家族の為に
久々に訪れた西の国は、人気の少ない気の抜けた雰囲気だった。思い出の中の祭りの喧騒が俺にそう思わせるのだろう。ヴァルネア魔道具修理店の店先には、俺たちの知らないガタイの良い男が立っていた。特別、周囲を警戒しているという風ではないが、店に入る素振りも無く客とは思えない。恐らく新しい護衛だろう。
「…待て待て待て。」
俺たちが素通りで店に入ろうとすると、男がカイルの肩を掴む。
「グァッハッハッ!おもしれぇ魔法もあるもんだ!だが、残念だったな!カイエルはさっき帰ってきたばっかだ!」
言い終わると同時に拳が振るわれる。カイルの困惑顔は歪み、そのまま倒れ込む。
「痛ってー!いきなり何すんだ、オッサン!」
「グァッハッハッ!魔法までソックリじゃねぇか!コイツは殴り甲斐があるなぁ!」
どうやらカイエルの顔を使って盗みを働く不届者に思われてしまったらしい。
「くそ!一発殴らせろ!」
「グァッハッハッ!お断りだ!」
仕掛けてきたのが向こうとはいえ、これから話をしようという人の護衛に怪我をさせるのは良くない。すっかりヒートアップした2人を前に、どうしたものかと考えていると店の中から見慣れた顔が出てくる。
「リオス!シェルド!無事だったんだな!」
「カイエル!助かった…ひとまずあの2人をどうにかしてくれ!」
「…何してんだ?あいつら…」
話してる間にカイルは地面に組み伏せられていた。勝利を収めた男に双子の兄であることを説明したカイエルに先導されて、店の奥に入る。
「くそー…つえーなオッサン…まだ痛む気がするぜ…」
「グァッハッハッ!すまん、すまん!」
あんまり悪いと思ってなさそうだな、この人。カイルも気にするような性質では無いから別に良いけど。
「みんな元気そーで良かったぜ。ギルドに手紙送っても突っ返されたから、なんかやべー感じかと思ったぞ。」
「あー、俺らギルド追放されたからなー。」
「…理由はガイリだろ?こっちにも来たぜ。」
「マジ?何話した?」
「金出してくれって話だったぜ。…ヴァルネアさんに話せるか聞いてくる。」
出て行ったカイエルに代わるようにガタイの良い男が話し出す。
「カイエルの兄弟ってことは、お前らが祭りの時に護衛してたって奴らか?」
「知ってたんですか?」
「今思い出した!グァッハッハッ!」
知ってて殴ったのか。護衛としては正しいが、危なっかしい人だ。
「俺はノンベーダーのリーダー、ザルバトスだ。今ヴァルネアさんの護衛は俺たちが引き受けてる。」
「そうでしたか。ノンベーダーは何人いるんですか?」
「今は16人だ。全員、酒好きだぞ!」
呑兵衛だってことか。前に雇ってた護衛はマルヤキーズだったし、ヴァルネアさんって名前で選んでるのか?俺が妙な疑念を抱いたところでカイエルが戻ってくる。ザルバトスも含め、俺たちはヴァルネアの待つ一室に向かった。
「久しぶりだね、君たち。」
「お祭りぶりです、ヴァルネアさん。」
ガイリが来たのなら、なんらかの影響があるはず。そう思って部屋に入ったが、見る限りヴァルネアに大きな変化は無い。僅かに生気が増した気がするが、以前と変わらず友好的だ。
「早速だけど、私に話したいことがあるんじゃないかな?」
「…俺たちは今、ガイリについて調べています。結論から言うとガイリは信用できません。」
「それは何故かな?」
ガイリと何を話したのか、先に聞きたい気持ちもある。だが、突然訪ねてきてガイリについて教えろというのも失礼だろう。隠す必要も無いので、俺は知っていることをヴァルネアに説明した。
「紫の沼、ね…」
「ガイリの研究で世の中が良くなる可能性はあります。でも、その方法には納得出来ません。教えて下さい。ヴァルネアさんはガイリとどんな話をしたんですか?」
ヴァルネアは椅子に背を預け目を閉じてしばらく考え込んだ後、ようやく話し始めた。
「私は魔法が現れてすぐの頃に夫と息子を亡くしてね。こんな世の中なら、家族を蘇生出来る魔法があるかも知れない。そんな雲を掴むような考えに縋って生きてきたんだ。」
家族を亡くしたらしいという話は以前カイエルから聞いたことがある。魔法が現れてすぐということは、もう20年近く前のことのようだ。
「これでも必死になって探したんだけど、見つかったのは枯れた花が元気になる魔法だけだった。制限があるらしくて、タンポポは出来るのにチューリップは出来ない、そんな魔法だけだった。それを見た時、自分でももう諦めるべきだと思った。」
以前感じた、自分の命がどこか投げやりでありながら、保身もしている。そんな矛盾した行動の理由がはっきりした。
「最近では魔法探しに使う時間すら少なくなってきていた。そんな中、ガイリがやってきた。話を聞いて思ったよ。もし、花以外にも効くようになったら?人に、効くようになったら?」
「待って下さい!ガイリが出来るのは出力の調整ですよ?対象を変えられるとは―」
「わかってる!…それぐらい、わかってる。それでも、今の私にとって最も大きな希望なんだ。その場でガイリを後押しすると決めたよ。…カイエルは嫌そうだったけどね。」
目を向けられたカイエルは俯く。その場にいたのに止められなかったことが悔しいのかも知れない。
「そして今度は紫の沼、なんて聞かされたら、私は期待するしか無い。資金提供を止めたかったんだろうけど、逆効果だよ。」
「…死んだ人は生き返らない、それじゃダメなんですか?」
「駄目だ。私には家族と共に生きる道しか無い。」
断言するヴァルネアの言葉は、今までで一番力強いものだった。
「言いたいことは分かるよ。ガイリには信用出来ない点がいくつもある。家族がどう思うかを考えると受け入れるべきじゃないと思うこともある。それでもやっと、目の前に降ってきたこの可能性を捨てる気にはなれない。自分でも、今更君たちの言葉で心変わり出来るとは思えないね。どうしても止めたいなら動けないようにするしか無い。私の魔法を忘れたわけじゃないなら意味が分かるはずだよ。」
ヴァルネアの魔法は魔道具を修理出来る箱を呼び出せる。監禁でもしない限り、稼ぎが途絶えたりはしないだろう。店なんて実質的にはお飾りだ。
「ヴァルネアさん、俺は護衛を辞めさせてもらいます。」
俺が説得出来る何かが無いか探して口をつぐんだままでいると、カイエルが唐突に宣言した。
「ガイリに協力するような人は守れないってことかな?」
「ヴァルネアさんには西の国に来たばっかだった俺を拾ってくれた恩があります。納得は出来ませんが、ヴァルネアさんが自分で稼いだ金をガイリに使うとしても護衛は続けるつもりでした。ですが、それを理由にして兄弟と戦うことは出来ない。俺は、どちらの味方も出来ません。」
真っ直ぐに見据えられたヴァルネアは一つ大きな息を吐く。
「君を手放すのは惜しいよ…世話になったね、カイエル。」
「こちらこそ、お世話になりました!」
挨拶に合わせてカイエルは頭を下げる。その勢いの良さは、決別に宿る苦さを打ち消そうとしているようだった。
「まさか、ノンベーダーまで手を引くとは言わないよね?」
「グァッハッハッ!引かねぇよ!敵味方に拘れるほど傭兵は暇じゃねぇ!」
ザルバトスは豪快に笑い飛ばす。それぞれの立場が明確になるこの状況で、俺はまだ次の動きを決められずにいた。俺が知るヴァルネアの姿は家族と再び暮らす為だけに歩み続けた結果だ。家族を忘れろとか、今生きている誰かの為にだとか、そんな言葉で説得出来るとは思えない。俺では、ヴァルネアの心を揺らせない。金の流れを止めるには、本人の言う通り腕ずくしかないだろう。けど、本当にそれで良いのか?俺たちには、その結末しか無いのか?
「2人とも説得は無理だな?」
シェルドは笑い声に隠れるような小さな声で俺とカイルに呼びかけた。
「あぁ…」
「一旦引くべきかもなー。」
「私はこの機を逃す気は無い。」
シェルドはヴァルネアに向かって飛び出した。その勢いの良さは俺たちの返事を待つ気が無かったことを示している。邪魔者がザルバトスしかいない今ここで、決着をつけるつもりだ。
「待て―」
俺の制止よりも早くザルバトスは目で反応している。勢いに流されて目深に被っていたシェルドのフードが後ろに置き去りにされる。その瞬間、ザルバトスが目を細めた。偶然にも、幻のズレたシェルドの頭が窓から差し込む太陽光を反射していた。辛くも掴んだローブの裾を引き、シェルドを止める。シェルドが強く踏み込むと同時に、波打つように床が競り上がり壁となって立ちはだかった。
(なんだコレ―)
その壁の端が天井に届きそうなところで裏返り始めたことで、やっとそれが床の模様をした布らしき形状であることを理解した。その布は口を閉ざすように覆い被さろうとしている。咄嗟に俺が手を引いたことで、シェルドは尻もちをつくように後ろに倒れる。その目の前の床を占拠した浮き上がるような真っ黒が光の粒となって消えた時、それが召喚された魔道具の一種であることを悟った。
「グァッハッハッ!まさか見切られるとはな!聞いてた通り優秀らしい!」
「…やり口がセコいんだよ、オッサン。」
読めてなかった。ただシェルドを止めたかっただけだ。それでも俺は口角を上げて自分を大きく見せることにした。今のがザルバトスの魔法かどうかも分からない以上、やり合いたく無い存在に思わせたい。
「厄介な奴を敵にしちまったな、ヴァルネアさんよぉ!」
「…その厄介な奴を、野放しにするわけにはいかないみたいだね。」
「待って下さい!わざわざ今やることはないでしょう!?俺の見送りぐらい静かにして下さいよ!」
割り込んだカイエルが停戦を提案する。俺としても、そもそもやり合いたくないし、命拾いしたばかりのシェルドが文句を言うとも思えない。カイルはカイエルの気持ちを尊重するだろう。
少しの沈黙の後、何かを振り払うようにため息を一つ吐き、ヴァルネアは窓の方へ目を背けた。
「…今回は見逃すよ。元々邪魔さえしなければ積極的に捕える気は無いんだ。ガイリに対しては別の方法を探るんだね。」
それを合図に、カイエルに促されるように俺たちはヴァルネアの元を去った。




