唯一の反対派
“魔法ギルドマスター退任。後任は心と魔法の関連に注目。"
俺たちの日常に飛び込んできたこの新聞の見出しは大きな波紋を広げた。俺たちの住むマカナン自治国においては近年稀に見る大ニュースだった。社会に魔法という現象が突然ねじ込まれた後、それの体系化を行って以来、魔法ギルドには久しく大きな動きは無かったからだ。それに加えて、後任が外部の人間なのは何故か?という疑問に答えるように、新マスターは自身の魔法を意思によって制御出来る―そう書かれていれば話題にならないはずが無かった。ギルドの調査においても、魔法は発動と停止しか選べない。そのルールの例外であるという宣言が、噂に上らないわけが無い。普段、新聞なんて碌に見ない俺とカイルですら目を通したのはそういった理由があってのことだったが、シェルドがわざわざ見せに来た理由は別にある。新マスターの名前は、ガイリだった。驚き、というより納得が強い。これまで不可解にチラついていた影が形を成したような感覚があるからだ。知り合いがマスターになった、というだけなら別に構わない。だが、西の国での一件を知る俺たちにとって、ガイリは信用出来ない。今思い返してもギンゼは利用されていたとしか思えないし、ヴァルネアの金も盗まれた後どうなったのか知らない。俺たちがこの不信を訴えなければギルドはガイリを受け入れ、今まで通り続くだけだろう。安全かどうかもわからないのに同じように過ごすことは出来ない。
「奴には聞かねばならないことがある。君たちもそうだろう?」
「すぐ近くにいるんだ。問い質してやろうぜ。」
「ああ。」
勢いに任せるように最上階である5階を目指す。ギルドは広いしマスターの部屋なんて行ったこともないが、探すだけだ。
「おい!そこで何してる。」
4階で呼び止めてきた声に振り向くと、そこにいたのは治癒部門の部長だった。相変わらず顔がいかつい。
「ガイリに会いに行くんです。」
「何故だ?」
「どうしても聞きたいことがあるんです。」
そう言い捨てて再び階段を上がろうとする。しかし、俺は再び足を止めることになる。
「ガイリは今はいない。」
「え?なら何処に?」
「家を見に行ったらしい。」
「家?」
「アルヴェルの家を譲り受けたからそれを見に行くらしい。」
新聞を見ていなかったらアルヴェルが前任のギルドマスターの名前であることが分からなかっただろう。目を通しておいて良かったと思うのと同時に、何故マスター就任を公表したタイミングで見に行くのかという疑問が湧いてくる。考え無しとも思えないし、わざと拍子を外されているのだろうか。
「それよりお前らは何を聞きに行くつもりなんだ?」
「それは…話すと長いですが―」
「ガイリは信用出来ない。私にはその理由がある。どうしても問い質さねばならないことがある。」
俺がガイリへの不信を表明するか悩んでいると、シェルドが俺の言葉を引き取った。不信感があるのは自分だと強調することで、俺とカイルに言い逃れの余地を残してくれている。
「俺が聞く、ついてこい。」
「え?でも…」
「いいから来い!」
「行きます…」
本人がいないのであれば今俺たちに出来ることは無い。ガイリに関する情報が少しでも手に入るなら話してみるのも悪くない。決して、凄みに負けたわけではない。
「なるほどな…」
シェルドから西の国での話を聞いた部長はそう言うと腕を組んで黙り込んだ。頭ごなしに否定されなかったのは良いが、何を言われるかわかったものでは無い。緊張した面持ちで待っていると、ようやく部長は口を開いた。
「俺は、恐らくギルドで唯一のガイリ反対派だ。少なくとも、部長会議でガイリを承認しなかったのは俺だけだった。」
「マジですか!?ラッキー!こんなところに味方がいるとは思いませんでした!」
カイルはすぐに喜びの声を上げた。だが、俺とシェルドは懐疑的な姿勢を崩さなかった。ギルドの、それも上層部の人が反旗を翻すものだろうか?簡単には信じられない。シェルドは冷静に疑問点を口にする。
「何故、唯一だと?」
「まず、大多数の連中は首がいくらすげ替わろうが大して気にしない。これはお前らでも分かるはずだ。因縁が無かったらいつも通りだったろ?そして、気にするであろう連中である部長どもが俺以外承認した。だから恐らく唯一だ。」
「あなたが承認しなかった理由は何ですか?」
シェルドの疑問は的確だ。他の部長が承認する理由が明確にある状況で何の意味も無く不信を示すのは身の振り方を間違えているとしか思えない。
「お前らはアルヴェルのことを知らないだろうが、俺は奴が気に食わなかった。一言で言えば事なかれ主義の守銭奴で、あらゆる意思決定が遅い。ギルドマスターという立場をどれだけ長く維持出来るかしか考えていないような奴だった。家族を守る為に金が欲しいのも、立場を手放したく無いのも理解は出来る。だが、ただそれだけの奴がマスターの器じゃないことは常々感じていた。そんな奴が、あっさりマスターの立場を手放し、後任に外部の人間を立てると言ったんだ。確かにガイリの制御出来る魔法はギルドにとって大きな価値がある。だが、アルヴェルの性格と全く噛み合ってない。裏が無きゃおかしい。その理由が分からない限り俺は承認する気は無い。」
部長会議の様子も、アルヴェルのことも知らない俺たちにはその話が真実かどうか確かめようが無い。だが、筋の通ったこの話を受け入れないわけにもいかない。
「あなたが承認しなかった理由は分かりました。私の話も含めてガイリには信用出来ない部分がある、というのにも同意してもらえると思います。我々はガイリに会わなければならない。手を貸して頂けませんか?」
「明日の午前に俺はガイリに呼び出されている。護衛としてついて来い。そこでこの話に決着をつける。」
必ず会えるのであれば願ってもないことだ。視線を寄越すシェルドに頷きを返す。
「分かりました。では明日の朝、また来ます。落ち合うのはここで良いですか?」
「ああ。…お前らがどうする気かは知らないが、覚悟して来いよ。」
罠の可能性も残っている。だが、他に確実な方法が無い。忠告の重さを計りきれないまま、その場を後にした。




