霧抜けた先
体験入門の最終日、俺とカイルは再び立ち会いをすることとなった。俺たち、というよりカイルがどこまで俺と差を付けたのかを見たがる門下生達に囲まれる中、向かい合って立つ。ソウエンはこの数日、多くの時間を俺に割いて構造で勝つ道を説いてくれた。おかげで俺のプランは明確だ。
「始め!」
カイルは様々な技を学び攻撃が多彩になった。しかし、最も大きな変化は突進を軸とした戦い方を脱却し、剣を中段に構え、距離を測りながら戦う駆け引きを覚えたことだ。この道場にいる間は盾を使っておらず、最終的にどういうスタイルにするつもりかは謎だが、殆どの門下生と同じように今は右手に持った木剣が前に来るように半身に構えている。対する俺も右手の木剣が前に来るように半身になっているが、剣先はかなり下に構えている。剣先を中段に構えると距離が測りやすい。真っ向からやり合っては勝ち目が無い俺は、少しでも距離感を狂わせておきたい。俺の低い構えの攻撃方法は明確で、下からの切り上げだ。これに対抗する最も良い方法は俺の剣から最も遠い方向からの斬撃、つまり右袈裟斬りしか無い。それ以外は俺の守りの方が速い。カイルがどれほどの技を修めていたとしても、方針を縛れる。準備さえ出来ていれば、俺でも十分動きについていける。他の全ての選択肢を悪いものにする。それだけが俺の選べる道だ。
(来る―)
元々突進を軸にしていたぐらいだ。辛抱強く無いのはよく知っている。勢いの良い踏み込みと共に、カイルの木剣は予想通りの軌跡を描く。俺は練習していた通りに下から切り上げ、カイルの剣を弾いた。
(獲れる!)
弾かれた勢いはカイルの体勢を崩し、踏み込みながら左から右へ横薙ぎを繰り出す俺の木剣が頭を捉える。手応えが俺にそう告げている、はずだった。しかし、持ち前の反射神経でカイルの頭は沈み、俺の木剣は空を切った。選択肢は奪った。練習通りに動けた。ソウエンが示したように、カイルが逃げ込む先を決定づけた。それでも、単純な速さで返される。理解した瞬間に俺の左脇腹にカイルの木剣が叩きつけられる。
「ぐっ!」
「そこまで!」
蹲る俺の耳に審判の声が届く。また、負けた。間違い無く今までで一番良い形だった。あと少しだけ、弾いた後の動きさえも潰せていれば。自分がどう映っているかを想像し、情け無くなる。
「ふーっ、あっぶねー。大丈夫か?リオス。」
「あぁ…」
そこまで強い打撃では無かった。避けられたとはいえ体勢を崩せていたのが幸いした。
「流石だな、リオス。せっかく覚えた技を1個もお披露目出来なかったぜ。」
「最初打ち込んで来たじゃねーか。」
「あのぐらい普通だろ。技って程じゃねーよ。なんか決まる気もしなかったし。」
それを聞いて、俺の心は少し持ち直した。結局、決め切れるだけの差は作れなかったが、俺の作戦は成功していたんだ。正しい道へ向かうことが出来ている。その小さな実感が、歯が立たないだけだった自分を過去のものにしてくれた気がした。
俺たちは当然、正式な入門はしなかった。色々と学びたいとは思うが、こんな山奥に引きこもっていられるほど蓄えは無い。
「なんだかんだ来てよかったな!」
「そーだな。これで賭けは俺たちの勝ちだ。」
「ヤベッ、忘れてた。」
「ちゃんと回収して奢れよ。」
「わかってるって!」
俺に力強い取り柄は無い。出来ることを数えたら、きっと少ない方だろう。それでも何かを起こせる可能性があると、今は信じられる。相手を動かせる要素があるなら、俺はまだ挑んでいたい。
長い石階段を降りて行く。朝日に照らされた景色に霧は見えなかった。




