舞台裏の違和感
“旅劇団ヴァルドレイン"は、ギルドから見て西側に滞在していた。俺たちが訪れた時はまだ準備中で、公演は明日かららしい。まだ組み立て中の青空劇場を横目に一際大きなテントを目指す。
「俺ってあんまり劇とか見たことないかも。」
「俺も。でも昔、一緒に見に行ったことあったよな?なんか勇者が剣振り回してるやつ。」
「あったなー、懐かしい。」
「あれは良い経験になった。俺の剣術はこうして育まれたんだ…」
「お前は殆ど突進だろ?」
「でも装備は似てるから。」
「え?お前が剣と盾持ってるのって…」
「勇者っぽいからだ!」
「嘘だろ…」
カイルの武器の決め手を知ったところで、怒号が響く。
「おい!何サボってやがる!」
「すいません、団長!」
目を向けると、頭を下げる大柄な男と、恐ろしい形相の小太りな男がいた。
「チッ!さっさとしろ!この役立たずが!」
そう言い捨てると、小太りな男は俺たちが目指しているテントに引っ込んでいった。
「…あれと話すのか…?」
「…行こーぜ。」
若干、緊張感の増した窮屈な空気を押し通るように、俺たちは止まっていた足を再び動かした。
「魔法ギルドのリオスと言います。団長のヴァルドレインさんは…」
「俺がヴァルドレインだ。」
(ですよねー…)
隠す気の無い威圧感を振り撒く男に対し、俺は普段通りに対応しようと努める。
「よろしくお願いします。早速ですが、依頼の詳細について教えていただけますか?」
「…俺は腕っぷしの良いのを寄越せと言っておいたはずだが?」
「…普段は盗賊狩りをしています。人1人追い出すくらいわけないですよ。」
もちろんハッタリだ。いつも盗賊を相手にするほど殺し合いに飢えてはいない。しかし、明らかに若く、筋骨隆々とは言えない俺たちがこの手の人物を納得させるには、魔法を見せるか、ギルドが役立たずを寄越すほどバカじゃ無いと勝手に信頼してもらうのに期待する他ないだろう。
「フン…出来なかったら報酬は無しだからな。」
「調査の結果次第だと聞いています。詳しく教えて下さい。」
俺はヴァルドレインの挑発じみた発言を躱し、話を進める。
「調べるのは俺の劇団の看板のボレジーという男だ。コイツは顔が良く、仕事にも熱心な奴だから方々でファンを作り、俺も良い役者として使っている。特別悪いやつだと思ったことも無い。だが、最近妙なことが起きてる。奴が出ている場面だけ、立ち位置によって印象が変わる。」
「…?舞台のどこに立っているかで変わるということですか?」
「違う。観る側の位置だ。後列で観ている分にはいつも通りだ。なんの変哲も無い何度も観た舞台だ。だが、ボレジーに近い前列で観ると、まるで初めて観たかのような印象に変わる。俺自身も確かめた。ボレジーが出ている時だけ何かが起きている。これを調べるのがお前たちの仕事だ。」
実に奇妙な依頼だ。精神干渉の魔法というのは恐ろしいが、聞く限り実害は無いし、ヴァルドレインにとって損をしているような話にも聞こえない。
「…何か心当たりはありますか?誰の仕業か、とか。」
「…状況からしてボレジー自身かその協力者だろう。他に得をする奴がいない。」
ごもっともだ。これ以上は俺たちが調べてみないと始まらない感じがする。
「依頼についてはわかりました。今から団員の方にも聞き取りをしたいんですが、歩き回っても構いませんか?」
「依頼のことは伏せろ。ギルドの調査の一環としてなら少しは聞き回っても良い。ただし、邪魔はするなよ。」
「わかりました。我々も確かめたいので公演中も出入りすることになると思いますが、よろしいですか?」
「…騒いだら追い出すからな。」
「はい。…ちなみにヴァルドレインさんはどんな魔法が使えるんでしょうか?」
「関係無いだろ。」
「ごく稀に複数の魔法が関わっている場合があるので…調査の一環だと思って下さい。」
「…編み物が速くできる魔法だ。」
「編み物…そーなんですね…」
ついつい目がヴァルドレインの着ているセーターに向いてしまう。小太りなせいか、体より少し小さく見える。
「編んでるところを見せてもらっても良いですか?」
「…」
ヴァルドレインは黙って立ち上がると棚から、まだ完成形の見えない編みかけのものを取り出し、実演する。確かに常人ではあり得ない速さだ。
「ありがとうございます。では調査してきます。」
睨んだままの目から逃れるように、俺たちはテントから出た。
「…あんなに睨んでちゃ、そりゃセーターも縮み上がるよな!」
「間違いねーな!」
俺たちは離れたところで小さく笑い合った後、仕事に取り掛かった。




