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もう一つの魔法

 「押し通るぞ!」

 判断の早いカイルは声を上げながらドンジーの方へ突っ込んでいく。ヴォルグは四つん這いになり姿勢を低くすると、指先まで真っ直ぐにこちらに両腕を向ける。何か来る。咄嗟に身を固めた俺の目に映ったのは、一瞬で膨れ上がるヴォルグの両手だった。手のひらを水平に合わせた状態で、その指先が物凄い速度で突っ込んでくる。前にいたカイルに爪が刺さる。そう思ったが、カイルが当たった指先はそれ以上伸びてこない。理解が追いつかないまま道を埋め尽くす指先の1つが俺に当たる。それは、とても柔らかかった。だが、それを感じた直後、ゴムに弾かれるように一気に闘技場の空中に押し出された。圧力に耐えながらかろうじて開いた目の先で、カイルは水切りのように低空を跳ねる。そして突然、地面に飲み込まれた。それをキッカケに闘技場の地面から大きな穴が現れる。中からは無数の小さな光が照り返しているのが見えた。記憶が蘇る。これは、ナンミ=ヴァルに刺さっていた結晶が日光に晒されていた時と同じ光―

 (落ちたら死ぬ!)

 そう直感した俺は、地面に向かって左手を伸ばす。

 「デヤル!」

 近づいてくる結晶に放たれた青白い光球は俺を穴の外まで弾き飛ばし、落下の衝撃を軽減する。

 「ぐぅっ!」

 転がるように着地し、勢いが止まったところですぐに顔を上げる。その動作だけで全身に痛みが走る。だが動けない程のダメージが無いのは感覚で分かる。ドンジーとヴォルグはまださっきの場所から動いていない。シェルドは俺の魔法で一緒に飛ばされたのか、穴に落ちていなかった。右の壁にぶつかったようだが動いているので恐らくまだ大丈夫だろう。カイルは、見当たらない。やはり大穴に落ちてしまったようだ。ここからだと、観覧席にも小さな結晶が散りばめられているのがよく見える。俺たちがここを訪れることは、あらかじめ計画されていたんだ。どうする?カイルは動けない。戦うしか無い。だが、足場が不安定過ぎる。結晶のある観覧席は使えない。落とし穴が1つとも限らない。カイルを助けるにせよ、ここから逃げるにせよ、ヴォルグを止めなければ。四つ脚で駆け出したヴォルグは、外周に沿うようにシェルドに近づいていく。

 「シェルド!来い!」

 外周に罠は無い。そう踏んだ俺も剣を手にシェルドに向かって外周沿いに走り出す。ヴォルグの魔法は両手の肥大化で間違い無い。異様に柔らかく、近づかれたら一瞬で弾かれる。穴に飛ばされたら今度こそ死ぬ。範囲外から攻撃できる俺が何かしないと。シェルドは駆け出すが、ヴォルグの方が速い。俺は横目でドンジーがさっきの場所から動いていないのを確認してから左手を翳す。

 「デヤル!」

 放たれた光球はシェルドとヴォルグの間の壁際で弾け、内側に向けて少しの砂埃を上げる。ヴォルグの足が止まっている間にシェルドと合流する。

 「動けるな?」

 「もちろんだ。」

 そこら中に傷が付いているが支障は無さそうだ。

 「ドンジーは動いてない。唯一の逃げ道を守ってるんだ。あのクロスボウじゃここまで届かないはず。」

 「だが、2人がかりでもヴォルグは厳しいぞ。」

 「沼で止められるか?」

 「巨大な手で壁を掴み、すぐに出て来るだけだろうな。」

 あの柔らかい手で掴めるのかは謎だが、そのまま魔法を解けば体を引き上げるのは簡単だろう。

 「止まったところに俺の魔法を当ててみるしか無い。」

 「…私に当てるなよ!」

 駆け出したシェルドに合わせるように俺はヴォルグの足元へ向けて光を放つ。

 「デヤル!」

 ヴォルグは低い姿勢のまま素早く避ける。だが、地面で弾けた衝撃は足を止めるのに十分だった。シェルドの魔法が届く。その読みが外れたと分かったのは、ヴォルグの後ろで両手が肥大化した時だった。何をする気なのか、という俺の疑問に答えるようにヴォルグの体が弾けるように飛んできた。

 (はや―)

 反射的に伸ばしていた左腕を畳み体を守る。その上をヴォルグの頭が叩きつけてきた。勢いのまま吹き飛ばされた俺は壁にぶつかり倒れ込む。

 「かッ、グッ!」

 息が上手く出来ない。左腕が痛い。やられた。地面に両手をぶつけて自分を弾いたんだ。シェルドが離れ、俺が呪文を使ったタイミングを狙われた。ヴォルグの狙いは、始めから俺だったんだ。立ちあがろうと片膝を立てた俺の耳に、2方向から足音が聞こえる。ヴォルグは既に動いてる。近づかれたら牙でも爪でも俺は死ぬ。顔を上げ、整っていない呼吸を呪文に変える。

 「デヤ、ルッ!」

 右手を添えて狙いをつけた光球はヴォルグの近くの壁際に当たって弾ける。ヴォルグは伏せるように衝撃を逃がし、また間合いを保つ。短い時間稼ぎだが、シェルドが俺の横に来るには十分だった。

 「リオス!立てるか!」

 「あぁ…」

 ふらつく足を突き立てるように姿勢を起こす。左腕の痛みは尋常じゃないが、それ以外はまだ動く。それなら、勝機はあるかも知れない。

 「マズいな。ヴォルグは私の沼を飛び越える。どうやっても捉えられない。」

 「いや、もう一度だ。シェルド。」

 「正気か?君も避けられなかっただろう?」

 「俺は穴の淵に立つ。ヴォルグも落ちたくは無いはずだ。」

 「バカな!ただ近づいて弾き落とされるだけだ!」

 「そうならないかも知れないぜ?」

 乱れた呼吸でも、魔法は発動した。一瞬なら、最後の一音をずらせる。いつまでかは分からない。だが、今はこの偶然に縋るしかない。

 「…君の走り出しが合図だ。」

 俺は息を深く吐くと、痛みを押し除けるように足を踏み出した。

 「行くぞ!」

 走り出す俺たちに呼応し、ヴォルグはシェルドに向かう。だが、あれはブラフだ。ヴォルグはシェルドに脅威を感じていない。沼に捕まった場合に備えて壁の近くで俺との距離を詰めようとしているだけだ。シェルドは壁際から離れて魔法を使わない。穴の淵に立つ俺が落ちるから。壁際から穴の淵にいる俺をヴォルグが狙うとしたら、選択肢は1つしか無い。備えてさえいれば、俺でもついていける。シェルドの魔法の範囲外ギリギリで動きを止めたヴォルグは後ろ手に構える。その場所に俺は左手を真っ直ぐに向けた。

 「デヤ―」

 ヴォルグの両手が肥大化する。それを見て、俺は詠唱を止めて狙いを地面に落とした。ヴォルグの体が弾ける。だが、俺の予想とは違い、その方向は上だった。穴際への直進に怯えたのか、ヴォルグは斜め上から落ちるように襲う方を選んだ。手のひらを合わせた巨大な指先が迫る。僅かに生まれた時間を、狙いを定め、最後の一音を発することで埋めた。

 「ル!」

 青白い光球がヴォルグの指先で弾ける。弾性の強さを示すように歪み、その衝撃を緩和する。それでもヴォルグの落下地点はその真下に代わり、もう俺に届くことは無かった。落下したヴォルグは首元まで一気に沼に沈む。

 「グアアッ!ああああああっ!」

 最後まで抵抗を見せるヴォルグは両手を大小に変えながら全身でもがく。飛び散る泥は範囲外の俺には砂埃となって全身を染める。

 「お前は、真っ直ぐ飛ぶべきだった。」

 聞いているとは思えない。聞こえるとも思ってない。それでも俺は、この決着に言葉を添えたかった。

 「悪りーな、ヴォルグ。」

 鼻先まで沈んですぐに、シェルドは魔法を解いた。倒れ込みたくなる足を無理矢理に動かす。振り返った先で、ドンジーは微動だにせず立っていた。


 穴を覗き込むと、結晶の棘がいくつも刺さったカイルがすぐに見えた。身動きは取れそうに無いが、頭には刺さらずに済んだようだ。俺は吹き飛ばされていた剣を拾い上げながら、シェルドに声をかける。

 「先にドンジーをやろう。沼で沈めれば、クロスボウだけになる。」

 「光で気を引いてくれ。ボルトさえ飛んでこなければ簡単に近づける。」

 「分かった。」

 シェルドが駆け出した方とは逆回りに俺はドンジーに近づいていく。

 「ヴォルグはもういない!諦めたらどうですか!?」

 「断る!このまま逃げ帰っては協定も立ち消える!」

 「ガイリは信用出来ない!口約束ごときに命を賭けるべきじゃ無いのは分かっているはずです!」

 「敵になるよりはマシだ!」

 「ガイリの目的は意思による魔法の研究です!南の国が再興しようが滅亡しようが興味は無いんです!そんな奴に依存した国を本当に作るつもりなんですか!?」

 「魔境という問題を解決する力!それまでを繋ぐ生活!どちらも失うわけにはいかない!」

 ナンミ=ヴァルが消えた今、他にも選択肢はあるような気がする。だが、ドンジーの言葉には迷いを感じない。望み通りなのに、思考が偏っている。その印象は、ガイリの影響を色濃く受けた人間の共通点だった。

 「…決着がつかないと納得出来ないようですね!」

 「当たり前だ!」

 雄叫びを上げるように叫んだドンジーは、槍を構えて俺に向かって突進してくる。俺は剣を地面に突き立て、右手で補助した光を放つ。

 「デヤル!」

 唱える間にドンジーはクロスボウを構えて撃つ。足元へ向けて放った光は、地面にぶつかる前に弾ける。

 「ぅおっ!」

 予想外の早さで襲いかかった衝撃に吹き飛ばされる。腕の痛みから意識を引き戻して顔を向けると、ドンジーはさらに距離を詰めてきていた。やられる。その恐怖が過ってすぐに、ドンジーの体が沈み始めているのに気付く。膝下まで沈んだその歩みはもう、止まっていないだけだった。

 「っぉおお!」

 片膝をついた俺に向けて、短い槍が投げつけられる。

 「デヤル。」

 光に弾かれた槍は穴へ落ちていき、ドンジーの体は沼に仰向けになる。俺が手を挙げると、シェルドは魔法を解いた。ぼんやりと空を見るその目に、もう気迫は宿っていなかった。

 「…殺せ。」

 「何故、そこまで…」

 「南の国はガイリの味方である。それを示せれば、誰かが引き継いでくれる…」

 この人は、どこまでも国の為に生きようとしている。だからこそ、ここで終わって欲しくない。

 「その誰かも、いずれガイリに切り捨てられる…食い止めないと意味が無い。あの世に隠居するには、まだ早いですよ。」

 「…そうか。そうかもな…」

 深い息に乗っかったように届いた言葉で、俺はようやく一息ついた。


 シェルドに助け出されたカイルがピンピンしているのは予想通りだったが、ヴォルグも当たり前のように生存していたのには驚いた。本人曰く、埋まっている間、ちょっと苦しかったらしい。個体差があるにしても魔物の生命力は凄まじい。ヴォルグは出て来てすぐに、頭と胸の辺り以外が地面に沈んだドンジーに駆け寄り謝り倒していた。こんな状況じゃ無かったらシュール過ぎて笑っていただろう。ドンジーも解放した俺たちは、教会の介入を受け入れることに同意させた。ガイリの影響力を削ぐことが出来れば、ひとまずは上々の成果だろう。

 「お前たちに話しておきたいことがある。」

 ドンジーは仕切り直すように口を開いた。

 「何ですか?」

 「ガイリがナンミ=ヴァルを討伐した方法だ。」

 「方法?」

 「お前たちも知ってるだろうが、ナンミ=ヴァルは磁力操作によりゆっくり倒されたことになっている。だが、あれは表向きの話だ。」

 「…実際は違うんですか?」

 「ガイリが誰も近付けるなと言って出てった後、俺は心配になってヴォルグと後を追ったんだ。磁力操作で大量の武器を運んでいったが、やはり危険だと踏んでな。追いついた時、アイツは既に交戦中だった。そこで俺たちは、ナンミ=ヴァルに取りつく、紫色の動く沼のようなものを見た。」

 「紫の沼?」

 「時々泡立つその沼は、蛇の口を覆っていた。確かに剣も刺さっていた。だが、ナンミ=ヴァルにとっての脅威は、間違い無くその紫の沼の方だった。ナンミ=ヴァルが飛び立つ時、沼は蛇の1匹に侵入した。その瞬間を見ていなかったら、俺も磁力操作で倒されたと信じていただろう。だが実際は違う。何かが侵入し、内側から殺されたんだ。」

 「待ってください。ガイリの魔法は磁力操作のはずです。それだと魔法を2つ持っていることになりますよ?そんなことが…」

 「俺にも詳しくは分からない。だが、状況から見てガイリが操れる何かだとしか思えない。アイツはそういう魔法を扱えるんだ。」

 背筋が冷える。ガイリは2つの魔法を切り替えて使えるのか?そんな特別なことがあり得るのか?あるいは、ガイリの魔法は磁力操作では無いのか…?調査が進んだはずなのに、謎と不気味さが増していく。

 「協定を快諾した時、口止めが含まれているとしか思えなかった。あんな奴を敵に回したくない。今後も歯向かうつもりなら、気をつけることだ。」

 ドンジーがガイリに与する最大の理由を知った俺は、腕の痛みも忘れ、しばらく黙っていた。


 襲いかかって来た魔物を返り討ちにしたと言い訳をしながら、ドンジーお抱えの治癒士に傷を癒してもらった。ここで得られる情報は無いと判断した俺たちは、すぐにルシエの元に戻ることにした。ガイリは急速に影響力を広げている。他の国でも同じようなことが起こっているとしたら、急いで止めなければならない。だが、これほど大規模に他人を巻き込んで、一体何がしたいんだ?目的が分かっているのに、手段が全く見えてこない。ガイリの言う研究が何なのか掴めないまま、南の魔境は遠ざかっていった。

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