単独討伐
大陸の中央部に位置するマカナン自治国が四方の国々から侵攻を受けないのは教会に集まっている信仰が大きいかららしい。魔法が混乱を引き起こす最中にあっても国としての力を失わなかったのだから教会の護りの力は偉大だ。その偉大な教会の中で運の良さを遺憾無く発揮し、うっかり聖女に認定された少女がルシエである。北の国での一件以来、時折文通で近況報告はしていたが、それ以上の繋がりは無い。急に来ても会えないかと思ったが、あっさり取り次いでもらえた。マスターが変わってすぐにギルド員が来たとなれば何かある、と勘繰ってくれたのかも知れない。主に周りが。それでも明確に敵対した、後戻りの出来ないような奴らが来たとは思っていないだろう。…俺にとって、初めて生き方を左右する敵が出来たのかも知れない。
通された部屋で待つこと数十分、不安で疲労が増していたのか、項垂れるように座っていた俺たちは、扉を開けた人物を見て声も出せないほど驚いた。
「やはり、あなた達でしたか。」
人と梟の中間のような姿、物腰の柔らかい語り口。魔物連合の元リーダー、コルマの姿がそこにあった。
「…ハハ、コルマじゃないか!私だ!シェルドだ!」
「お久しぶりですね、シェルド!随分懐かしい姿をしている!」
2人はお互いの手を握り合うように再会を喜んでいる。
「旧知の仲というのは本当だったんですね。」
言いながら、ルシエが続いて入ってくる。護衛のヴェラも一緒だ。
「お久しぶりです、ルシエ様。驚きました。どうしてコルマさんと一緒なんですか?」
「拾っていただいたんです。」
一旦落ち着いたコルマが替わるように答える。
「と、いうと?」
「魔物連合を離れた私は、魔物だとしても受け入れてもらえる環境が無いかを探して各地を転々としていました。しかし、そんな場所は見つからず、路銀も尽き、最後の賭けと思って大聖堂を訪ねたのです。ナンミ=ヴァルの作戦前にリオスさんとカイルさんからルシエ様のお話を聞いていなければ考えもしませんでした。今は側付きとして置いて頂いています。」
そういえば決起会に参加した時になんやかんや話した気がする。まさかこんなところで繋がるとは。
「コルマさんがここに来るのはまだ分かりますが…よく反対されませんでしたね。」
「今も反対されていますよ。」
「え?じゃあなんで側付きに?」
「ふふふ…」
ルシエが不敵に笑うということは、周りのせいで側付きにされてしまったか、聖女を辞めるのに役立つと思って無理矢理に側付きにしたかのどちらかだろう。反対を押し切っているということは、今回は後者に違いない。
「驚かせようと思って私の側付きにしたことは秘密にしていました。まさかサプライズがこんなに遅くなるとは思っていませんでしたけどね?」
笑顔の圧が怖い。手紙の催促を無視して訪問しなかったことを根に持っているようだ。
「ルシエ様、今回訪ねたのは、ただ遊びに来たわけでは無いのです。」
「…そうですか、そうでしょうね。用事が無ければ来ませんもんね。もちろん分かってましたとも。」
どうみても駄々をこねる子どもにしか見えない。もう自分のポンコツを隠す気無いのかな、この人。とにかく本題に入ることにした俺は、ガイリは信用ならないと訴えることにした。
「また、ガイリですか…」
俺たちの話を聞き終えたコルマの反応は、他にもガイリに関する情報があることを示していた。
「また、というのは?」
「ルシエ様。」
「構いません。全て共有して下さい。」
「実は、ガイリが手を回していたであろう事件の報告が立て続けにルシエ様の元へ届いているのです。」
「それって、いくつあるんですか?」
「2件…いえ、私のことも含めれば3件ということになります。」
コルマの件というのはガイリに会ってから俺たちも参加したナンミ=ヴァル討伐作戦までの一連の流れのことだろう。つまり、俺たちの知らない情報を2件も持っているということだ。
「コルマさんの件は俺たちも知っている話ですよね?他の2件というのは?」
「1つは、東の国で発生している砂漠地帯の独立戦争に関わるものです。」
「え?今、戦争になっているんですか?」
「えぇ。恐らく昨日から交戦が始まっています。」
気付かなかった。この大聖堂へ来る間に戦争が始まっていたらしい。まだ広まっていない話なのだろうか。
「まさか、ガイリが戦争を起こしたんですか?」
「騎士団の第1連隊隊長のガリオンさんからの情報によると、独立派の主導者は元第2連隊隊長のヒダンという人物で、過去にガイリと接触していた可能性が高いらしいです。ガイリのマスター就任と戦争勃発のタイミングが重なっているのは偶然では無いと思います。」
「ガイリとヒダンが協力しているってことですか?タイミングを合わせて何になるんです?」
「分かりませんが、お互い干渉しない理由が出来ているのは確かです。ギルドはマスター変更に伴い自治を優先し、東の国はギルドの動向を注視できない。国家レベルでの分断を狙っている可能性を私は考えています。」
信じられない。ガイリは戦争すらも、使っているのか?
「もう1つは、戦争と比べると見劣りしますが、以前、皆さんが北の国で解決した1件です。」
「え?あれもですか?」
「えぇ。捕まったドーウィンという、ガーゴイルに変異する魔法を持つ男ですが、過去にガイリと接触していたようです。皆さんのお話を考慮しても何の意味があるのか見当が付きませんが…方法を顧みずに本物の愛を探すことに固執していた理由はハッキリしました。」
それが本当だとしたら、ここ最近ずっと俺たちはガイリと間接的に関わっていたことになる。方々を巡っていたであろうガイリの影響力の大きさと、気味の悪い縁を感じる。
「いずれもガイリによって考え方が偏るように仕向けられた可能性があります。思えば、私もそうだったのでしょう。人と魔物の共存を目指す上で、敵ではないことを示し、味方を増やしていく方法はいくつかあったはずです。ナンミ=ヴァルの討伐にこだわる必要は無かった…」
作戦が失敗した直後のことを思い出しているのか、コルマは拳を握りしめて僅かに視線を落とす。それを見るシェルドの表情も口惜しそうに歪んだ。
「…やはりアイツは信用出来ません。教会としてはどうお考えですか?」
俺はヴェラに話を振った。ルシエに聞いても、どうせヴェラに振るだろう。
「教会としては何もしない。表立ったことがない以上、ガイリに同調も敵対もしない。関わる理由が無いからだ。だが、悪い噂があるのなら、教会とは関係の無い者がガイリについて調べ、ルシエ様に何かしらの報告をしに来ることはおかしなことでは無い。ですよね、ルシエ様?」
「なるほど!ルシエ様はここまで見越して早い段階から彼らと接触を持っていたのですね!」
「ふふ…流石ですね、ヴェラ、コルマ。」
なんか前にも見たな、この構図。どうやらコルマも含めて聖女伝説のトライアングルを形成しているようだ。
「つまり、俺たちに各地でのガイリの影響を調べて欲しいってことですよね?」
「コルマの予想通り、ガイリが魔法ギルドの自治を進める為の時間稼ぎをしているのなら、各国に何かしらの影響が出ているはずだ。それが分かれば、ガイリを追放する算段が立つかも知れない。」
ホッとした。ルシエがガイリへの同調姿勢を見せない限り、教会が表立ってガイリ側に立つ可能性はかなり低い。俺たちの調査が上手くいけば、ガイリをギルドから切り離せる。
「調べてみます。まずはどこから―」
「落ち着いて下さい。もう日が暮れます。今日はここまでにしましょう。」
ルシエの制止を聞いて、窓を見る。オレンジに変わった光が、街の通りを照らしていた。
「ヴェラ、皆さんの部屋と食事の手配をお願いします。」
「…分かりました。」
「コルマはシェルドさんと積もる話もあるでしょう?席を外しても構いませんよ。」
「ありがとうございます。ではシェルド、あなたがあの後何をしていたのか、教えて下さい。」
「もちろんだ。近況報告といこう。」
さっさと魔物が出て行き扉を閉じて、一拍。
「やっと遊びに来たと思ったら何なんですか!?知りませんよガイリなんて!どうでも良いんです!関わりたく無いんです!」
小声ながら勢い良く捲し立てるルシエの愚痴が始まってしまった。
「いやー俺たちも困ってて…それにしてもコルマさんと一緒にいるとは驚きましたよ。」
「それについては感謝しています。お手紙のお陰で危険性の低い魔物がいることが分かりましたからね。安全なまま教会内の反対を受け続ける…これで聖女の評判はうなぎ下がりです!」
うなぎ下がりって何だよ。何の狙いも無くコルマを引き入れるわけはないと思っていたが、聖女の権威を落とすのが目的のようだ。
カイルはルシエとの会話を結構楽しんでいるようなのでしばらく2人の会話を聞き流していると、扉がノックされる。ルシエは深呼吸をしてから扉に声をかけた。
「どうぞ、お入り下さい。」
「失礼します。ルシエ様、急ぎ、お耳に入れたいことが…」
「何でしょうか。」
ヴェラの耳打ちを聞いたルシエの表情が一瞬、げんなりしたような気がした。
「お2人にも伝えて下さい。」
「…たった今入った知らせによると、ガイリがナンミ=ヴァルを単独で討伐したらしい。」
「「…は?」」




