砂漠の風
少女は駆けた。鞭打った馬は口から泡を吹いていたが、かまわず駆けさせた。馬を憐れむ余裕はない。止まれば、死だ。追い付かれれば、死だ。それも、苦痛と屈辱を伴った死だ。
少女の背後には十数騎が駆けていた。揃いの甲冑を身にまとい、槍や弓を手にしている。騎兵だ。その姿から判断するに、アレイヴァ王国の騎兵だった。
ひゅんと音が鳴り、矢が頭上をかすめていく。恐怖に耐え、少女はさらに馬を鞭打った。
不意に、少女は自分の体が宙に浮いていることを感じた。激しい痛みがそれに続く。乗っていた馬は少女を飛び越し、駆けていった。その尻には矢が突き立っていた。
必死に起き上がろうとするが、地面に叩きつけられた衝撃と激痛で思うように体が動かない。アレイヴァ騎兵たちは着実に近づいてくる。
(こんなところで終わるの…?)
少女は悔しさと恐怖から涙が流れるのを止めることができなかった。目を瞑り、迫り来る現実を見まいとした。
「うわあ!」
突如響いた悲鳴に少女は思わず目を開けた。騎兵が次々に馬から射落とされていた。少女のさらに前方から、何者かがアレイヴァ兵を攻撃しているのだ。
遂に最後の一人が落馬した。少女が矢の飛んできた方向を見ると、そこには一群の騎兵がいた。
アレイヴァ騎兵ではない。エリマイス兵やオイラート兵の姿でもない。かといって、ハカーマニシュ王国の鎧でもなかった。
黒や灰色の着古したマントに、同じく襤褸のようなフードや頭巾。粗末で簡素な革鎧をつけ、手には弓を持ち、腰には半月刀。乗る馬は小柄だがどこか気品のある姿をしていた。
(砂漠の騎馬の民…!)
少女は乳母が語る物語でその名を聞いたことがあった。勇猛で忍耐強く、信義に厚い人々。敵にすればこれほど恐ろしい者はなく、味方にすればこれ以上はないほど心強い。そんな砂漠の騎馬民族が今、目の前にいた。
不意に先頭の一騎が近づいてきた。一際美しい馬にまたがり、比較的質の良い甲冑を身にまとっている。明らかに、一団の指揮官と思われた。
「ナスリーン王女殿下とお見受けいたしますが」
馬から降り、男が言った。
「そうだと言ったら?」
自分を追っていた敵を倒してくれたのだから、敵ではないのだろうという希望の下、ナスリーンは答えた。
「お迎えにあがりました」
男はひざまづいた。他の騎兵たちも下馬し、男にならう。
「そなたは?」
「ヒムヤルの族長にしてハマト王国第一騎兵連隊長マシニッサと申します。『砂漠の風』と呼ばれることもございますが」
これが、ナスリーン王女と「砂漠の風」マシニッサ将軍の運命的な出会いであった。




