ハマトの武器
ハカーマニシュ軍は順調にハループまでの行程を進んでいた。暑さには参らされたが、かつてのセペフル軍とは違い、餓えや渇きに苦しむことはなかった。
何故か。イスファーンがセペフルにはなかったものを持っていたからだ。海軍である。カリアやダルダニアから提供された大量の輸送船を使い、海上輸送により物資を運んでいるのだ。「西の海」を進んだ後はアマルナ川に入り、途中から運河を通って「ハマト海」に入る。アマルナ川は遡上することになるが、海から内陸に向けて順風が吹いているため、帆を張れば容易に進むことができるのだ。沿岸を進むイスファーン軍は並走する船から十分な補給を受けることができるのだ。
加えて、砂漠の民の襲撃もほとんどなかった。補給は海上輸送に頼っているため足の遅い輜重部隊を連れる必要がなく、また工兵としての訓練も受けているイスファーン軍は毎晩しっかりとした陣地を設けているからだ。さらに別の対抗手段も取っている。その方法とはいわば「毒をもって毒を制す」とでも言うべきものだ。砂漠の民は概して信義に厚く、ハマト王国に忠誠を誓えば違えることは滅多にない。だがどこにでも例外は存在する。金に目が眩み、部族単位あるいは個人でイスファーンに雇われる者も少なからずいた。特に今はシャープールの父殺しに反感を抱く者も多く、それも寝返りに拍車をかけた。彼らは道案内や斥候、あるいは実際の戦力としてイスファーンに協力した。
(ハマトの奴らめ。いつまでも砂漠が守ってくれると思うなよ)
ハマト軍の基本戦略は砂漠を武器として、あるいは盾として使うというものである。その砂漠はもはや障害ではない。ならばハマトは丸裸も同然だ。
この戦、勝てる。イスファーンは確信した。
一方、ハマト軍も迎撃体制を整えていた。マシニッサを中心に集められる限りの砂漠の遊牧民を集め、物資を秘かにあちこちのオアシス都市に分散させ、ハループの港を破壊した。その上で、あたかもハループに籠城するかのように偽装を施した。
「後はイスファンディヤールの奴をいかに砂漠に引き込むか、だな」
シャープールの言葉に、居並ぶ諸将が頷いた。
「奴はパルティア人、草原の民です。砂漠のことなど詳しくは知らぬでしょう」
「左様、砂漠の恐ろしさなど知らずに乗り込んできましょうなあ」
「いや、そうとも限りませぬぞ。イスファンディヤールめは、補給を重要視する武将と聞きます。現に今は海上輸送により万全の補給体制で迫ってきている」
「故に奴らは餓えも渇きも知らぬとか」
「ふむ、たしかにトゥーラーンの奴らとは違いますな」
「しかも砂漠の民による襲撃もほとんど受けていない」
「中には奴に寝返った者もいると言いますからな。情けないことだ」
「ハマトの民の風上にも置けませぬな」
「まあそんなことはよろしい。策を考えませぬとな」
「それもそうですな」
「しかしナスリーン女王をお連れしていれば、イスファンディヤールは勝手に砂漠に来るのでは?」
「いや、狡猾な奴のことだ。素直には来ますまい」
様々な意見が出され、皆が発言したが議論はまとまらなかった。
「アーキルよ」
シャープールは傍らに控える若者に声をかけた。アーキルは父に連れられてハカーマニシュに行き、トゥーラーン戦役の後に帰って来た男である。教養があり、また頭の回転も早いため側近くおいている。
「お主はどう考える?」
「はっ。イスファンディヤールめはトゥーラーン軍の失敗を見ておりますので、砂漠への警戒心はあるでしょう。無闇に砂漠に深入りすることはしたくないでしょう。しかし」
「しかし、なんだ?」
「ナスリーン女王陛下が砂漠にいらっしゃれば、嫌でも追ってこざるを得ません。さらにイスファンディヤールの敵はハマトのみにあらず。北にはエリマイス、アルカディアが、西には弱体化したとはいえレモラ人が、東にはオドニス諸国がおります。さらにスーサでの反乱が起きたのは記憶に新しいことです。手こずれば、再び反乱が起こらないとも限りません。長期戦はイスファンディヤールの望むところではないでしょう」
「ふむ、なるほどな。では奴は砂漠に乗り込んでくるか、こちらの思い通りに?」
「乗り込んではくるでしょう。ただし、大軍を活かして補給線を固め、隙のない陣容を整えてくるかと」
イスファーンは一部隊の指揮官としては騎兵による速攻を得意とするが、総司令としては大軍を堅実に動かす武将でもある。数は力であり、兵が多ければ多いほど勝利に近づくことができる。しかし大軍は統制が難しく、維持するだけでも多大な労力を必要とする。ハカーマニシュ王国の圧倒的国力を背景にしているとはいえ、イスファーンは30万もの軍勢を見事に掌握し、活用する術を心得ている。砂漠に攻めいる際にも、大軍の長所を活かし短所を抑える、あるいは補った戦略を立ててくるだろう。
「ではどうすればいいのだ?砂漠だけでは勝てぬではないか」
「発想を変えるのです、陛下。砂漠だけでは勝てぬ。ならば別のものも用いましょう」
「別のもの、だと?」
「はい、陛下」
アーキルは一呼吸おいた。
「ハマトに富をもたらしたものがあるでしょう。それもまた、ハマトの武器となりまする」




