女王と逆臣の行方
イスファーン軍は砂漠を悠然と進んでいく。要所要所においた守備隊を差し引いてもなお12万に達する軍勢にあえて手出しするものなど、ほとんどいなかった。たまに血気に逸ったらしい砂漠の民が駱駝に乗り襲撃してきたが、いずれも容易く撃退され、イスファーン軍の被害は皆無に等しかった。
だが、未だシャープールやナスリーンの行方は掴めない。捕虜からの情報により、砂漠にいることは確かなのだが捕捉はできないのだ。
「逃げ隠れのうまい奴だ。父殺しの悪党の威勢はどこにいった」
イスファーンの嘲笑に、幕僚たちもつられて笑った。
イスファーンは内心、苛立っていた。見つけさえすれば、大軍で一揉みに押し潰すことができる。影でも見せてくれれば騎兵で追跡し、捕捉することができるのだ。だが、姿が見えぬのではどうしようもない。
(この遠征は長引かせるわけにはいかないのだが…)
今回のハマト遠征はナスリーン奪還及び逆臣シャープールの征討を目的としたものだ。ハカーマニシュ王国の威信をかけた戦いであり、たかが一属国相手に長期戦を行ったとなれば、他の属国や周辺の国々に侮られよう。侮りの矛先はイスファーンに向かうかも知れず、そうなればさらなる反逆を呼ぶ恐れもあった。また現在ハカーマニシュ王国が抱える敵国及び潜在的敵対者は数知れず、ハマトにいつまでもこだわってはいられなかった。鎮圧したとはいえ反乱が起きたばかりのスーサを長く留守にすることも不安である。さらに現実的な問題として、いくら富裕なハカーマニシュといえど、膨大な費用がかかるハマトでの戦は負担が大きいことも挙げられる。ケメスからの戦利品や反乱に加わった者から没収した財産でほとんどを賄っているとはいえ、戦が長引けば国庫にも負荷をかけることとなろう。これらの理由から、イスファーンは短期決戦を望んでいた。だが、敵がいないのではどうしようもない。
無論、イスファーンも無為に手をこまねいている訳ではない。捕虜を尋問し、シェルヴィーンらハマト人の将兵に軍勢が隠れていそうな場所を聞いてしらみ潰しにしていき、稀に襲撃してくる砂漠の民を追撃して行方を探ろうとした。だが、そのどれもが未だに成果を挙げていない。
訳がわからぬ。イスファーンは思う。一部をハカーマニシュ王国軍に吸収したとはいえ、ハマト正規軍は未だ1万5000を数える。これに砂漠の民を加えれば、1万ほど増えるであろう。それほどの大軍を長期間砂漠で養えるはずもないのだ。
(…そうか)
しまった。完全に失念していた。ハマトは砂漠で栄えた国ではない。砂漠は屈強な戦士を育てたが、決して繁栄の礎ではなかったのだ。
「ハマトは、海の国だ」
「海の国?」
「そうだ。ハマトはその海を通る貿易船からの税収や実際の取引で収入を得ている国。当然、警備できる程度の軍船は有している。ハループ降伏の際、破壊された港からは多数の船の残骸が見つかった。あれは我々に軍船を渡さないための苦肉の策かと思っていたが、そうではない。我々の目を眩ますための罠だったのだ…」
「すると、まさか…」
イスファーンの言葉を聞き、ギーヴが青ざめた顔で言った。キールスも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。カムランも、ファルロフも、アフシンも顔色が悪い。イスファーンが見込んで幕僚や将軍に取り立てた男たちである。総司令の言わんとすることを即座に理解していた。
「そうだ。奴らは砂漠にはいない」
あちらこちらから、うめき声があがる。
「奴らは、海にいる」




