沈んだ先に
俺とカイルは朝早くから見覚えのある隘路の端に座り込んでいた。医療所に向かうのは分かっていても、正確な時間が掴めないからだ。
「なんか変な感じだよなー。」
「待つ側を体験するとは思わなかったよなー。」
この隘路に来るとギンゼ達に襲われた時のことを思い返さずにはいられない。立場は逆だが。
カイエルの話ではノンベーダーに関する情報はほとんど無かった。結局のところ、どんな魔法を使ってくるのかが分からなければ対策のしようが無い。故に俺たちはシェルドの沼で馬車を止める以外のことを決められず、後は全部出たとこ勝負となっている。相手には俺たちの魔法が知られているだろうから非常に不利だ。戦闘を避けて話し合うのが一番だが、明らかに邪魔をしに来ている俺たちに大人しく会ってくれるとは思えない。
「来たぞ!」
少し離れた場所にいるシェルドが呼びかけてくる。俺たちは一応陰になるように脇に身を這わせ、時を待つ。見えてきた。遠目だが、手綱を引いているのはザルバトスだろう。傍にはどデカい盾もある。やはり前衛らしい。そこまで見て、後ろに気付く。馬車は2台来ている。嫌な予感はするが、この機を逃すわけにもいかない。シェルドの周りが沼と化す。突然の足場の変化に慌てる馬をザルバトスが宥める間に馬車の車輪は十分な深さまで沈んでいく。これで強行突破は無い。余裕の笑みを浮かべるザルバトスに俺たちは姿を見せる。
「グァッハッハッ!やはり来やがったな!」
「どーも、ザルバトスさん!ヴァルネアさんにお話があります!会わせてくれませんか!?」
言ってる間にそれぞれの馬車から1人ずつが降りて来る。
「ウチのボスは邪魔もんには会わねぇ主義だ!引かねぇなら殺せと言われてる!どうする!?」
「お互い消耗はしたく無いでしょう!?いくつか話すだけで済むならその方が良いと思いませんか!?」
「グァッハッハッ!俺と交渉したいなら金を持ってきな!こっちは無理矢理どかしたって良いんだぜ!」
平和的にことが運ぶ可能性は無いらしい。どう考えてもこっちが不利だ。それでも―
「望まれなくても、俺が!見捨てるわけにはいかねーんだよ!」
「さぁ出番だ、野郎ども!!」
号令に合わせて、さらに両方の馬車から2人ずつが降りて来る。何が4人の予定だ、カイエルのバカヤロー。
(まー来ると分かってりゃ増やすよな…)
「片付けろ!」
身構えながらザルバトスを含め計8人になった護衛を見る。ザルバトスは動く気すら無く、後ろの1人に指示を出している。
「アアアッ!」
声と共に、一回り大きな槍を持った男と2つの片手斧を持った男がカイルに向かう。だが、その足取りは歪んでいる。まさに千鳥足だ。
「酒抜いてから来やがれ!」
思わず指摘したカイルは向けられた槍を盾で流すと、そのまま身を沈めるように屈んで槍男の足を切り裂く。直後に振り下ろされた2つの斧も体勢を変えることなく正確に盾で受けて止めた。流石―と思ったところで斧男がカイルに覆い被さるように跳ね、不気味なほど真っ直ぐな姿勢で両手を広げる。直後、斧男は横方向に高速で回転した。遠心力の乗った斧の一撃を受け、カイルが弾かれる。目標を失ったはずの回転は止まらず、2回転する中で近くにいた槍男にも直撃する。
「グアアアァッ!」
(なんだ、あの自爆技は!?)
自身の腕を地面に打ち付けた斧男の叫び声は俺を困惑させる。だが、それを打ち消すように、ノンベーダーの2人はすぐに立ち上がった。槍男の足も、斧男の腕も、何事も無かったかのように動いている。まさか、カイルと同じ自己再生か?だが、先ほどの斧男の動きは明らかに魔法だ。
「生意気言うなよ、ガキィ…こっちは呑まなきゃやってらんねぇんだよ!」
そう言って槍男は壁際で片膝をつくカイルに襲いかかる。その足取りは先程よりも確かだ。槍は鋭く迫るが、それすらもカイルは盾で流す。その後ろから追撃を狙う斧男を遠ざけるように俺は地面に光球を放つ。
「デヤル!」
弾けた衝撃は斧男の動きを止め、槍男の体勢を崩した。カイルはすかさず剣を胸に突き立てる。致命傷だ。これで後7人。勝機が見えたと思うのと同時に、カイルに剣を持った男が迫っていたのに気付く。振り向くカイルの顔面を男は素手で殴る。剣じゃない。その理由は魔法しかない。
「デヤル!」
カイルに向けて光球を放つ。どんな魔法かは分からないが近づかせるべきじゃない。衝撃が全員を弾く。
「カイル!」
「くそ!立てねー!グラグラする!」
壁に打ち付けられたカイルの返答は、先程素手で殴られた理由を説明していた。立てないだけなら、平衡感覚を狂わす魔法か?地味だがカイルを封じられたに等しい。
「グァッハッハッ!まだやるか!?」
余裕を見せるザルバトスの後ろで、指示を受けていた男がシーソーのようなもので馬車を引っ張り上げようとしている。何故か四苦八苦しているようなので、しばらくは放っておけるだろう。問題は、斧男が警戒する後ろで吹き飛ばされた槍男が瓢箪に入った何かを飲まされていることだ。カイルが致命傷を与えたはずなのに対処している。この事実と千鳥足の変化が結びつく。
「どーりで酒臭せーと思ったぜ!酔ってる間は治るってわけだ!」
「グァッハッハッ!ご名答!お前らだけが1人欠けたってわけだ!」
「…リーダー、こっちも1欠けだ。」
「あ?死んだのか!?」
「傷は大したことないが立てないらしい。さっき転がってた時に当たっちまったんだろう。」
「…グァッハッハッ!やるな!これで7対2だ!」
ザルバトスが酔ってるようには見えない。あの瓢箪の酒には限りがあって、前衛の2人に全て注ぎ込んでいる可能性が高い。予防的に使える反面、酔いが回る必要があるなら即効性は低い。会話からして、感覚を狂わす男が魔法を解くとまた触る必要がある。
「くそ…」
ノンベーダーはカイルを封じるという作戦を達成している。その過程で得た情報は大きいが、瓢箪男が回復役、槍男が動けないとしてもカイル無しでザルバトスと後ろに控えている2人の魔法を暴かなければならない。見据えた敵の姿がブレる。勝ち目が無い。その不安が俺の目を曇らせているのか…?
(いや、違う!)
先程よりも明らかに酒の臭いが強い。視界はさらに大きくブレる。何かされている!
「グァッハッハッ!ようやく気付いたか!?覚えとけ!それが酔った景色だ!」
前衛が酒を飲んでいたのは間違ってないはず。後衛の誰かが酒の臭いを放ち、吸い込んだ相手の視界を酔わせている。始めから、酒臭い理由は2つだった。
「この…クソ呑兵衛共が!」
「よく言われる!特に死にかけの奴からな!」
そう言うと、ザルバトスは大盾を持って御者台から降りる。それは強行突破よりもトドメを刺す方が確実だという判断に違いなかった。
「リオス、この臭いの元は後衛の右の奴で間違いない。私が奴を狙って動く。少なくとも、もう1人の後衛がどんな魔法を使うか分かるはずだ。」
歪んだままの視界を横切るようにシェルドの声がハッキリと聞こえる。一瞬、ヴァルネアに突っ込んで行った時のことが過ぎるが、今度は勝手な動きじゃない。
「…根拠は?」
「後衛の左、奴だけがずっと私から目を離さない。あいつが私を止める役だ。これでザルバトス以外の動きは分かるはずだ。」
「こんなグラついた視界で動けるのか?」
「私は酔っ払ったことが無い。今もだ。」
「…魔物マジスゲー。」
シェルドが酒を飲んでいるのは見たことが無い。あれは俺たちに合わせていたのではなく、意味が無いからだったのか。
「ザルバトスは明らかに近距離タイプだ。私をどう封じるつもりなのか分かれば、君なら方針を決められるはずだ。頼むぞ。」
期待が重い。だが、ザルバトスの近づいてくる姿が、曖昧な返事を許さない。胸に迫る死の危険ごと、俺は笑みを浮かべて返す。
「…任せろ。」
それを合図にシェルドは四つ足で駆け出す。予想通り、左の男はすぐに何かを召喚した。だが、あれは何だ?1本の紐で繋がれた2つの杭は近距離戦の武器に見える。足場を崩せるシェルドに対して何故―
「ほぉらよ!」
杭男は右の杭をシェルドに投げつける。俺だったら剣で弾くところだが、シェルドは軽々と躱してみせる。やはり脅威にならない。俺の疑問が深みを増す中、杭男は武器を再召喚した。あれは当てなければ意味が無い。そう確信した時、ザルバトスの右手に何かが召喚されるのが見えた。
「デヤル!」
シェルドに向けられたザルバトスの注意を逸らそうと光を放つが、その着弾点は狙った地面ではなくカイルの近くの壁になっていた。視界が揺れる中ではまともな援護が出来ない。
「フンッ!」
ザルバトスは召喚した黄色い紙を思い切り振り下ろす。折り目のついたそれは甲高い破裂音を発してシェルドを吹き飛ばし、俺の近くまで追い返した。前方に広い衝撃波を発したそれが何なのか、変に馴染みのある音を聞いて連想できた。一度の使用で変形したそれを見て確信する。あれは紙鉄砲だ。そんな人に根差した魔法があるのかと思うが、実際目の前にある。馬鹿げた武器だが、その威力は俺の光に似ている。範囲だけなら上回っていることを舞う砂埃が示していた。動きを止められたシェルドに先ほどの杭が投げつけられる。どうなったのか知ることが出来ないまま、杭男はもう一方の杭を俺に投げつけた。咄嗟に剣で受けようとするが、見当違いにも右腕にそれが刺さる。痛みが、無い。痛覚までおかしくなったのかと思ったが剣を握る感触は確かだ。刺さった袖を見ると、破れていなかった。代わりに、くっついている。ベタつくとかではなく、袖と滑らかに溶け合ったようにくっついていた。見えないが、腕も同じようにくっついているのだろう。起きあがろうとするシェルドを見ると、同じように胸元に杭が刺さっている。俺とシェルドは紐で繋がれたんだ。剣で、切れない。少なくとも時間がかかる。シェルドの沼は半径10m。紐にそこまでの長さは無い。使うと仲間を巻き込むという状況を作ることがこの魔法の目的だったんだ。
(温りーな…)
シェルドに返事をした時と同じように笑みを浮かべているのが自分でも分かる。詰めが甘いのか、人材不足か。沼そのものを止める手段が無いなら、話は簡単だ。
「ぐっ…すまない、リオス…」
「謝らなくて良い。でも悪りーと思ってんなら、もう一度ぶっ飛ばされてくれ。」
「…作戦なんだろうな?」
力なく立ち上がるシェルドに、出来るだけ短い説明をする。
「全員沈める。馬車ごとな。」
「本気か?」
「ザルバトスを超えたら発動しろ。ぜってー解くなよ。」
「…良いだろう。」
「走れ!」
シェルドに合わせて俺もふらついた足で駆け出す。俺の行き先はザルバトスではなく、先ほどの衝撃で近づいていたカイルだ。
「耐えろ、カイル!」
疑う素振りも無く、カイルは体を丸める。前に出た俺はカイルを馬車から遠ざけるように弾き飛ばす。
「デヤル!」
俺とカイルは転がるように離れる。勢いが止まってすぐに顔を上げる。歪んだ視界に前を走るシェルドが映る。紙鉄砲を呼び出すザルバトスに俺は左手を向けた。間違いなく俺の狙いは外れる。それで構わない。これは、衝撃波を逸らすための一撃―
「デヤル!」
ザルバトスに当たらない。それは正しかったが、俺の光球がシェルドの背中へ真っ直ぐ飛んでいったのは想定外だった。衝撃波に挟まれたシェルドがどうなるか分からない。どうすることも出来ないまま、光は弾け、紙鉄砲が振り下ろされる。だが、音がしなかった。シェルドはザルバトスの後ろまで弾き飛ばされ、その勢いで俺も右腕を引かれ倒れる。詳細は分からない。だが恐らく、光球の影響を受けるほどに紙鉄砲は繊細だったんだ。そして、シェルドは辿り着いた。馬車まで届くこの距離に。俺が片膝をつくのと同時に全てが沼に沈み始める。シェルドが仰向けになっているのを見て、ザルバトスは俺に向き直る。ザルバトスは明らかに俺たちを遠ざけたい。だが、シェルドを吹き飛ばそうにも沈むだけの可能性が高く、繋がっている俺を吹き飛ばそうにも光球が邪魔になる。俺が左手を向けているだけで、この場は膠着する。
「…グァッハッハッ!まさか不発とはな!それで?引き分けだと言いたいわけか!?」
「引き分け?冗談だろ?体重いくつだよ、オッサン。…それに、一番早く沈むのは馬車だ。意味、分かるだろ?」
馬車にいるヴァルネアが沈めば護衛は失敗になる。それにザルバトスはともかく、沼から出る手段の無い他の護衛たちは衝撃波の出せる俺より早く沈む。カイルも後ろに吹き飛ばしてある。立てるようになれば、むしろ有利なはずだ。
「選べよ、ザルバトス。手を引くか、仲良く沈むか!」
ザルバトスは俺を睨みつけたまま、しばらく動かなかった。
「…ザルバトス、ミックがもうヤバい。」
俺が横目で見ると最初に傷を負った槍男が首まで沈んでいた。酒を飲ませていた男が補助しているとは言え、カイルを封じるために立てない状態のままでは時間の問題だろう。だが、その魔法が解ければ、カイルは自由になる。
「…全員武器を捨てろ!馬車が沈んじゃ意味がねぇ!ここは手を引くぞ!」
「いいのかよ!?俺はまだやれるぜ!」
「やった後に誰が金を払う!?死体から奪ったって酒がマズくなるだけだ!」
「…チッ!」
異を唱えた男が真っ先に手放したことで、次々と武器が沼に沈んでいく。
「ノンベーダーは手を引く。もう良いだろ、沼を解いてくれ。」
「…シェルド!話はついた!地面を戻してくれ!」
…戻らない。背筋が冷える。
「…おい、まさか…」
「紐を引け!ザルバトス!全員の命がそれに懸かってる!」
しばらくして引き上げられたシェルドが沼を解き、ようやく俺は話す時間を得た。




