凌ぐための選択
俺とカイル、シェルドの3人が南の魔境へ向かう間、耳に入る噂のほとんどがガイリを讃えるものだった。単独で討伐するなどあり得ないという懐疑的な声もあるが、ナンミ=ヴァルが討伐されたことを喜ぶ声が圧倒的に多かった。新聞が大々的に書き綴った“魔法を制御する者"の意を込めた“モデラトル・マギアエ"の呼称もすんなり浸透していく。不信感を抱く相手が皆から称賛されているという状況に言い知れない気持ち悪さがあった。
俺たちの調査の最大の目的は、ガイリがナンミ=ヴァルを討伐した目的をハッキリさせることだ。ルシエ達と話し合った限りでは意思の魔法に直接関係があるとは考えづらい為、タイミング的にもギルドマスターとしての明確な功績を得たかったというのが有力な仮説だ。調査、といってもやれることは主に聞き込みであり、その相手も2つに絞られる。先に魔物の様子を見に行きたいというシェルドに続くように、俺たちは魔物連合の開拓地へ向かった。
重要な時期に共にいなかった自分がどう思われているかわからない、とシェルドはここに来るまでの間ずっと不安そうにしており、実際、一部の魔物からは避けられているようだったが、ほとんどの魔物は単純に再会を喜んでくれた。知り合いが様子を見に来たという理由は非常に自然であり、立場を詮索されずに話を聞けるのは今の俺たちにとってはありがたいことだった。
「新しい情報が無ーな。」
「あぁ。新聞の裏付けを取りに来たみたいになってるな。」
魔物達は恐らく全員が同じものを見ていた。突き刺さり、周りを漂う幾つもの剣から逃れるようにナンミ=ヴァルが飛んできた。苦しみの声を上げながら、あの作戦の時と同じように球体部分が変化し、羽の生えたアルマジロのような姿になった後、怪光線を吐き出しながら自身に降りかかる脅威を取り払おうともがき続けた。それが3時間程続いた後、ついにナンミ=ヴァルの巨体が木々の中に沈み、国さえも滅ぼした長年の脅威が光の粒となり宙を舞った。この証言には食い違いが無かった。反射能力を持つナンミ=ヴァルに何故剣が刺さったのかについては、前回の作戦を踏襲して奴の方から触れさせることで解決したという意見もあったが、殆どは新聞で報じられた内容の通り、一定以下の速度で迫る物体は反射出来なかったのだろうと答えた。方法は不明ながら、その弱点を見抜いた慧眼を讃えているのも新聞と同じ。違うのは、直接様子を見ていたということだけだ。ガイリは誰とも会っていない。ということは、魔物連合に何か働きかけた可能性は低い。
「そろそろ本命に行くか。」
「そーだな。」
俺たちはもう一つの聞き込み相手である、元ナンミ=ヴァル討伐隊隊長で南の国の暫定国王となったドンジーを訪ねることにした。
以前と同じように元関所近くの邸宅を訪ねると、ドンジーの側近のヴォルグが出迎えてくれた。見知った二足歩行の狼の顔や仕草に浮かれた様子は無い。同じ魔物でも、魔物連合の人々と比べると冷静な印象だ。ドンジーは今、かつての闘技場を視察しているらしく、そこまで案内してくれるようだ。
「なんでまた闘技場を?」
「ナンミ=ヴァルが討伐されたことで他の暴れる魔物も討伐出来る可能性が高まったんで、広い施設を確認しておきたいらしいッス。」
確かに最大の脅威が取り除かれたとなれば人々の出入りも多くなるかも知れない。とはいえ、魔境自体は健在なので、ちょっと気が早い気もするけど。
「ちなみに、ドンジーさんって落ち込んでたりとかするんですかね?獲物取られたわけですし…」
「あぁ…まぁ最初は動揺してましたけど、今は復興の目処が立ったことを喜んでる感じッスね。」
良かった。横取りされた悲しみより、国を再興出来る喜びが勝っているようだ。暫定とはいえ国王になったようだし、やることが多すぎて何かを強く思う暇が無いのかも知れない。たまにすれ違う人達の忙しそうな雰囲気がそう思わせた。
「よく来たな、お前達。」
「お久しぶりです、ドンジーさん。いや、国王陛下?」
「止してくれ、柄じゃねぇさ。」
洞窟のような道の先、闘技場の中心部との境目にドンジーがいた。人当たりの良さは相変わらずのようだ。何故か鎧を着込み、右手には短い槍、左腕にはクロスボウが装着されている。刺客を警戒してのことだろうか。
「早速ですけど、聞きたいことがあるんです。」
一通り挨拶が済んですぐに、俺は調査に踏み切る。
「なんだ?」
「ガイリに会いましたか?」
「あぁ、もちろん。討伐しに行くから誰も近づけるなと言われたよ。まさか本当にやってのけるとは思わなかったがな。」
「他にも何か話しましたか?」
「暫定国王として一緒に報じてもらうとかいう話はしたが…それぐらいだったと思う。」
特におかしな点は無さそうだ。ガイリは南の国に対しては恩を売りに来ただけなのか?
「ガイリがどうかしたのか?」
「…俺たちにとって、ガイリは信用出来ない奴なんです。」
俺たちは簡単にガイリの暗躍について話した。
「なるほどなぁ…」
話を聞き終えたドンジーは壁に背を預けたまま顎に手を当てている。
「今、俺たちはガイリが何をしようとしているか調査しているんです。ガイリについて分かることがあれば教えてくれませんか?」
「…まだ約束の段階だが、南の国とギルドは協定を結ぶつもりだ。」
「協定?」
「ギルドは魔物の討伐協力、食糧支援をしてくれる。協定が公になれば魔物と共生する国を認めることにもなる。代わりに求められたのは、私が暫定国王となること、ガイリを支持することだ。」
「討伐協力は分かりますけど、食糧支援というのは?」
「国が崩壊してすぐの頃に私も経験したが、飢えというのは恐ろしいものだ。まともな思考も出来ず、自分から力が抜けていくことすら分からなくなっていく。誰にもそんな思いはさせない。私は上に立つ人間として、この国を絶対に飢えさせない。その為に取り付けたものだ。」
何か、おかしい。この協定はギルド側の損が大きくないか?それほどまでに支持者を増やしたかったということか?
「お前達がガイリを信用していないのは分かった。だが、今の状況でガイリの支援を失う気は無い。」
言いながら、ドンジーは俺たちが歩いてきた方向で控えていたヴォルグの隣に立つ。その表情は影になってしまってよく見えない。
「待って下さい!ガイリに頼るのは危険です!食糧支援なら教会にも出来るはずです!」
「教会?」
「そうです!俺たちは教会と繋がりがあります!きっと力になってくれるはずです!」
「…確かにそれは魅力的だが、ガイリの敵を受け入れてまでやることじゃない。どの道、魔境を解決するにはギルドの、ガイリの力が不可欠だ。今その後ろ盾を失えば、ようやく見えてきた国としての道が絶たれる。」
ルシエの護衛はいるが、教会はそもそも武装勢力では無い。力不足だと言われれば返す言葉が無い。ガイリがここで何をしていたのかは概ね分かったんだ。悔しいが、今はガイリの影響力が強いまま引くしか無い。
「今の俺たちには何も出来ないみたいですね。一応話は通しておきます。教会のことも片隅に置いておいて下さい。」
「待て。」
来た道を戻ろうとする俺の足が止まる。言葉ではなく、その声音の低さが止まるべきだと思わせた。ドンジーの視線を受け、ヴォルグが小さく頷く。
「…協定を結ぶ相手の敵を、みすみす逃がすと思うか?」




