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イスファンディヤール戦記  作者: 北の旅人
凋落編
45/55

反逆者たち

「何!?トゥーラーン軍の侵攻だと!」


ハカーマニシュ王国軍南部方面軍と合流したイスファーンは、もたらされた情報の重大さに顔を強張らせた。


トゥーラーン連合軍、南下。その数12万。アレイヴァを拠点としてハカーマニシュ王国に侵攻し、ハカーマニシュ王国軍トゥーラーン方面軍を撃破したという。


「オーランは!オーランは何をやっていた?トゥーラーン方面軍には6万の軍勢を割いていた。守りを固めていれば、そう簡単に敗れはしないはずだ。しかも、指揮官はオーランだぞ?」


パルティアの宿将オーランは、華麗さには欠けるものの堅実な戦い方を得意とする老練した名将である。特に防衛戦にはその堅実さが活かされると期待していたのだ。


「オーラン将軍は戦死なさいました」


「なんだと!オーランがか?」


「はっ。実は裏切り者がいたのです」


「何、裏切り者だと?」


報告する将校の言葉にイスファーンは眉をひそめた。


「誰だ、その裏切り者というのは」


「はっ。トゥーラーン方面軍副司令ミラード卿にございます」


「ミ、ミラードだと!?」


イスファーンは驚愕した。ミラードはパルティア人の若者である。若いながらも勇敢で、指揮能力、特に機動性に富んだ用兵を得意とすることから重用してきた武将であり、イスファーン陣営の若手筆頭と目されていた。そのミラードが、寝返ったという。俄に信じられる話ではなかった。


「それで、その後はどうなっている?」


「はっ。スーサのアフシン将軍は周辺の兵を集め、防衛の構えを見せております。その後は、未だ情報が入っておりません」


「待て、アフシンだと?」


アフシンはキールスの下に残してきたはずだ。何故、王都にいるのだろう。


「はっ。一月ほど前、アフシン将軍は僅かな部下を引き連れてここに来られ、補給を受けた後にスーサに向かわれました」


「なんだと…。アフシンは何か言っていたか?」


「いえ、特には。何かお急ぎのようでした。閣下のご命令ではないのですか?」


そんな命令は出していない。とすると、キールスの指示だろうか?だがそれならば、南部方面軍に援軍を求めるはずだ。アフシンはそれをしなかった。それどころか、ろくに情報を伝えもしないまま王都に向かったという。これは何を意味するのだろうか。


(ミラードは裏切った。ならば、アフシンも背かないという保証があるだろうか…?)


イスファーンの背筋を冷たいものが走った。




(もう後戻りはできない)


ハカーマニシュ王国軍に所属するパルティア将ミラードの心を占めるのは、その思いだった。いや、もはや彼をハカーマニシュ軍の将軍と呼ぶことはできないかもしれない。ミラードは今、トゥーラーン連合軍の陣中にいた。エリマイス軍5万5000、アルカディア軍4万、ドランギアナ諸都市からの召集兵やオイラート人傭兵など2万。これにミラードに従って降伏したハカーマニシュ兵2万が加わり、合計で13万5000。前回の「トゥーラーン戦役」よりは若干規模が小さい。しかし、今回はハカーマニシュ軍との兵力差が大きく縮まっていた。


「トゥーラーン戦役」当時、ハカーマニシュ王国は諸侯や属国の兵も含めて40万の兵力を有していた。イスファーンやファルザームの活躍により再興成ったハカーマニシュは兵力を王の下に集中させ、単独で30万の兵を動かせるようになった。だが今、30万の精鋭は多くが失われている。ハマト遠征に参加したハカーマニシュ正規兵12万はほぼ全滅と考えて良いだろう。補給艦隊の壊滅による損害もある。オーラン麾下の軍勢もトゥーラーン連合軍の侵攻により、死傷者や降伏兵は4万近くに上った。さらに、それほど数は多くないとはいえ聖鍵軍やケメスとの戦いで失われた兵もいる。今、ハカーマニシュ正規軍は13万ほどである。これにパルティアやカリア、ダルダニアに残された兵を合わせても15万に達するかどうか。トゥーラーン連合軍にとって、覆せぬほどの兵力差ではない。それどころか、ハカーマニシュ軍は各地に分散しているため、局地的にはトゥーラーン連合軍が圧倒的に有利であるとすら言えた。トゥーラーン方面軍無き今、王都スーサは無防備にさらされている。そしてこの状況を作り上げた責任の一端は、ミラードにある。


ミラードがトゥーラーン連合軍と内通し門を開かなければ、オーランは十分に守りきれていたはずだった。そうすればイスファーンが戻り次第、各地の軍勢をかき集めてトゥーラーン連合軍を撃退することが可能だった。だがその未来は、ミラードの裏切りにより閉ざされた。


ミラードがトゥーラーン連合軍に身を投じたのは、私利私欲故ではない。かと言って大義がある訳でもない。強いて言えば私怨のためだった。


ミラードの妻は、不正により処刑された元パルティア副宰相パズマーンの娘である。事件の折、妻はミラードにすがり付き、父の助命嘆願をするよう泣いて頼んできた。愛妻家のミラードは妻の願いを叶えるために必死でイスファーンに頼み込んだ。股肱の臣たる自分の頼みなら無下にはしないと思っていた。しかしイスファーンはそれを拒絶した。パズマーンは処刑され、妻は泣き崩れた。ミラードは己の無力さに愕然とした。そして妻を悲しませたイスファーンに少なからぬ恨みを抱いた。その後もイスファーンの指揮下で戦い続けたが、武功を立てれば立てるほど、重用されればされるほど、自分の無力さを感じた。どうすることもできない劣等感は蓄積されていき、それはイスファーンへの憎しみを増幅させていった。


イスファーンのハマト遠征に際して、ミラードはオーランの副将として北方に残された。それはミラードの能力を信頼していないがためではない。むしろ、パルティア人のオーランとミラードに最大の敵トゥーラーンに備えさせることで、後顧の憂いをなからしめようとしたのである。だがミラードにはその信頼こそが疎ましかった。人の妻を悲しませておきながら信頼を寄せるとは、なんたる無神経さか。


そんな時、密かにミラードの下を訪れた者がいた。男は、自分はさる大貴族の使者であると名乗り、ミラードにある話を持ちかけた。男の巧みな弁舌の前に、武骨なミラードは無力だった。いや、元より芽は出ていたのであり、無抵抗だった、と言えるかもしれない。とにかく、ミラードは話に乗った。主君に背き、国を裏切るという恐るべき話に。


トゥーラーン連合軍の侵攻に際し、ミラードは上官たるオーランとその部下に牙を剥いた。オーランに従う将兵を押さえ、門を開き、トゥーラーン連合軍を招き入れた。オーランは殺され、混乱するハカーマニシュ兵たちにミラードは降伏を呼び掛けた。抵抗する兵も多かったが、元からの部下も合わせて2万の兵がミラードに従った。


(もう、後戻りはできない。賽は投げられてしまった)


ミラードは最後までやりきる覚悟を決めていた。それが唯一、謀反の汚名から逃れる道であったために。義父パズマーンの名誉を回復する道であったために。




王都スーサは今、4万の軍勢が守りを固めていた。再編された近衛兵5000、召集した周辺の守備隊1万5000、傭兵や貴族の私兵7000、トゥーラーン方面軍の生き残り1万2000。指揮を執るのはアフシンである。


イスファーンが6000の騎兵を連れてラルサを目指した後、アフシンはキールス率いる軍勢から脱け出した。留まれば惨めな死が待っていることを悟ったからである。数騎の部下を連れて陣を出たアフシンは運よくハマト軍に出会うこともなく、首尾よくハカーマニシュの地に帰還した。南部方面軍で補給を受けたアフシンはそのままスーサに戻り、他に有力な将軍がいないのをいいことに軍権を掌握したのである。アフシンの行動には、キールスらが生きて帰って来られないのはほぼ確実であり、仮にイスファーンが帰還しても自分の脱走についての有力な証言者はいないだろうとの計算があった。


だが集まった兵は4万足らず。対するトゥーラーン連合軍は14万に迫るという。名高いスーサの城壁があるとはいえ、厳しい戦いとなることは確実であった。


そんな中、ハカーマニシュ貴族のボルナーがアフシンの元を訪れた。同じくハカーマニシュ貴族であるアフシンは旧知の仲であるボルナーを快く迎え入れた。


酒を酌み交わしながらボルナーが語ったことは、アフシンを驚愕させるに十分だった。だが驚きから覚めたアフシンは実利を考え、利害を天秤にかけ、ついに決断を下した。ボルナーの話に乗ったのである。


時代は今、新たな動きを見せつつあった。

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