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イスファンディヤール戦記  作者: 北の旅人
凋落編
40/55

ラルサへ

照りつける太陽は体力を容赦なく削っていく。熱い空気は喉を焼き、砂は一歩ごとに足を飲み込もうとする。少しでも気を抜けば、意識が遠退き足がもつれ、倒れてしまう。倒れた者は、もう起き上がることはない。それは、人も馬も変わりはなかった。さらに、どこからともなく現れる砂漠の蛮族が幾度となく襲いかかってきた。


イスファーン率いるハカーマニシュ軍は惨憺たる状態だった。餓えと渇き、暑さ、蛮族の襲撃により多くの騎兵が馬を失い、人間にも大きな被害がでていた。雇われていた砂漠の民や南方人の傭兵は逃げ出し、正規軍に属するハマト兵の中にも脱走兵が出始めていた。


イスファーン直属の「狼部隊」も例外ではなかった。慣れぬ砂漠に多数の馬が倒れ、数多の脅威により兵員も磨り減らされていった。既に、800名ほどの死者を出している。


(忌々しい砂漠め・・・)


イスファーンは心中で毒づいた。もう、言葉を発する余裕もなかったのだ。ハループに向かう時には、砂漠は脅威ではないように思われた。万全の補給体制が整っていたからである。だが海軍を失い、ハマト軍の海上攻撃により確保していた要衝が陥落し連絡線がずたずたにされたため、陸海ともに補給が絶たれた。そうなれば、大軍は大軍であるということで自らの首を締めることとなる。結果的に、セペフルの二の舞を演じてしまったのだ。


後方で叫び声が聞こえる。もう何度めかもわからぬ、ハマト騎兵の攻撃だった。イスファーン軍の将兵は矢で射られ、刀で斬られ、足をもつれさせて転倒して死んでいった。何とか敵を撃退はしたが、後には塁々とハカーマニシュ兵の死体が転がっていた。


遠征当初は18万を数えた大軍は今、10万を下回っているだろう。それでも十分な大軍ではあるが、ナスリーンを救い出すどころか会えもせず、半分近くまで減ったのである。火を見るよりも明らかな敗北であった。


(ザルトーシュトが異変に気づいてくれれば良いのだが)


ラルサにはザルトーシュト率いる8000の守備隊がいる。多いとは言えぬが、貴重な無傷の戦力だ。また、海軍に要請して艦隊を回してもらうこともできるかもしれない。本隊との連絡が途絶えたことで何らかの動きを見せてくれることに、イスファーンは一縷の希望を抱いていた。幾度か、使者も派遣している。恐らくは皆途中で命を落としただろうが。


イスファーンの願いを嘲笑うかのように、救援は影も形も見せなかった。将兵や馬は次々と倒れていく。食料だけでなく矢や投げ槍も枯渇し、騎馬民族への反撃も難しいものとなっていた。


「仕方がない」


軍議の席でイスファーンは呟いた。3分の2ほどに減った将たちは一斉にイスファーンを見た。


「総司令閣下、仕方ないとは?」


シェルヴィーンが皆の思いを代弁するかのように言った。


「これ以上全軍で進み続けてもいたずらに損害が増えるだけだ。動ける騎兵を集め、一足先にラルサに戻ろうと思う」


座がしんと静まり返った。遂にきたか。諸将の思いはそれだった。


戦場において、将と兵士の命は平等ではない。兵が一人死んだところで大局に変化はないが、将が一人死ねば指揮下の全軍に影響を与える。この格差は、総司令と一般の将の間にもあった。故に、今回もイスファーンは生き残らねばならない。たとえ、イスファーンの作戦が失敗したために敗れたとしても、だ。それを考えれば、機動力のある部隊の護衛のもと、イスファーンが離脱し安全地帯を目指すのは当然の選択である。イスファーンさえラルサにたどり着けば、艦隊を回すなり兵を呼び寄せ援軍を組織するなり、何らかの行動を起こすことができる。頭ではわかっていた。だが、釈然としない思いが残るのは当たり前だった。後に残る軍も捨てていく訳にはいかず、幾人かの将を残さねばならない。それどころか、イスファーンの護衛と他の将兵の数を比べて考慮すれば、ほとんどの将が砂漠に残されるだろう。助かる者がいるのに自分が死地に残って苦しむなど、納得のいく話ではなかった。


しかし、イスファーンが見込んで取り立てた将たちだ。そんな私心はすぐに捨て去り、人選に移った。その結果、副司令の代理将軍であるキールスが残る軍勢の指揮を執り、シェルヴィーンとファルロフがそれを補佐することとなった。イスファーンに同行するのはフィルーズ、カムラン以下「狼部隊」3000を中核とした騎兵6000。支度はすぐに整えられ、涼しい夜のうちに出発した。


幸い、途中で砂漠の民に襲われることは一切なかった。行軍は比較的順調に進み、4日後にはラルサが見える距離にまで近づいた。


「ラルサだ…!」


兵たちは顔に喜色を浮かべた。ラルサにたどり着きさえすれば命が助かるのだから当然だ。だがここで、遂に恐れていたことが起きた。


砂漠の民が現れたのである。その数、8000。しかも全員が弓を持っていた。

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