クラゲの傘
牢屋の出入り口まで来た俺達はガリオンと別れ階段を降りる。光が差し込む場所から離れると何かの拍子に閉じ込められる気がして深くまでは行かない。
「…なー、リオス。」
「なんだ?」
「俺らっていつまで待てば良いと思う?」
「誰かが来るまでじゃね?」
「…食いもん持ってる?」
「…シェルド、何か―」
「無いぞ。」
あんまり待たされるようなら勝手に出るしか無い。そんな意見の一致を肌で感じていると、外が雄叫びを皮切りに一気に騒がしくなる。身が強張る。俺は今、戦場にいるんだ。
「…長引かないと良いんだけどな。」
突然、俺の小さなぼやきすらも押し潰すように体が地面に張り付く。覚えがある。これはガリオンの魔法だ。
「な、んだコレは!?」
「落ち着けシェルド!多分ガリオンの魔法だ!」
「何!?我々を巻き込むほど広範囲なのか!?」
「多分な!しばらくこのままかも知れない!」
「くっ…!厄介だな!」
全く耐えられないとは思わないが、俺が力尽きる前に解除して欲しい。ついてきたのは失敗だったかなと思いながら、俺は少しでも体力を温存する為仰向けに寝っ転がる。全身に負荷が掛かってコレはコレでしんどい。もう起き上がることも出来ないまま耐える覚悟を決めたところで、その圧力から解放される。
「ふぅ…長時間は使えない魔法のようだな…」
「いや、おかしい。前に喰らった時はもっと使ってたはずだ。」
「まさか、やられたのか?」
「俺が様子を見る。ちょっと待ってろ。」
「おい、カイル…」
「だいじょーぶだって。そこから覗き見るだけだ。」
出入り口に向かうカイルを見ながら俺は体を伸ばす。制圧力の高いガリオンが簡単にやられるとは思えない。だとしたら、何故解除したのか分からない。俺の呼吸が整うのと同時にカイルから声がかかる。
「おい、2人とも見てみろ!」
一応隠れている立場なのに声が大き過ぎないかと心配しながら俺はカイルに倣って辺りを覗き見る。
「何も―」
無い。と言おうとしながら視線を上げた俺は、空が広がっているはずの場所が半透明の何かに覆われていることに気付いた。クラゲの傘のようなそれは中心部から斜めに歪み、俺達がいるエリアを覆っている。よく見るとその境目になっている場所の景色は不自然に下に引き伸ばされており、縁取るような虹色の光が見える。
「なんだ、アレ…」
「…ガリオンは魔法を解いて無いんじゃないか?空のアレが重力を受け流して、その分境目に集中している。だから景色が落ちているんじゃ無いのか?」
シェルドの仮説は合っていそうだが、誰も裏付けることが出来ない。重力が増すと景色が落ちるのか?だとしたら、あの場所に触れたらどうなってしまうんだ?答えの出ない疑問が増える中、俺はガリオンの背中を捉える。
「ガリオンがいる!」
「あれ、囲まれてねーか?助けねーとマズイんじゃね!?」
恐らく4人に囲まれている。ガリオンが弱いとは思わないが多勢に無勢ということはある。それに今は、あの傘のせいで魔法を無力化されている可能性が高い。
「俺が突っ込む!いつも通り頼むぞ、リオス、シェルド!」
「いいのか!?ここは戦場だぞ!」
「ガリオンがやられたら騎士団がヤバい!だろ?リオス!」
「…あぁ、やろう!」
すぐさま駆け出したカイルを追うようにシェルドと俺が続く。上空の傘に魔法を放つべきか頭を過ぎる。条件は分からないが魔法を受け流す性質なら無意味になる可能性が高い。1発ずつしか放てない光球を下手に撃ち込んで空に受け流されたら俺は戦闘中に魔法を失うことになる。この手は使えない。
「俺が相手だ、反乱軍!」
「来るな!」
威勢よく割り込もうとしたカイルをガリオンが止めたのをキッカケに囲んでいた敵が一斉に動き出す。剣、斧、槍の同時攻撃が迫るが、ガリオンの体は風船をつついたように上に舞い上がる。あの時と同じだ。魔法発動中、ガリオンだけが軽くなったように動いている。間髪入れずに浮いたところを狙い撃つ矢が放たれるが、ガリオンは大剣を一気に振り抜き、飛んできた矢ごと下に迫っていた3人を切り飛ばした。正に一瞬で放たれた一撃は明らかに人間が出せる速度じゃない。地面に縛りつけることが出来なくてもガリオンは圧倒的に強かった。足の着いたガリオンはそのまま弓を放った男に浮き上がるように迫る。苦し紛れに放たれた2射目も難なく弾き、4人目も一瞬で切り飛ばされた。俺達は完全に余計なお世話だったらしい。
「流石だな、ガリオン。」
「…もう敬語を使う気も無いらしいな、ヒダン元第2連隊隊長。」
「斬り殺す相手に謙って何になる?無駄なことだ。」
悠々と現れたヒダンは以前よりも薄汚れて見えた。浮いて見えていた錆びた刀も今となってはお似合いだ。
「雨も降っていないのにクラゲの傘を広げるとはな。日焼けを嫌うような奴だったか?」
「生憎、まともに斬り合うにはコレしか方法がなくてな。」
「狂人め。何処ぞのギルドマスターからの貰い物だろうが、魔道具に頼った戦闘に踏み切るとはな。」
「第1連隊隊長様との時間を作る為ならこれぐらいのリスクは取るさ。」
会話から上空を支配する傘が魔道具によるものだと確信する。通常、戦闘に魔道具を持ち込む奴はいない。そもそもマトモに使えるものが希少であることもそうだが、誰かが召喚した存在である魔道具は持ち主が死亡していなければ忽然と消えるリスクが付き纏い、どの程度使えていつ壊れるかが分からない不安定な代物だからだ。魔道具を最も使いこなせるのは自由に呼び直せる召喚者自身のみというのは殆ど原則と化している。
「だが、範囲が広いのも考えものだな。貴重な機会だというのに余計な虫が入り込んでいるとは。…見覚えのある顔だ。あの時の問いを覚えているか?お前達は何の為に生きている?答え次第では俺達は協力出来る。」
「斬りたいだけで戦争起こすような奴に協力なんかしねーよ!」
「相変わらず短絡的な様だな。だが、お友達はどうかな?お前の答えはまだ聞いていない…」
カイルの回答に心底残念そうな様子を見せたヒダンは俺に目を向ける。
「…あの時、お前が言ってた妙な奴に会ったって話、あれはガイリのことだったんだな?」
「その通りだ。」
「ガイリと話すまでは、お前は普通の騎士団員だった。あいつと話したことで、お前は狂った自由を振りかざすようになったんだ。それだけがお前の望みじゃ無かったはずなのに。」
心は一言では語れない。複雑に絡み合い、何かに反応して表に出て来る。ガイリは夢を語り、他の望みを弱めることで話した相手を狂わせる。その結果がヒダンやヴァルネアのような悲劇を生むなら、俺はそれを否定する。
「俺は、共存出来る心を照らす為に生きたい。お前のような他を食い潰して望みを叶える人間を生み出さない為に。」
「…残念だ。」
構えた刀の切先が、俺達に向けられる。




