そこにある力
俺たちの仮説を聞いたヴァルドレインはすぐにボレジーに指輪を持ってこいと呼びつけた。ボレジーが舞台上で身に付ける物の中で、西の国で手に入れた物はそれしか無いらしい。
「団長、ボレジーです。」
「入れ。」
テントに入ってきたボレジーが少し疲れて見えるのは、公演後だからだろうか。ヴァルドレインに促されて固く握った手を開き、劇中で使われていた指輪を机に置く。
「嵌めてみてくれ。」
「あ、それなら俺が。」
俺の方を向いていたヴァルドレインからカイルが指輪を受け取り、嵌める。
「どうですか?」
「間違い無い。知っているはずなのに、初めてみたような気分だ。」
俺もカイルを見るが、よく知っているはずなのに、初めて会った気分になる。違和感がすごい。やはり、この指輪を嵌めると、範囲内の人間に初めて見たような印象を与える魔法がかかる。初日の俺たちには意味の無い魔法だったんだ。
「ボレジー、これをどこで手に入れた?」
「貰い物ですよ。」
「西の女か?」
「旅の男らしいです。」
「どんな男だ?」
「確か、ガイリとかいう酒場で会った人です。」
「え?ガイリ?間違いありませんか?」
まさか、ここでその名前を聞くとは思わなかった。一体アイツは何をしているんだ?
「知り合いか?」
「いえ…俺もよくわからないんです。友人の知り合いで同じ名前の奴がいるというだけなんですが…どんなことを話しましたか?」
「別に…ただ、劇団員も楽じゃないって話を軽くしただけですよ。実力の有無より、どれだけ大勢に見せびらかすかの方が大事だとか、そういう下らない話です。妙に話しやすい奴で―なんでか、とかはよく分からないんですけど、とにかく大勢が観に来る場を簡単に作れれば良いのに、とかいう話もしたと思います。それで別れ際に役に立つかも知れないといってそれを貰ったんです。」
何がしたいのか、どうしてこんなことをしているのか、さっぱり掴めない。だが、コルマやギンゼの話の時と構造が似ている。ガイリは良い奴であり、希望に沿うような道筋を示してすぐに立ち消える。今の話だけでも、俺が前に会ったガイリと同一人物だと思わせるのに十分だった。
「…まぁいい。お前はこれがなんなのか知っていたな?周りの反応が変わるんだ。気付かないわけがない。」
「…実力ですよ。」
「こんな、偶然手に入れたものに頼るのが実力だと言うのか、お前は!」
「運も実力のうちでしょう!?これを嵌めていないと、僕にこんな人気は出せない!公演を重ねる程、自分で分かってしまうんです!これがなきゃダメなんですよ!」
「違う!このオモチャは初めて見たと勘違いさせるだけだ!お前が観客に与えた印象そのものは本物だったんだ!それが本当の実力だ!こんな、幻のことなんかじゃない!」
「観客はその幻を観に来てるんです!本当の実力なんて、誰も観ていないんですよ!」
沈黙が支配する中、カイルは指輪を外し、そっと机の上に置く。よく今置けるな、コイツ。指輪に視線を落としながら、ボレジーが口を開く。
「…確かに、実力って言葉とは違うと思います。でも、ただ公演を続けてるだけじゃ、この劇団は苦しくなる。これがあれば劇団はもっと人気になります。誰も路頭に迷ったりしないんですよ。」
ヴァルドレインの顔が歪む。劇団を守れるという事実が強く響いているのが見て取れる。
「実害が無い以上、ギルドだって手は出して来ない。そうでしょう?」
「…俺たちは調査員として報告するだけです。その後どうなるかは保証できません。」
「団長、これは俺たちにとってチャンスなんですよ。これは必要なオモチャなんです。」
「…」
ヴァルドレインは大きく息を吐くと黙り込んでしまった。指で机を叩く音が続く中、誰かの笑い声が外から飛び込んでくる。それに耳を澄ますように机を叩く音が止んでしばらく、ついにヴァルドレインは指輪を手にした。
「…こんなやり方に頼らなくても良いと、信じていたかった。」
その言葉から悔しさが滲んでいるが、声には凛とした響きがあった。
「ギルドが動くまで、俺たちはコイツで稼ぐ。他の奴には黙ってろ、いいな。」
ボレジーに向けられたその言葉は、俺たちにとっては依頼が完了したことを意味していた。
「あのガイリって奴、何がしてーんだろーな?」
「さーなー…指輪をあげて何になるんだろーな?マジで意味わかんねー。」
カイルと話しつつ、俺はボレジーの言っていた事を考えてしまう。魔道具による結果は実力なのだろうか。ヴァルドレインの言った通り、それは何か違う気がする。多くの人が魔法を行使するこの世界で、魔法は実力と呼べるのだろうか。…あの指輪と俺の魔法は何が違う?努力をしたわけじゃ無い。気付いたらそこにあった力は、どう思えば良いのだろう。どこまでが、俺の実力なんだろう。誰と違うことも無い、ただの調査員だったあの頃が、俺の力なんだろうか。確かに言えるのは、並んで歩ける今を手放したく無いということだけだ。だから俺は、実力と呼べなくても魔法を使い続ける。
左手に纏わせた微光を見つめる。弱々しく夜風に揺れて見えることはあっても、決して消えることは無かった。




