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イスファンディヤール戦記  作者: 北の旅人
凋落編
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諜報戦

イスファーンらがトゥーラーン軍の到着予定日とした日から、2週間の後。遂にトゥーラーン軍がラガシュの前に姿を現した。


と言っても、全軍ではない。バムシャード率いる第一軍のみである。第二軍、第三軍の遅れにしびれを切らし、単独で猛進したのであろう。途中で降したハカーマニシュ兵も加えて総勢6万5000。イスファーン軍より2万5000人多い、すなわち1.6倍の兵力である。第一軍から第三軍まで集まれば3倍であったことを考えれば、幾分か差が縮まったと言えた。


バムシャード軍は早速陣地を築き始めた。イスファーン軍による妨害を防ぐため、まずは後方に櫓を築き、徐々に土塁や塹壕を築き前進した。イスファーン軍の騎兵が近づけば、櫓から矢を射て攻撃するのである。同時に攻城兵器の建造も進めたが、イスファーン軍がラガシュの要塞化のために多数の木を伐採していたため材料が不足し、完成したのは少数だった。


攻城兵器の不足と猛将としての性質からバムシャードはイスファーン軍を野戦に引きずり出すことを望んでいた。野戦において1.6倍という数は大きな差となるが、堅固な要塞に籠られてしまえば数の利を活かすことは難しくなる。戦が長引けば兵站にも負担がかかる。それに、ハカーマニシュ王を名乗ったばかりのカユーマルスにとって、イスファーンは早急に叩き潰さねばならない存在であるという政治的な理由もあった。


一方のイスファーンもまた、短期決戦を望んでいた。イスファーンとしてはトゥーラーンの全軍が揃うのを座して待つつもりは毛頭なく、敵がバムシャード軍のみであるうちにこれを撃破せんとしていた。バムシャード軍を打ち破れば、後から来る2つの軍勢もまた各個撃破できるのだ。しかし、イスファーン軍は兵数においてバムシャード軍に劣っており、正面切った野戦は望んでいなかった。


要塞に立て籠る敵を引きずり出すのに最も効果的な方法は、敵が出撃せざるを得ない状況を作り出すことだ。例えば補給の拠点を叩く、敵が守りたいものを攻撃する、などといったことが挙げられる。だが今回、イスファーンは籠城のために多くの物資をラガシュ内に集めていた。故に兵糧攻めもしばらくは効果がない。その他にも、特にイスファーンの弱点となるような場所は見当たらなかった。


と言って、罵詈雑言を浴びせて挑発するというのも馬鹿馬鹿しい。イスファーンならずとも、そんな見え透いた策に乗るような者は将として失格だ。それに、そうまでして引きずり出そうという意志が相手側に伝わり、余計に閉じ籠らせてしまう恐れもあった。


行き詰まったバムシャードはアフシンを呼んだ。ハカーマニシュの降将という立場にありながらも、アフシンは卑屈さなど欠片もない、むしろ尊大とも思えるような堂々とした態度でバムシャードの天幕にやってきた。


「アフシンよ。卿はイスファーンの部下の中に知己を持っているか?」


「無論。バムシャード殿、卿は諜報と調略をお望みか?」


「話が早いな。できるか?」


「やってみましょう」


彼らは互いに互いを見下していた。バムシャードの方ではアフシンを卑劣な売国奴と見なしていたし、アフシンはバムシャードを荒くれた蛮族としか思っていなかった。ただ「ハカーマニシュ国王」カユーマルスの命令により一つの軍に属しているだけである。


(何。調略が失敗しようとこやつの面目が潰れるだけのこと。成功すれば儲けものだ)


バムシャードは硬い顎髭を擦りながら内心冷笑した。




一方のラガシュ城内では、ごく限られた者たちによる秘密の軍議が行われていた。ナリマーン、ルーズベフを筆頭に、イスファーンが特に信頼できると見込んだ者たちが集っていた。


「奴らは内通を謀るだろう」


イスファーンが言った。


「我らには一見したところ弱点となる地点はない。いや実際にもないのだがな。敵は我らを野戦に引きずり出し、あるいは門をこじ開けて城内に侵入し、数で圧倒して殲滅することを望んでいるだろう。我が軍の内情を探るにせよ、門を開けさせるにせよ、内通者がいれば便利だ。必ずこれを狙ってくるだろう」


「トゥーラーン軍には今や、裏切者のハカーマニシュ将どもも加わっておりますからな」


「左様。使うとすればアフシンあたりでしょうな」


イスファーン配下の将たちが吐き捨てるように言った。


「そうだ。恐らくはアフシンを使うだろう。アフシンも功績を欲しているであろうからな。ならば、その努力に免じて情報をくれてやろうではないか」


イスファーンが皮肉そうに笑った。


「偽の情報、にございますな」


「そうだ。だがアフシンとて阿呆ではない。下手なやり方では勘づかれてしまうだろう」


「そうですな。では、間接的に伝えるようにしますか。アフシンがいかにも信用しそうな男を使って」


ナリマーンが言った。


「心あたりがあるのか?」


「はっ。実は私の配下にアフシンの従弟がおりまする。なかなか気が利く男ですが、どうやらアフシンに心酔しているようでして。危ないので、要所の警備からは外しております。これに、念のためさらに誰か間に挟んで情報を流せば良いかと」


「なるほどな。それは良い。すぐに取りかかるとしよう」


イスファーンはにやりと笑った。


ラガシュにおいて、ついにイスファーン軍とカユーマルスの軍勢は相見えた。未だ城攻めは始まっていない。だが、諜報という名の静かな戦いは既に始まっていた。

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