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イスファンディヤール戦記  作者: 北の旅人
凋落編
47/55

大陸の覇者

4万。それがイスファーンの下に集まった軍勢だった。南部方面軍2万5000、各地から集まってきた守備隊やかき集めた傭兵が1万6000。


(少ない…)


あまりにも少ない。イスファーンは思う。4万と言えば、大軍と言える数だ。だが敵の規模を考えれば全く足りない。カユーマルス率いるトゥーラーン連合軍は、降伏兵も加えれば15万を超えるという。実に4倍近い兵力差だ。質の点でも、今手元にあるのはハカーマニシュ正規軍ではあるにしても最精鋭ではなかった。歴戦の精鋭たちは、その多くがハマトの砂漠に奪われた。特に親衛隊の「狼部隊」の全滅は痛手だった。


加えて、将も不足していた。イスファーンが見込んで抜擢し、あるいは育成してきた将軍たちは多くが命を落とし、あるいは敵に寝返った。今、イスファーンの下にいるのは南部方面軍を任せていたハカーマニシュ将ナリマーン、駆けつけてきたパルティア将ルーズベフを除けば、将校級の者たちしかいない。ラルサからつき従っているオミードも有能ではあるが、一軍の指揮を任せるには未だ経験不足だった。


(後は、パルティアやカリア、ダルダニアからの援軍を期待する他ないか)


イスファーンの軍制改革により、パルティアやカリアといった属国の兵は大部分がハカーマニシュ王国軍に編入されている。それでも各国には最低限の兵力は残されており、合わせれば2万ほどにはなろう。だが、その2万とて全てを動かすことはできない。


属国と言えばハマトの動きも油断ならない。今のところ、ハカーマニシュ軍を国内から追い払った後は大きな動きを見せてはいないが、いつ襲いかかってきてもおかしくはない。西方のレモラ人、東方のオドニス諸国も混乱しているとはいえ、味方とは言えない、あるいは明確な敵対勢力であり、それらの国々に対しても警戒が必要だ。


そうしたことを考え合わせていけば、手元にある軍勢が4万というのは如何にも心もとなかった。だが、これ以上大規模な増加は期待できない。となれば、選択肢は限られてくる。堅固な城に移り立て籠る、味方を増やせないならば敵の分散、あるいは分裂を引き起こして弱体化させる。そうした方法である。


(ファルザーム殿がいてくれればな)


イスファーンは思う。ファルザームは見かけによらず謀略に長けており、今この状況からでも敵に不和の種を蒔くことができるかもしれない。だが、現実にはここにファルザームはいない。またいたところで、手札も時間も限られている以上、戦況を圧倒的に有利にすることはできないだろう。


「もう1つくらい属国があれば…」


「そんなものがあれば苦労は…」


オミードの呟きに答えようとしたイスファーンは、途中で固まった。閃いたのだ。この苦境を切り抜ける秘策が。いや、秘策というよりも奇策、あるいは愚策かもしれなかった。うまくいく保証はない。それどころか、失敗する可能性は限りなく大きい。だがうまくいけば。うまくいけば、状況を大きく改善できるかもしれない。


「書記と伝令、いや書記と外交官を呼べ!」


イスファーンは叫んだ。オミードが弾かれたように駆け出す。


「まだ覇道を捨てる気にはなれんからな」


イスファーンは不敵な笑みを浮かべた。




「アルサング!」


野太い男の声が、部屋に響く。


「バハードゥル殿、いかがなされた」


醜い小男は足を引きずりながらバハードゥルの方へ向かった。


「カユーマルスとニコラオスの奴はハカーマニシュに入ったらしいな。特にカユーマルスはハカーマニシュ王を名乗ったと聞く」


「はい、左様で」


「俺たちはいつ動くんだ?俺はいつヒュルカニア王を名乗ってくそったれなパルティアに進めばいい?」


「もうそろそろですよ。もうちょっと待てば、好機はきます」


「いつだ!いつだ、その好機というのは!」


(やれやれ。いちいち説明しなくてはならんのか、この蛮族め)


今にも掴みかかりそうな勢いのバハードゥルに、アルサングは内心溜め息をついた。


「カユーマルス陛下がハカーマニシュ王を名乗った。これはイスファーンにとって放置できないことです。イスファーンはあくまでナスリーン女王政権下におけるハカーマニシュ王国軍総司令だ。ナスリーン女王がハマトに保護されたことで権威は大きく揺らいでいるとはいえ、カユーマルス陛下を王と認めるよりは遥かにましです」


「そんなことはわかっている!だからどうしたと言うんだ!」


「話は最後まで聞いてくださいよ。つまり、イスファーンはどうあってもエリマイスを放ってはおけない。だが手元には大した軍勢がない。ならばどうするか、わかりますか?」


「うむ。どこかから連れてくるしかないな」


「そう。連れてくるしかない。では、どこから?イスファーンが最も信頼する軍勢はどこにいますか?奴の本拠地は?」


「…パルティアか」


バハードゥルの目がぎらりと光った。


「そうか。そうか、パルティアか。パルティアだ!パルティアからだ!」


「そうです。奴はパルティアに残した兵を呼び寄せようとするでしょう。途中でカリア軍と合流し、未だイスファーンに従うハカーマニシュ貴族たちの軍勢をも合わせれば、6000くらいにはなる。その軍勢が出払ったらこっちのものだ。後に残った寡兵を一気に叩き潰し、ヒュルカニアを独立させてパルティアをも攻めとる」


「ふむ。たしかに敵は少なければ少ないほどいい。その方が楽だ。それに、カユーマルスにも恩を売れるって訳だな」


バハードゥルが顎に手を当てて言った。本拠地のパルティアを失えば、イスファーン陣営は少なからず動揺するだろう。また、パルティアやカリアからの増援、補給を妨害することもできる。


(そしてカユーマルスとイスファーンが噛み合っている間、俺はヒュルカニアとパルティアをがっちり掌握する。そうすれば、どこの勢力も俺を無視することはできまい)


さらに力を蓄え、カユーマルスとイスファーンが疲れきったところを討てば、漁夫の利を狙うこともできるかもしれない。そうすれば大陸の覇者はこのバハードゥルだ。甘美な夢は、バハードゥルをしたたかに酔わせた。

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