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第三話:イカロスの青年

現在時刻は7時半。

朝食の時間だ。


看守は、独房内にいる囚人に食事を配り、食べ終わるまでそれを見張らなければならない。

食事を拒否したり、食器を危険な用途に使ったりする可能性があるため、看守が常に監視しなければならないからだ。


ー特にコイツは、あの終末の堕天使。

何をしでかすか分かったもんじゃない。


食器は安全性の高い木製の匙と椀。

囚人たちが畑で自ら育てた豆と野菜のスープ、それと素朴なパンがいつもの献立だ。


カイリは料理をトレーに載せて、それを恐る恐る檻の中へと入れる。


カイリ

(さっきはあんなことされて超ビビったけど…!)

(舐められないようにしなくっちゃ…)


カイリ

「今日の朝食だぞ」

「残さず食べるんだ」


シャム

「ありがとうございます」

「いやあ、今日も本当に美味しそうな料理ですねえ」


カイリ

(嫌味か…?)

(…っと、突っ込んでいたら負けだ)


カイリ

「黙って食べてください」


シャム

「ええ、つれないですねぇ」


そう言いながら、シャムは料理に手をつける。


シャム

「カイリくんもご一緒にどうですか?」


カイリ

「…僕はもう食べてきたのでいりません」


シャム

「残念」

「じゃあ明日から食事、一緒にどうです?」


カイリ

(何を言っているんだコイツは…)


カイリ

「しません」


シャム

「あらら、振られちゃいましたね」

「…それにしてもキミ」


シャムは食器をトレーに置き、じっとカイリを見つめる。

なぜだろうか、彼の金色の瞳を見ていると…微かに胸が締め付けられるような気持ちになった。


カイリ

「……なんですか」


シャム

「ふ、ふふ、あはは、!」


突然、シャムは大きな声を出して笑い始めた。


カイリ

「な、なんなんだ本当に!」


シャム

「いや、すみません」

「キミ、囚人向いてないなと思いまして」

「これだけ私が無駄口を叩いても、鞭のひとつも振るいやしませんから」


カイリ

「な…!」

「い、いい気になるなよ、貴様!」


カイリは腰につけていた鞭を手に取り、シャムを睨みつける。

しかしシャムから見ればそれは、蛇に精一杯威嚇するハムスターのように見えるだろう。


カイリ

「舐めた態度をとってると…本当に痛い目に合うんだからな!!」


ビシッと鞭をシャムに向ける。


シャム

「……」

「やってみますか?」


カイリ

「は?」


シャムはそう言うと、シャツを脱ぎ、上半身をあらわにした。

その身体には数多の傷が刻まれており、痛々しい。

一体、今までに何回の鞭を打たれてきたのだろうか。


シャム

「あんまり痛くしないでくださいね」


背中を向けるシャム。

そこには鞭の傷だけではなく、大きな古い火傷の跡もあった。

まるで翼が焦げたような跡。


カイリ

「……その火傷は、?」


シャム

「見るのは初めてですか?」

「我々堕天使は、この監獄に来る際に、翼を切り落とされるのはご存じかと思います」

「私はどうしてか、他の堕天使とは違い、翼を焼かれてしまったようなのです」


カイリ

「"ようなのです"って…、他人事じゃないですか?」


シャム

「ええ、私、記憶がないので」


カイリ

「…記憶がない?」


シャム

「はい。記憶がない、というよりも永い年月の中で沢山の事を忘れてしまいました」

「家族のこと」

「自分が犯した罪のこと」

「空の青ささえも…」


「私は何故、この監獄に囚われ続けているのか分かりません」

「唯一覚えているのは"胸が張り裂けそうになるほどの悲しみ"と"誰かを深く愛していたこと"です」

「きっと私は、太陽に近づきすぎてしまったのかもしれません」


「…関係ない話をしてしまいましたね。看守さん、私に罰をどうぞ」


カイリ

「……」


カイリは鞭を握り、それを振り上げた。

バチィンッ――!!

鞭が空気を裂き、乾いた破裂音が監獄の壁に反響した。


カイリが打ったのは鉄格子。

シャムはポカンとした表情でカイリを見る。


カイリ

「僕は…、確かに囚人として新人だ」

「でも、ただ暴力を振るうことが、囚人を律することになるとは思わない」

「いや、そんな事を言いながら、ただあなたのことが怖くて、僕が意気地なしってだけかもしれないけど…」

「あなたがどんな悪いことをして、なぜここに囚われているのか、それを知らない限りは罰することはできないです」


「もし、あなたが誰かを傷つけたり、本当に囚人を殺しているんだとしたら、」

「その時改めて、鞭を振るいます」


シャム

「……本当に、甘いですね」


シャムはシャツを着直し、カイリへと向かい合った。


シャム

「でも、ますますキミのことを気に入りました」

「死なないように頑張ってくださいね」


シャムはにっこりと、ギザギザの歯を見せて笑った。


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