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構造で作る一手

 瞬く間に3日が過ぎた。体験入門というだけあり待遇は良く、俺たちは四六時中、道場で何かしら教わることが出来た。とは言え、門下生たちが快く教えてくれるのはカイルのおかげだ。カイルの剣は筋が良いらしく、次々と技を習得していく為、教え甲斐に溢れている。すっかり俺はその流れに無理矢理ついていこうとする哀れな金魚のフンになっていた。

 「そこまで!」

 4日目である今日に至っては、流れるように連携するカイルの技に圧倒され、全く歯が立たなくなってしまった。一応、教わる場には居合わせているので何をされたかは理解できるが、食らった後では意味が無い。

 「なんでもう使いこなしてるんだよー、さっき教わったばっかだろ?」

 「まー才能?みたいな!?」

 普段なら調子に乗っていると思うところだが、今回はそれに相応しい成果を上げていた。カイルは充実した日々を送っている。対して俺は賭けに勝った金で何を食うかを楽しみになんとか食らいついていた。もはやそれぐらいしか縋れることが無い。…なんか暗いな、俺。師範代と打ち合いを始めたカイルをそのままに、俺は息苦しさから逃れるように外の空気を吸いに出た。


 道場と寝泊まりしている建物を繋ぐ廊下は壁が無く、雨が降ったら吹き込んでくる代わりに、今は開放的に庭が見える。庭、といってもその殆どが石で埋め尽くされており、小さな池がポツンと佇んでいるだけだ。かなり濁っているところを見ると、整備係はいないらしい。

 「調子はどうだ?」

 僅かに霧がかった景色の中、ぼんやりと眺めていた池から目を離すと、ソウエンが立っていた。

 「俺はそこそこですかね。カイルの方は絶好調のようです。」

 「そうか。お前も悪くは無いが、あいつは異常だな。」

 ソウエンも異常だと認めたことで、また一歩、水を空けられたような気分になる。もし慰めに来たのだとしたら、逆効果だ。俺は沈んで行く気分を見るのが嫌になり、話を変えようと試みる。

 「ソウエンさんはいつからここで道場をやってるんですか?」

 「魔法が広まってしばらくしてからだ。若い頃は剣があれば食っていけると思ってたが、明らかにそうじゃ無くなったからな。貯金を叩いて細々やろうと思ったんだ。」

 確かに、魔法でひっくり返される世の中になったとなれば心の一つぐらいは折れるものかも知れない。しかし、道場を始めたということは、需要が無くなると考えてはいなかったのだろう。…剣友会という名前からすると、好きなもの同士で集まる場が欲しかっただけかも知れないが。

 「そうなんですね…体験入門をやってるのは貯金が無くなりそうだからですか?」

 「それもある。だが、それだけじゃない。妙な噂のある昔の教え子がいてな。誰かがそいつを止めてくれないかと期待しているんだ。」

 「どんな噂なんですか?」

 「ヒダンという、今は東の国で騎士団にいる男なんだが―」

 「え?あの第2連隊の?」

 「知ってるのか?やっぱり有名人なんだな。」

 知ってるも何もちょっと前に手酷くやられている。カイルを2人にした張本人だ。

 「ヒダンが子どもの時、ここへ来たことがあってな。筋が良いだけじゃ無く、とにかく斬ることへの執念が凄かったからよく覚えている。あいつの魔法が刀を出せると知った時、剣術は今後、こういうやつの為に変化していくのだと思ったもんだ。」

 言われてみれば、ここで教わった動きの一部はヒダンのものと似ていた気がする。今まで気づかなかったのは、ヒダンが自身の魔法に合わせて技を磨いたからか、それとも俺に才能が無いせいだろうか。

 「あの頃は親が心配していた程度で何かやらかすような子じゃ無いと思っていたんだが、最近聞いた話だと、内乱を起こそうとしている疑いがかかっているらしい。もし本当なら、誰でもいいから止めて欲しい。」

 「自分では行こうとは思わないんですか?」

 「もう歳だ。辿り着く頃には疲れて動けない。」

 ソウエンの視線の先には池があったが、その目に映っているのは別のもののような気がした。実際のところ、この人は金に困ってはいないのかも知れない。そう思わせる穏やかさが、この人にはあった。

 「そういうことならカイルに話しておきますよ。もしかしたら何か関わるかも知れませんし、あいつほどの、個性があればうっかり勝てそうですから。」

 言ってから、自分の臆病さが嫌になる。魔法だけでは無い、明確な力の差。それを認めるのが怖くて、ただ違うだけだと思いたくて、才能という言葉を避けて個性という言葉を咄嗟に選んだ。そんな自分が情けなくて嫌になる。

 「個性か…確かに個性的だな。でもそれを言うならお前だってそうだろう?」

 「俺は普通ですよ。今は魔法があるから多少の仕事は出来ますけど、それが無かったら何も出来ません。カイルの魔法については聞きましたか?どんな怪我でも一瞬で治るんです。どこでも活躍できる魔法なんですよ。その上、剣の才能もある。俺なんかとは違います。」

 「確かに色々出来るみたいだが、個性ってのは何が出来るかじゃ無いだろ?」

 「そう、ですか?」

 「俺は色んな子に教えてきたが、同じ説明をしてもみんなが同じ剣を振ることは一度も無かった。俺のお手本を一緒になって見ているのに、だ。そういう見え方の揺らぎが、個性ってものだと俺は思う。」

 「見え方…」

 ソウエンの言葉が、妙に腑に落ちる。今まで会った人たちの中には理解出来ない考えも多くあった。その考えはきっと、それぞれが見て積み重ねた小さな世界では自然なことだった。もしかしたら、それぞれが持つ自然な世界そのものが個性なのかも知れない。そこに良し悪しは無いんだろう。それなら、確かに俺にも個性はあるはずだ。でも、役立たずの個性を持っていて何の意味がある?個性という言葉を持ち出しておいてなんだが、騎士団どころか、カイルにすら手も足も出ない俺にとって何の意味も無い話だ。俺には、何の価値も無い。何か考えが巡った気がしたが、またしても無力な自分に戻ってきてしまった。

 「確かに、個性はみんなにあるものかも知れません。どのみち、俺にヒダンに対抗できる力が無いことは同じですけどね。」

 「…お前は悩みを抱えるのが得意らしいな。」

 「そんなつもりは無いですけど…」

 「もしも、だ。強い相手に挑まなければならないとしたら、どうやって戦うべきだと思う?」

 なぜ今そんなことを聞くのか。話の流れがどこか俺の知らない所へ行き着こうとしている。

 「それは…相手が疲れるまで逃げるとか?」

 「それも面白いな。…お前なら、ウケの悪い俺の話も聞いてくれそうだ。」

 繋がりは見えない。だが、意味の無い質問をしてきたとも思えない。何か、あるのか?俺の個性でも、出来ることが。

 「どういう話ですか?」

 「構造で潰すという話だ。」

 「構造…?」

 「自分に出来ることでは無く、相手が何を出来るかを作るんだ。」

 「作る?」

 相手の行動を誘導するということだろうか。だが、どんな技を持っているかわからない相手にそんなこと出来るとは思えない。強い相手なら尚更だ。

 「興味がありそうだな。」

 「…はい。」

 「ついてこい。」

 それでも、何かを求める心が最後まで聞きたいと叫んでいた。


 道場の隅で向かい合った俺とソウエンは、右手に持った木剣の先をお互いの鳩尾を狙うように構えていた。ここでは最もオーソドックスな中段の構えだ。

 「ここだ、と思ったところで打ち込んでみろ。」

 「わかりました。」

 探るように剣先が触れ合っては離れる。状況は動いている筈なのに、隙があると思える瞬間が来ない。幾度かそれが繰り返された後、俺の木剣はソウエンの木剣に僅かに上から押さえつけられた。何か、している。自由を制限されたような感覚、その正体は掴めない。だが、直感はここが仕掛けるタイミングだと俺の体を動かした。抑圧から逃れるように右手を振りかぶり、最も速い動きの右袈裟斬りを繰り出す。しかし、ソウエンは俺の手元に木剣の先を到達させると、左から右に押し流すように刃に合わせて木剣を滑らせる。俺の木剣は焦点を狂わされたまま地面に落ちていった。当てられるとは思わなかったが、ここまで圧倒的に捌かれるとは思わなかった。この技を見せたかったのだろうか。真似できる気がしない。

 「今、なぜ右袈裟斬りを打った?」

 「え?何か、押さえつけられた感じがして…」

 そうだ。ソウエンは相手が出来ることを作ると言っていた。あんな技とも呼べないような正体不明の駆け引きで、俺は作られた右袈裟斬りに逃げ込んでいたのか?

 「剣を上から押さえつけられたと感じた時、相手はどうしても上への解放を望む。解放した後、大抵の場合、右袈裟になる。だから俺はお前の剣が見えていた。ただ誘導されたというより、お前はそれしか選べなかったんだ。」

 傍から見ていただけなら間違い無く注目しない駆け引き。そこで俺の動きは決定づけられていた。

 「こういう細かい話がいくつかある。まだ興味はあるか?」

 ソウエンと同じように返せるとは思えない。それでも、相手の動きを作るまでなら、俺でも出来るかも知れない。

 「あります。」

 俺の返事を聞いたソウエンは、ニヤリと笑った。

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