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イスファンディヤール戦記  作者: 北の旅人
凋落編
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凋落と栄光

スーサ陥落。もたらされた情報は、しばしの間イスファーンから思考能力を奪うに十分だった。正確に言えば、陥落ではない。降伏だった。


(アフシンが…)


ミラードに続き、アフシンまでが自分を裏切った。彼らはイスファーン陣営における若手武将の双璧と目されていた。その二人ともが寝返った。イスファーンの受けた衝撃は、決して小さなものではなかった。


報告はそれだけでは終わらなかった。エリマイス国王カユーマルスが、ハカーマニシュ国王を称したというのだ。宰相代理シャーカームをはじめ多くの重臣はこれを認め、近々戴冠式も行われるという。イスファーンの盟友ファルザームは危険を察知し、密かにスーサを落ち延びたという情報もあった。


「何故だ…」


軍事のイスファーン、政治のファルザーム。二人の傑物が手を組み数年がかりで作り上げた体制は、磐石なものであるはずだった。それが、いとも簡単に崩れ去った。あるいは重用し、あるいは懐柔した者たちも、掌返しに敵に靡いた。何故か。その問に対する答えを見いだした時、イスファーンの口から乾いた笑いが沸き起こった。


「ふふふ。要は、負けたからか」


イスファーンもファルザームも、国王とはいえ属国の人間だ。ハカーマニシュ貴族としての地位も与えられたとはいえ、所詮は形式だけのこと。生粋のハカーマニシュ貴族たちから見れば、成り上がりの新参者が幅をきかせている状況であり、面白いはずがない。重用や懐柔も、逆に屈辱と受け取ったかもしれない。先のダードベフやヌーリのように、不満を表に出す者はまだいい。逆らったところを一網打尽に叩き潰せるからだ。だが、表面上は従い、こちらが弱みを見せた途端に裏切るような輩は、どう処遇すればよいのか。


そう、今イスファーンはまさに、弱みを見せてしまっていた。彼の権力基盤は言うまでもなくパルティア本国及び30万にのぼるハカーマニシュ王国軍であり、その権威は戦えば必ず勝つ戦績に基づいていた。だがハマト遠征や対トゥーラーンの防衛の失敗、ミラードやアフシンの裏切りによりハカーマニシュ王国軍は半分以下しか残っていない。自ら率いたハマト遠征がほぼ全滅に近い形で惨敗に終わったことにより、権威もまた急落していた。


この苦境を如何にして切り抜けるか。答えは一つだった。勝つことである。それも、二度と反逆者が出ないほどの、徹底的な勝利を収める必要がある。


「各地から兵を集めよ!」


遂にイスファーンは命令を下した。勝てるかどうかわからない、いや兵力でいえば圧倒的に不利な戦い。戦死や離反により、将の多くも失われている。だが、それでも勝たねばならない。負ければ、イスファーンに未来はないのだ。


(やるしかない…)


イスファーンの決意は悲壮だった。だが、戦いを前にして覇者の血は熱く燃えていた。




ハカーマニシュ及びエリマイス国王。二つの地位は今、カユーマルス一人によって占められている。ハカーマニシュ国王についても、王都の貴族会議により承認されたのだから、決して僭称ではない。


だが不思議と満足感はなかった。前回の「トゥーラーン戦役」における一時的な勝利の方がましなくらいだ。


(簡単に手に入ったからだろうか)


ハカーマニシュ貴族ボルナーからの密使が訪れたのは、三月ほど前のことである。ハカーマニシュ王国の名門貴族から使者が訪れたことも普通ではないが、ボルナーの提案はそれ以上にカユーマルスを驚かせた。


現女王ナスリーンを廃位とし、カユーマルスをハカーマニシュ国王として迎え入れる用意があると言うのだ。


ナスリーン女王は属国の思惑に翻弄され、国を守るという王の義務を果たせていない。そこで、遡ればハカーマニシュ王家と祖を同じくするエリマイス国王カユーマルスを新たな王として迎え入れたいというのである。


前半はわかる。だが、後半はわからない。確かに伝承ではハカーマニシュ王家とエリマイス王家は血の繋がりがある。初代エリマイス国王アルシテスの祖父はハカーマニシュ中興の祖フェリドゥーン大王の父であり、つまりフェリドゥーンとアルシテスは叔父甥の関係にあるのだ。だがそれは遠い昔の話であり、血筋を言うのであれば、もっと王家に近い貴族はいくらでもいるだろう。トゥーラーン戦役の折り、カユーマルスはハカーマニシュ王族を殺したが貴族までは殺しきれなかったのだ。それにそもそも、ハカーマニシュ王国はエリマイス王家がハカーマニシュ王家の流れをくむことなど認めてこなかったではないか。


(しかし…)


もしや、これがアルサングの言う「その時」なのだろうか。軍師の醜い顔を思い浮かべながら、カユーマルスは思った。ハカーマニシュ貴族たちが、唯一生き残った王族を捨ててエリマイスに助けを求める。通常はあり得ないことであり、それ故に逆に信頼がおけた。罠にしては、あまりに馬鹿馬鹿しい。そう考えたカユーマルスは、話に乗ることにした。ついでに、隣国アルカディアのニコラオス王にも使者を送り、同盟を申し入れた。ハカーマニシュ国内に内通者がいることを告げ、征服が成功した後にはハカーマニシュの国土を山分けにすることを条件とした。ハカーマニシュ王国軍の弱体化を伝え聞いていたニコラオスは二つ返事で同盟に応じ、自ら4万の兵を率いて参戦することを約束した。更なる戦力増強を目論むカユーマルスはドランギアナやオイラートからも兵を召集した。こうして整えた軍勢で、ハカーマニシュに侵攻したのである。


スーサに入城したカユーマルスは、同盟者ニコラオスを出し抜いた。ハカーマニシュ貴族を集め、自身をハカーマニシュ国王として承認させたのである。エリマイス軍と降伏したハカーマニシュ軍を合わせれば、兵力はアルカディアの2倍近くにのぼる。ニコラオスはなすすべもなく見守るしかなかった。いや、ニコラオスは食えない男だった。早速、ハカーマニシュ貴族のうちに自身の勢力を築こうと動きつつあるようだ。


(まあよい)


カユーマルスは思う。ニコラオスなど敵ではない。奴には先見の明などない。トゥーラーン戦役では単に出遅れただけだ。それがたまたま結果に結び付いただけだ。今回もまた、易々と出し抜かれたではないか。


それよりも、今はイスファーンだ。奴を殺さなければ、本当にハカーマニシュ王国を征服したとは言えない。だが今回は勝算がある。兵力差が圧倒的なのだ。それに、今度は分散しているのはイスファーン軍だ。歴戦の精鋭も、多くが失われているという。


負けぬ。もうイスファーンなどに、俺の覇道を邪魔させはしない。カユーマルスは固く拳を握りしめた。

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