が行かなくても良いじゃないですか!2人が行ってチャチャっと解決して下さい!」

 「チャチャっとって…今回の件は聖女様のご威光なら収められるだろうってことじゃないんですか?俺らだけじゃ上手くいかないと思いますよ?」

 「その時はその時ですよ!聖女お抱えの調査員が危険性を訴えて警告する!王子が追撃して王様と和解する!これでいきましょう!」

 「なんていうか、いいんですか?王子はかなり好意的な様子でしたが…」

 「あの人は誰にでもあんな感じですよ。私、軽薄な人嫌なんです。大体、王子と仲良くしてたら一生、聖女業やる羽目になるじゃないですか!」

 (ちゃんと仕事として捉えてるんだこの人…)

 危険が無い時は前向きなルシエは勢いのまま王子の部屋に戻り話をつけ、満足気に俺、カイル、シェルドを送り出した。急に訪ねた後ろめたさか、そもそもダメ元で来ていたのか、意外にもツァイドは提案をそのまま受け入れた。

 「ルシエ様にもご同行いただき親交を深めたかったのですが…今回は諦めざるを得ないようですね。」

 「はい。是非諦めてください。」

 あしらわれるツァイドを若干だけ気の毒に思いながら北の国へと出発した。


 羽を持つ変異型が飛び回る関所を超えた俺達は、王城の会議に招かれた。席に着いたツァイドの後ろに控えるように立った俺は部屋を見回す。意味の分からない長さのテーブルには15名程が向かい合うように座っている。それぞれ仲が良くないのか、たまにヒソヒソとこちらを見て話す以外は静まり返っており、なんとも居心地が悪い。そもそも、会議なのに何故こんなに長いテーブルでやるんだ?大声で話すルールでもあるのだろうか。軽く咳き込むように喉を整えると、ツァイドがこちらに、にこやかな笑顔を向ける。

 「打ち合わせ通りに話してくれれば大丈夫だよ。」

 「分かりました。」

 別に緊張していたつもりは無いが気遣われてしまった。ルシエの言う通り軽薄な面もあるようだが基本的には良い人だ。

 「エイゴール王のご入場です!」

 (ご入場…)

 突然の声とともに、滑らかなマントを羽織った男が入ってくる。その男はツァイドの斜めにあった唯一テーブルを見渡せる席に着く。

 「始めろ。」

 険しい顔つきで告げられた一言を合図にツァイドの向かいに座っていた男が宣言する。

 「それでは会議を始めます。本会議の議題は魔法ギルドマスター、ガイリへの協力の是非についてです。前回の決議では賛成多数、及び王の承認をもって一部重罪人の移送を決定しましたが、東の国及び教会の共同声明を受けて移送を一時見送りとしています。本件について、まずはツァイド王子から情報共有があると伺っております。」

 「僕は教会の聖女様を訪ね、先の共同声明の裏付けを取った調査員の招喚を要請し、受諾していただきました。調査の過程で知り得た事実をここで共有していただこうと思います。」

 目配せを受けた俺は、ナンミ=ヴァル討伐時の紫の沼のことと、共同声明に関わる東の国での体験を話し始めた。

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