何も起きない夜
部屋を確認した後、夕飯は何か買ってくるべきか聞きに行くと、食べに行こうと言い出した。警戒心が無さすぎるのではと思ったが、敵グループも戦力が落ちているはずで、すぐには動けないと判断しているらしい。カイエルも同意見ということは、被害甚大とは言え、一応勝利は収めたのかも知れない。だとしても、豪胆なことだ。
「カイセンドンって何ですか?」
「炊いた米の上に生魚が乗ってるんだよ。」
「え?生で食べるんですか?腹壊したりしません?」
「鮮度が良いから大丈夫だよ。」
可能性はあるってことか?さっそく運ばれてきた丼をヴァルネア以外は様子を見るように凝視する。
「俺、生で食ったことないかも。」
「私もだ。」
「物は試しだよ。」
そう言って手をつけ始めたヴァルネアに従い、俺たちは息を合わせるように口に入れる。…食べれなくはない、か。
「ほう、結構イケるな。」
「それは良かった。」
明確に好感触を示したのはシェルドだけだったが、ヴァルネアは困惑する俺たちの方を楽しんでいるようだ。お金持ちコワイ。
「鮮度が良いって言ってましたけど、川か何かが近いんですか?」
「海で獲れた魚を店が飼ってるんだよ。必要な時に身を切り出して、死ぬ前に治癒士が治す。海から運ぶより、治してもらう方が安上がりだから成り立つビジネスだね。面白いでしょ?」
つまり、一匹の魚が何度も捌かれているということか。前世でどんな悪行を積めばそんな目に遭うのだろう。お金持ちコワイ。
「なー、カイエル。1等狙ってるのってどんな奴らなんだ?」
「あー、それは―」
「食ってからにしようぜ、カイル。」
「私なら構わないよ。」
カイルを制止したのはヴァルネアに気を使ったからでは無く、俺が今聞きたい気分では無いからだったんだが、雇い主の許可が出てしまっては断りづらい。
「そうですか?じゃあ教えてくれ、カイエル。」
「元々、ヴァルネアさんの護衛はマルヤキーズっていう10人の炎の魔法使い集団がやってて、後から俺が加入したんだ。マルヤキーズは貧民街出身の人で結成されてて、昔からヴァルネアさんの医療所でお世話になってたから恩返しもかねて護衛してるって感じだった。荒っぽいから後ろから燃やされそうで気が気じゃ無かったけど、気のいい奴らばっかりだったよ。」
そういえば、前にカイルも炎系と組むのは避けたいって言ってたな。それでも組んでいたということは、居心地が良かったのだろうか。名前からも陽気なのが伝わってくる。
「先週の襲撃の時、馬車で移動していた俺たちは突然、隘路で濁流に押し流された。流れが収まって俺が咳き込んでる時、誰かが“いるんだろ、ギンゼ!"って叫んだんだ。それを聞いて、襲ってきたのが貧民街のギンゼだってわかった。」
「有名なのか?」
「若者の間で悪名高いって感じだな。良い話は聞かない。俺が泥を拭って目を開けた時、1人の男が突進してきて地面に倒された。すぐに立ち上がろうとしたけど、緑っぽい樹液?みたいのがあって、くっついて起き上がれなくなったんだ。それからすぐに道の脇にいた敵が押し寄せてきて、一気に乱戦になった。マルヤキーズの戦法は火で1ヶ所に追いやって一気に制圧するのが基本だった。でも水浸しの隘路だと方向を合わせて火を放つことが出来なかった。敵味方が入り乱れると尚更魔法を使いづらくなって、それぞれが応戦するしかなくなる。初めからそのつもりだったから、常に突っ込んでいける俺は真っ先に封じられたんだ。なんとか皮膚ごと切り離して応戦したけど間に合わなかった。俺が見た限り、向こうは4人逃げ延びて、こっちは俺以外全員やられた。」
「…4対1なのに向こうが引いたってことか?」
「俺が動けてるってのもあったんだろうけど、そもそも試しに来ただけだったのかも知れない。向こうは連携も何も無かったし、あの4人以外は仲間とすら思ってなかったのかも。じゃなきゃ、あっさり引くなんてイカれてる。」
思い起こすカイエルの表情はすっかり暗くなっている。
「その4人が主力ってことになるよな?どんな魔法だったかわかるか?」
「最初の濁流は間違い無くギンゼだ。1回しか使わなかったところを見ると、そんなに使い勝手の良い魔法じゃないはずだ。俺を押し倒した男はさっき言ったくっつく樹液みたいなのを出すやつで間違いないと思う。残りの2人はわからねーな。」
その後はカイエルが食べ終わるまで、俺たちがどんな魔法を使えるかヴァルネアに軽く説明して修理店に戻った。
夜、3階で休むというヴァルネアに挨拶をした後、俺たちは戦闘時の連携を確認するために2階の一室に集まっていた。
「え?じゃあ魔物なの?」
「ああ。この姿は魔道具による幻だ。」
そう言って首元のスカーフを外したシェルドは輝くボディをお披露目した。
「改めて、シェルドだ。よろしくニャ。」
「…ネコ?リス?鉄?」
「絶対やるんだな、その挨拶。」
「貴重な機会を逃すわけにはいかないからな!」
「どういうコダワリ?」
シェルドは満足げに腕を組んでいる。
「…まー普通に話せるし、いいか!」
カイエルが受け入れたところで、早速擦り合わせを始める。
「さっきの話から考えると、ひとまず一番警戒すべきは樹液のやつだよな?」
カイルとカイエルが自己再生しながら引き付けて、俺が光でダメージを与える。これが俺たちのメインプランになるのは明らかだった。だが、この双子が動けなくなったら俺は多分死ぬ。
「樹液男については私が引き付けてみるしか無いだろうな。」
「出来るのか?」
「なんとか撹乱してみるしか無い。仮に地面とくっついても、私であれば沼にすれば動けるかも知れないしな。樹液が無限に出せるとも考えづらい。相殺できれば勝機は十分あるだろう?」
確かに、それしか無さそうだ。俺が光で撃っても飛び散って、より悲惨なことになりそうだし。
「じゃあシェルドは樹液男に集中で。濁流はどうする?」
しばらく考えてみたが、良い案が出ない。狭いとはいえ、道を埋め尽くすほどの水が流れ込んで来たら、対処は難しい。沈黙が長いので、一旦話題を変えてみる。
「ちょっと気になってたんだけど、ヴァルネアさんって家族とかいないのか?いるなら危険そうだけど。」
「いないらしい。直接聞いたわけじゃ無いけど、魔法が広まってすぐくらいに夫と子どもを亡くしたらしい。当時はお金が無くて治せなかったから、今は医療支援をしてるって聞いたことがある。危険な目に遭っても今の商売を続けてるのは、投げやりな気持ちも多分あるんだと思う。失うものが無いっていうかさ。」
「そっか…」
なんとなく想像がつく。良い人だけど、自分の命が軽いんだ。
「昔はあの箱で雨風凌いでた時期もあるらしいぜ。金持ちも色々いるよなー。」
「入っていいんだ、あの箱…全員箱に入れば、濁流に流されるだけで済むんじゃね?」
「そんなに丈夫じゃねーだろ。」
「なら、私の沼に押し込めばどうだ?直接、濁流に触れるのが箱の上部だけならやり過ごせるかも知れない。」
「全員、箱の中で沼に沈むってことか?戻れなくね?」
「敵は狭い道でしか使えないのだろう?壁に斜めに押し込めば勝算はあると思うが。」
「シェルドって壁も沼に出来るのか?」
「私の魔法の範囲は半径10mだ。向きは重要では無い。」
箱にそんな耐久性があるとも思えないが、残念ながら他に案が出ない。しばらくの沈黙の後、カイエルの明日聞いてみようの一言でその場は解散となった。
「いいよ、それでいこう。」
翌朝、祭りの喧騒が大きくなる中、カイエルから昨晩の提案を聞いたヴァルネアはアッサリと承諾した。1等を盗ろうというギンゼとかいうやつも大概だが、本当に度胸がある。この世から度胸が消えれば争いは減るのかも知れない。
「それで、今日はどうします?」
「もちろん、祭りに繰り出すよ。」
言いそうだなとは思った。出歩かない方が良いという言葉の代わりに沈黙が流れる。出会ったばかりで決めつけるのは良くないかも知れないが、言っても無駄な気がするからだ。
「私の場合、目立っている方が安全だよ。それに、向こうは開けた場所では仕掛けづらいんでしょ?」
理には適っている。どのみち、雇い主の意向であれば文句などあるはずが無かった。
外へ繰り出した俺たちは出店で腹を満たし、シェルドが謎のミステリー小説を買うのに付き合ったり、通りすがりに大道芸を見たりして回った。
「バラジューで!」
「はい。当たりますように。」
夜、宝くじを購入する頃には、全員がモチーフの分からないお面をつけて、かき氷を食べていた。つまり、はしゃいでいた。
「マジであの呪文で買えたな!」
「結局、バラジューって何なの?」
「バラバラの10枚らしい。」
「へー。シェルド、舌見せてみ?」
「ん?」
「やっぱ青くなってないなー。」
「多分、本体は真っ青だぞ。後で鏡を見なければ!」
修理店に戻ってきたところで、やっと我に帰る。
「結局、何も無かったなー。」
「だからTシャツ買っとけってあれほど―」
「お土産の話じゃねーよ!護衛の話!」
「なら、明日は誘い出してみようか。」
「え?いやそういうつもりでは…」
「来年も襲われるのは厄介だし、先延ばしにするつもりは無いんだ。優秀な護衛のいるうちに片をつけたいしね。」
コートを掛けながら提案するヴァルネアは、微笑みを浮かべている。俺としても、半端なまま帰るのは気が咎めるので決着をつけてはおきたいのだが…
「流石に危なすぎません?」
「放っておく方が危ないよ。問題が起きる時はいっぺんに来るものだからね。」
そう言われるとそうかも知れない。明日の日程を確認した後、俺たちはシェルドに夜の番を任せて休むことにした。




