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イスファンディヤール戦記  作者: 北の旅人
凋落編
44/55

名将の最期

(見つけた…!)


覆面に隠れた顔に笑みが浮かんだ。マシニッサは右手を高々と掲げる。


「突撃!」


声とともに腕を降り下ろすと、砂漠の民が駆け出した。マシニッサは先頭を駆け、彼の部族民であるヒムヤルの民がすぐ後ろに続いた。行く手にはハカーマニシュ軍がいる。その数3万6000。対して、マシニッサの手勢は8000だった。だが、無謀な突撃ではない。ハカーマニシュ軍は慣れぬ砂漠の行軍で疲れきっており、本来の10分の1の力すら発揮できないだろう。一方のハマト軍は砂漠の民であり、装備も気力も充実している。


マシニッサは、前回の大規模な襲撃と同様の作戦を取った。弓を持った軽騎兵たちがハカーマニシュ軍を取り囲み、四方八方から矢を射る。騎兵が持つことのできる矢の数は限られており、通常は射尽くした後は抜刀突撃あるいは槍を並べての突撃に移る。だがマシニッサは兵力差の大きいハカーマニシュ軍に無闇に突撃して足を掬われることを嫌い、別の手を使った。後方に1000頭の駱駝を用意し、これに大量の矢を積んだのである。矢の尽きた騎兵は一旦後方に下がり、補充した後に再度包囲に戻る。これが、ハマト軍の矢が一向に尽きなかった理由だ。


ハカーマニシュの将軍は、理由は分からないながらもハマト軍が何らかの手段により尽きることなく矢で攻撃してくることを理解しているようだ。陣を敷いて休んでいたハカーマニシュ軍は慌ただしく動き始めた。だが、遅い。早くもハマト軍の前衛は矢を放ち始めていた。マシニッサの矢もハカーマニシュ兵の背に突き立った。


その時、ハカーマニシュ軍から500ほどの騎兵が飛び出した。唸りを上げて飛来する矢をものともせず、ハマト騎兵の群れに向かっていく。


(また同じことの繰り返しか)


前回、ハカーマニシュ軍は騎兵突撃によりハマト軍の一部を崩し、そこに全軍で突入して強引に突破した。だが突破に成功したのは自軍を必要以上に損なうことを嫌ったマシニッサがわざと道を開けたからであり、取り残された1万5000のハカーマニシュ兵は虐殺された。それを、また繰り返そうというのか。


(いや。そんなはずはない)


現在、ハカーマニシュ軍を率いるのはダルダニアのキールスだという。キールスは戦巧者として名高く、イスファーンの信頼も厚い武将だ。馬鹿の一つ覚えのようなことはするまい。


だが、とマシニッサは思う。それは我々とて同じこと。全く同じ作戦を繰り返すことなど、あり得ぬ。


ハカーマニシュ騎兵は矢の雨により大きく数を減らしながらも、遂にハマト騎兵の列に辿り着いた。だがそこで、思わぬ反撃を受けた。予想外なのは、反撃を受けたことではない。その方法だ。それまでハカーマニシュ軍を攻撃していたのは弓矢を装備した軽騎兵だ。しかし今、ハカーマニシュ騎兵に襲いかかったのは、槍を手にした比較的重武装の騎兵である。望まぬ地点での突破を防ぐため、マシニッサは槍騎兵をいくつかの部隊に分け、軽騎兵の後ろに配置していたのだ。ハカーマニシュ兵は崩れ、自陣に駆け戻った。マシニッサが追撃を禁じていたため、槍騎兵はすぐに後退し、再び軽騎兵が矢で攻撃し始めた。ハカーマニシュ軍は重装歩兵が前に出て矢を防いでいるが、長くはもたないだろう。


勝ったな。マシニッサは不敵な笑みを浮かべた。




「ちっ。駄目だったか」


キールスは舌打ちした。犠牲を覚悟しての騎兵突撃により、強引に包囲網を突破する。それが困難であれば敵を引き付けつつ後退し、ハマト騎兵の一部を自陣の内側に取り込む。頃合いを見て敵兵を解放し、算を乱して逃げ帰るところを追撃し、その圧力で再度突破を図る。そういう二段構えの策だった。だがハマト軍は乗ってこず、残り少ない騎兵を無駄に死なせただけの結果となってしまった。キールスは優れた武将だ。勇将や知将の揃ったイスファーン配下の将軍の中でも、一、二を争うほどの能力を有するだろう。その彼にして、状況を覆すことはできなかった。いや、有能であればこそ、覆しようのない現実が見えてしまった。


矢は尽きた。騎兵はあと1000騎残っているかどうか。何より、兵は疲労困憊していた。満足に飲み食いすることもできず、慣れない土地で絶え間ない敵襲にさらされるのだ。疲れない方がおかしい。


(ええい、こうなったら!)


キールスは配下の武将たちを集め、指示を出した。





ハカーマニシュ軍の動きが変わった。2000ほどの重装歩兵で構成される部隊が突出し、ハマト軍の一角に猛攻をかけたのだ。大盾と甲冑で武装しているとはいえ、矢による犠牲は小さいものではない。だがその部隊は味方の屍を乗り越え、死にもの狂いで突撃を敢行した。その勢いは凄まじく、あわや軽騎兵に到達するかと思われた。しかしそこで、ハマト槍騎兵が横腹を突いた。重装歩兵は側面からの攻撃に弱い。ハカーマニシュ軍の攻撃は失敗に終わるかに思われた。だが、キールスはさらに別の部隊を投入した。軽装歩兵から成る1500の兵がハマト槍騎兵に向かって突撃したのだ。重装歩兵よりはるかに機動力のあるこの部隊はすぐに槍騎兵の元にたどり着き、ハマト軍に食らいついた。この地点での槍騎兵部隊は500ほどしかおらず、軽装歩兵に対応するため、別の地点から1000騎が応援に駆けつけた。


それこそが、キールスの狙いだった。キールスは残る軍勢を左に突撃させた。砂塵から、その地点にいた騎兵が正面に移動したことはわかっている。そうであるならば、他の地点の包囲は薄くなっているはずだ。そこに、全軍で突撃をかければ突破できる可能性は高くなる。正面に突入させた3500の兵はどれほどが生き残れるかはわからないが、必要な犠牲だ。少なくとも、キールスは自分にそう言い聞かせている。


3万のハカーマニシュ軍による突撃は凄まじいほどの破壊力を持っていた。ここを突破できなければ死あるのみと全員が理解しているから、尚更である。ハカーマニシュ軍の正面に立たされたハマト騎兵は必死に矢を放つが、突撃は止まらない。遂に軽騎兵は退却を始めた。ハカーマニシュ軍はこれを追撃するかのように前進を続けた。1500のハマト槍騎兵は先に突撃した5000兵に拘束されており、思うように動くことができていない。左右から矢が飛んでくるが、僅かなものだ。


(いけるか…?)


このままいけば、突破できるかもしれない。あわよくば、ハマト軍に一撃を加えて時間を稼ぐこともできるのではなかろうか。キールスの心に希望が芽生えた。


だが、その希望はすぐに打ち砕かれた。ハカーマニシュ軍の右側から大量の矢が撃ち込まれたのだ。見れば、そこには弓を構えた歩兵部隊がいた。数にして、1万5000といったところか。


「ハマト歩兵だ!」


ハマト歩兵。軽騎兵や槍騎兵、駱駝騎兵など騎兵の影に隠れて目立ちはしないが、彼らとて砂漠の民である。勇猛果敢な、優れた戦士だ。矢は次々とハカーマニシュ兵を貫き、砂漠を朱に染めていく。そのうちの数本がキールスの身体を貫いた。


「ぐっ…」


ほとんどは軽傷だ。だが、一本が右の手首に突き刺さった。たまらずキールスは刀を取り落とす。武器を失ったキールスに、さらなる矢が襲いかかった。


(もはや、これまでか…)


喉を貫かれたキールスは、声を発することすらできなかった。気泡の混じる血液を吐き、意識が遠のいていく。周囲のけんそうま


この日の戦いで、キールス率いるハカーマニシュ軍は全滅した。血路を切り開いて脱出できた者はごく僅かであり、主将キールスをはじめ、シェルヴィーン、ギーヴ、ファルロフといった名だたる武将もまた命を落とした。


この日の敗北はキールス軍の壊滅を意味するだけではない。当初18万を数えたハマト遠征軍が、文字通り全滅した。それは一属国の前にハカーマニシュ軍の半ば近くが失われたということでもある。そしてまた、イスファーン陣営にとって質量共に甚大な損失であった。

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