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イスファンディヤール戦記  作者: 北の旅人
凋落編
54/55

決戦(4)

戦況は逆転した。パルティアやヒュルカニア、オイラートの騎兵といえば精強さで大陸中にその名を轟かせていたが、その勇名は伊達ではなかった。


戦場は既に乱戦状態であり、イスファーン軍とエリマイス軍は入り乱れていた。そのため味方に当たることを懸念し、騎馬民族の得意とする騎射は行われなかった。その代わり、左右からイスファーン軍を押し包み、剣や槍で攻撃した。


乱戦とはすなわち隊列が乱れきった状態である。個々の兵士が慌てて長槍を構えるが、密度があまりに疎らすぎ、槍衾にはならない。弓兵も矢を放つが、こちらも疎らすぎてほとんど命中しなかった。そのような歩兵や弓兵など、騎兵にとっては何の脅威にもならない。たちまち肉薄され、逃げ惑うところを次々と狩られていった。


「一旦退却だ!」


イスファーンは叫んだ。士官や伝令が命令を繰り返す。だが乱戦の上に混乱に陥っている兵士たちにはなかなか声が届かない。届いたとしても、命令通りに動くのは難しかった。


やむを得ず、イスファーンは周囲にいる兵のみを集めた。他の兵、特に反乱を起こしたハカーマニシュ兵たちは時間稼ぎに使うことにした。すなわち、捨て駒にしたのである。非情なようだが、このままでは全軍が崩壊しかねない状況であり、最善の選択であると言えた。


なんとかまとめることのできた兵は3000。イスファーンは一旦この兵たちを後ろに下げ、隊列を整えた。長槍を構え、盾を並べた重装歩兵が背後に並ぶ弓兵を守る。典型的なハカーマニシュ式戦術である。防御力と攻撃力を兼ね備えたこの部隊は、敵騎兵部隊に向かって矢を放ちつつ前進し、打撃を与えた。だがミラードは直卒の兵を集めると、この部隊の側面に突撃した。同時に、別の部隊に命じて矢を射かけた。騎馬民族の矢は力強く、多くのイスファーン軍兵士が血に染まった。隊列が乱れたところにミラード率いる部隊が突入し、イスファーン軍を切り裂いていく。


「奴らを食い止めろ!槍衾を作れ!」


イスファーンは吼えるように叫んだ。


「そのまま取り込み、周りから押し潰すのだ!」


既に肉薄と突入を許してしまった。ならばそれを逆手に取るまでである。


だがその時、前方から悲鳴が聞こえてきた。イスファーンの指揮下にない兵たちがミラード軍に追いたてられ、隊列に駆け込んできたのである。味方に槍を向けるわけにもいかず、また割り込みによって隊列は乱れに乱れた。そこにミラード軍が突入してきたからたまらない。あっという間に、イスファーン隊の戦列は崩壊した。


「閣下!お逃げください!」


オミードが必死の形相で叫んだ。


「いや!退かぬ!」


退いてなんになろう。この戦は勝たねばならぬ戦だった。決して負けの許されない、敗北がすなわち破滅につながるという戦いだったのだ。手は尽くした。負けないための算段は取っていた。だが、敗れた。退いても、行くあてなどない。


「閣下!ハマトに逃げましょう!」


「ハマトに、だと?」


「はい!今のハマトは同じナスリーン女王派の閣下を迎え入れてくれるでしょう」


「いや…無理だ」


ハマトとの同盟が成り立っていたのは、イスファーンが4万のまとまった軍勢を有していたからである。だが今、敗れたイスファーンにはどれほどの兵力が残るだろうか。そんなイスファーンなど、ハマトは必要としていない。むしろ、のこのこ出向けば命を奪われる可能性の方が大きかった。


「ですが、女王陛下と閣下の人望を合わせれば!」


「俺の人望、か」


イスファーンの人望。それは多分に救国の英雄であることと、常勝の名将であることに依っていた。しか大敗を繰り返したイスファーンはもはや常勝でも不敗でもない。以前の半分、いや10分の1の求心力すらあるか怪しいものだ。


「では西へ!」


西にはイスファーンの盟友ファルザームの治めるカリアがある。だが、カリアへの道は敵兵で埋まっているだろう。


「それではいっそ東へ!」


「東、か」


東。東にはハカーマニシュ王国の手の及ばない国々がある。「オドニス諸国」と呼ばれている国家群である。考えたこともなかったが、いっそオドニスに亡命するというのは1つの手かもしれない。


「そうだな。東に向かうとするか。だが今は」


イスファーンは一呼吸置いた。


「ここを切り抜けることだ」





イスファーンは馬の腹を蹴った。200騎ほどが後に従っている。イスファーンはマントも羽織らず、兜すら被っていない。途中で行き会ったナリーマーンに引ったくるように奪われたのだ。略奪ではない。ナリーマーンは、イスファーンの身代わりになろうというのだ。止める暇もあらばこそ、ナリーマーンは駆けていった。ナリーマーンを追って引き返すことは、彼の望みに反するだろう。ナリーマーンはイスファーンを逃がそうとしている。ならば、生き延びねばならぬ。


イスファーンは懸命に槍を振り回した。槍が折れると剣を振るい、必死に馬を駆けさせた。気づいた時には追手の姿はなかった。だが、付き従う者も僅か5人に減っていた。

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