猫の魔物
大聖堂へと戻ってきた俺たちの報告は苦労の割に短いものになった。ヴァルネアを説得するのには骨が折れたが、あの辺のゴタゴタは全て資金流入を阻止したという一言で片付いてしまうからだ。
「つまり、力を削ぐことは出来たが、調査としての進展は無かった、ということですね?」
「そうなりますね…」
コルマの要約を聞くと、本来の目的とはかけ離れたことに時間をかけていた気分になる。後悔はないが、疲れが全身に圧し掛かる。ぐったりと背もたれに体を預けていると、コルマがルシエに目線で許可を取ってから話し出す。
「実は、皆さんが西の国に行っている間に、東の国の騎士団から協力要請がありました。」
「騎士団、というと、またガリオンさんから?」
「はい。砂漠独立派が使役している魔物について調査してほしいとのことです。」
「魔物ですか?」
東の国のあらゆる治安維持は騎士団が担っている。それが外部に頼る理由は戦争の影響だとしても、魔物に関する調査を教会に持って来るのはおかしい。本来は魔法ギルドのはずだ。違和感が注意を引き上げる中、コルマは続ける。
「以前お話しした通り、東の国は砂漠独立派が反乱を起こしています。ガリオン隊長の見立てでは短期間で鎮圧出来る規模だったのですが、独立派が魔物を投入してから戦況が不安定になっています。」
「その魔物は元々東の国で捕らえられていたものなんですか?」
「いえ、魔物を大規模に捕らえていられるとしたら騎士団しか考えられませんが、ガリオン隊長曰く、基本的に発見次第討伐される存在であり捕らえることは無いそうです。」
魔物であるコルマは平然と告げる。魔物の地位向上を目指すものとして心穏やかでは無いかと思ったが、この程度では動揺しないようだ。
「この魔物たちには奇妙な特徴があるそうです。1つは、魔法の出力を調整出来る。」
「え?」
出力を調整出来る…?それが本当なら、その背後にいる人物は明らかだ。
「2つ目は、意思疎通が可能で、確認した全ての魔物がギルド員であることを主張しているということです。」
「全員が、ギルド員?一体何が…」
「それを調査して欲しいとのことです。」
嫌な仮説が浮かび上がって来るが、今の段階では何一つ確信が持てない。確かなのは、俺たちがガリオンを訪ねるべきだということだ。
「俺たちが行ってきます。」
「お願いします。前線に出る必要は無いと思いますが、気を付けてください。」
新たな手がかりを得た俺たちは東に向けて発った。
教会の人間として関所を越えた俺たちは、そのまま砂漠へ向けて南下する。奇妙な魔物が捕らえられているのは制圧済みの拠点だが、前線に近い危険地帯に変わりはない。軍関係者として馬車に乗り込んだ俺たちは砂混じりの街道を揺られて行く。
「…お前ら、前にも会ったよな?」
「はい。その節はお世話になりました。」
「…なるほどな。」
何かに納得したガリオン第1連隊隊長の案内に従って地下の牢屋に向かう。
「隊長自らご案内していただけるとは思いませんでした。」
「念の為言っておくが、この奇妙な奴らについては軍の中でも機密事項だ。口外するなよ。」
「わかりました。」
俺たちは見張りが守る厳重な扉を抜け、奥へと進む。
「こいつらだ。」
ランタンが照らし出したその姿は間違い無く魔物だった。何かしらの動物に似た顔が順に浮かび上がる。見る限り、全ての魔物が二足歩行であり、挙動は人間と酷似している。
「リ、オス…?」
「え?」
「リオスとカイル、だよね?それにシェルド…!シェルドだよね!?」
声を掛けてきたのは猫の魔物だった。明らかに俺たちを知っている。だが、俺たち3人を知っているはずの魔物にこんな奴はいない。
「お前は、誰だ…?」
「私だよ…!ミナ!ミナ・カーラン!」
「ミナ…?」
鋭い爪の付いた手で格子を掴みながら告げられた名前は俺たちが良く知るギルド員の名前だった。
「そんなバカな、ありえない。ミナがこんなところに来るはずが無い。」
「私にも分からないよ!気付いたらもう戦場だったんだから!」
「俺の知るミナは魔物じゃない。証拠はあるのか?」
「証拠…?…ほら、前に一緒に鍛冶屋に行ったでしょ!?東の国に行く前に!その時初めてエルナが私のことをミナぴょんって呼ぶのを知った!そうでしょ!?これを知ってるのはあの場にいた私達と、ダインとエルナしかいない!」
記憶と一致するエピソードが出てきたことで、俺の背筋に悪寒が走る。
「その後、俺と2人になった時に話した事を答えてみろ。」
「そんなの、知らない…そんな時、無かったでしょ…?」
ミナとダインは常に一緒だった。俺とミナだけになった事なんて無い。それも合っている。
「…本当に俺たちの知るミナぴょんなら、そのあだ名に相応しい魔法が使えるはずだ。」
「それは、出来ない。私は今、あの魔法を使えない。今使えるのは、岩の壁を作る魔法…」
そう言って牢屋の中に手を翳した猫の魔物は、小さな岩の壁を作る。それは数秒後に崩れるまで、嘘では無いことを証明した。
「岩の壁を作れるのはダインのはずだ。なんでミナを名乗るんだ?」
「私がミナだからだよ!ダインは、多分消えた。あんな姿じゃ、まともに逃げることも出来ない…!」
俯いた猫の魔物を前に、俺は考えをまとめられずにいる。何が起こっている…?エピソードから考えて、この魔物がダイン、ミナ、エルナのいずれかになりきることは可能だろう。だが、俺たちを騙す気なら魔法が酷似しているダインを名乗ればいい。そうしないのは、本当にこれがミナだからか…?分からないが、敵意が無いなら話す価値はある。
「ひとまず信じる。だから何があったのか教えてくれ。」
「…少し前に私とダインはガイリに呼ばれてマスターの部屋に行った。あなた達との関係とかを聞かれたからその時は裏切りが無いかの確認だと思ったけど、内容は多分どうでも良かった。重要なのは鏡を覗き込んだこと。」
「鏡?」
「その直後にはもう私は魔物だった。誰か、私よりも先に気が付いた奴の声で目を覚ました時は何が起きたのか分からなかった。私たちは牢屋の中でそれぞれの姿や直前の記憶を話し合うことで、鏡を覗き込んだ時に気を失って何らかの方法で魔物に変えられたと思った。」
「魔物に変える鏡…」
「私が膝下くらいの大きさのザリガニに変わったダインを探し当てた時、猪が話しかけて来た。“お前達も鏡を見た直後から記憶が無いのか"って。私が皆と一緒だって答えたら、そいつはおかしいって、“ガイリに何を聞かれたのか、お前らと話したはずだ"って言ったんだ。」
「その後会ってる…?なら、お前は…?」
「捕まってからずっと考えてた。私はミナじゃないのかも知れないって。でも、合ってたよね…!?私が言ったこと、皆の記憶と一緒でしょ!?」
ランタンの光は必死な猫と返事すら出来ない俺の姿を揺れるように照らす。
「私、2人になったのかなぁ…?カイルと同じで…」




