再来
「何、それは真か!?」
カユーマルスは驚愕に目を見開いた。口は阿呆のように開いたままだ。
ナスリーン王女の生存。
スーサの陥落時、カユーマルスは徹底的にハカーマニシュ国王一族を殺戮した。男はもちろん、女子ども、庶子であろうがかまわず殺した。カユーマルスに残虐趣味があるわけではない。必要だったのだ。たとえ国王を亡き者としても、生き残った王族がいれば新たな王として即位させ、その王を復興の象徴として抵抗を続けることができる。敗れたとはいえハカーマニシュ王国の底力はエリマイスやオイラートを遥かに上回っており、苦労して手にしたハカーマニシュの地から追い出されることも十分にあり得る。カユーマルスはハカーマニシュ伝説に言う蛇王ザッハークの二の舞など演じたくはなかった。それを避けるためにこそ、残忍だと非難されることを覚悟の上で虐殺を行ったのだ。王族がいなければハカーマニシュ王国の残党どもは核を失い、まとまることができずに各個撃破されていくだろう。いや、そうなるはずだったのだ。
しかし、ナスリーン王女が生きているという。滅ぼしたはずのハカーマニシュ王家の人間であり、さらに亡きホマーユーン4世の娘である。彼女は今、南のハマト王国に保護されているという。
「何故だ!全ての王族を殺したはずではないか!一人残らず死んだはずだ!特にホマーユーンの妻子はだ!何故だ!」
王族の中でも王妃や王子、王女は象徴として強力だ。ゆえに、特に注意深く始末したはずだ。それが何故、ナスリーン王女などが生き残っているのだ!
「はっ。実を申しますと、死体の中には顔が潰れ、本人であるか確認するのが困難なものがいくつかございました。背格好や衣服、持ち物から判断したのでございますが…」
部下が震える声で言った。
(くそ、天の時はどうなったのだ)
カユーマルスは恨みを込めた目で天を仰いだ。
ナスリーン姫の生存に驚愕したのはカユーマルスだけではない。情報はカリアの主人と客人にも伝わり、彼らを唖然とさせた。
「これではハマトに先を越されてしまうではないか…」
青ざめたファルザームが呻いた。
二人の計画はトゥーラーン連合軍とハカーマニシュ王国残党を噛み合わせ、双方が弱まったところでカリア・パルティアが動き、王家の血を僅かにでも引く貴族の中から最も力の弱い者を即位させて傀儡とするというものだった。
しかし、ナスリーン王女が生きていれば、当然ホマーユーン4世の娘である彼女が次期国王となる。それも、ハマトが保護しているならばカリアやパルティアの影響力は弱まってしまう。
「どうせなら、我らの方に来てくれればよかったものを…」
同じ生きているのでも、ナスリーンがカリアに落ち延びてくれれば彼女を旗印としてハカーマニシュ勢力を糾合することができた。しかし、現実にはハマトにいる。
「まだだ。まだです、陛下。まだやりようはあります」
イスファーンがしぼりだすような声で言った。
「ハマト王国は我が祖イーラジの役を担っているに過ぎません。イーラジはファルナーズ姫を保護しましたが、結局手に入れたのはパルティア王位のみ。まだマウソロス王の役が残っております。そしてその役は我らが演じるのです」
「ふむ、なるほど。ナスリーン姫がファルナーズ女王の再来なら、ハマトの奴らはイーラジの再来という訳か。そして我々がマウソロス王の再来となる、と」
そのためには味方を集め、一大勢力を作り上げねばならない。ハマトよりも先にである。それも、ナスリーン王女という切り札なしに。
さらに、彼らにはマウソロス王よりも不利な要素があった。マウソロス王はハカーマニシュ本国の貴族である。一方のイスファーンとファルザームは王族とはいえ属国の人間だ。ハカーマニシュ人をまとめるのはより難しい。
「動くしかあるまいな」
「そうですね」
ファルザームの言葉にイスファーンは頷いた。
だが内心ではファルザームに言った以上のことを考えていた。
イーラジに果たせなかったことを、自分が果たしてやる、と。




