蠢く者たち
「ほう、イスファーンの奴は砂漠に乗り込んだか」
バハードゥルはにやりと笑った。
バハードゥル。かつてのオイラート王であり、現在は賊に身を落とした男である。だが彼は今、一人ではなかった。
バハードゥルの下には、かつての部族民がいた。他の部族のオイラート人がいた。傭兵崩れのならず者もいた。食い詰めた農民もいた。そして、ヒュルカニア軍残党もいた。
バハードゥルは800人の手下を従える首領だった。一時期は一人で荒野をさまよっていたことを思えば、再びのしあがってきたと言える。
「そろそろだな、アルザングよ」
バハードゥルは傍らの醜い男を振り向いた。
「はい」
アルザングは醜悪な顔を歪めて笑った。
バハードゥルがここまで来ることができたのは、アルザングのおかげだった。荒野をさまよううちに出会ったこの醜い男は、バハードゥルに大金を提供した。この金で傭兵やごろつきを集め、小規模ながら盗賊団を結成したのだ。各地を荒らし回るうち、噂を聞きつけたオイラート人たちが集まってきた。一定の数が集まると、彼らはヒュルカニアの地に向かった。ここで、ヒュルカニア軍残党たちと連絡を取り、彼らをも仲間に引き入れたのだ。ヒュルカニアに入った後は盗賊行為を控えている。
では、どのようにして800人もの人数を養っているのか。資金源があるのだ。エリマイス、あるいはカユーマルスという名の資金源が。
カユーマルスが何故、バハードゥルを支援するのか。無論そこにはカユーマルス自身の思惑があるだろう。陽動作戦に用いるか、それともハカーマニシュ軍と噛み合わせるか、といったところだろう。そんなことは分かりきっている。分かった上でバハードゥルは話に乗った。だが、素直にカユーマルスの思惑通りに動いてやる気はない。寧ろカユーマルスを利用し、復権を果たすつもりだった。
(もはやオイラート王は無理かもしれん。だが…)
ヒュルカニア王ならどうか。ヒュルカニア王族はトゥーラーン戦役で根絶やしにされており、王位を継ぐべき者はいない。王家の血を引く貴族たちや有力な諸侯も、殺されるかハカーマニシュ軍傘下に収まるかしている。故にヒュルカニア人が認める王位継承権者はいない。ならば、何故バハードゥルが王になれないいわれがあろうか。
(あわよくば、いや必ずパルティアも滅ぼしてくれよう)
トゥーラーン連合軍から勝利を奪ったのはイスファーンだ。奪い返さずにはおかぬ。バハードゥルは復讐を固く心に誓った。
「ふむ。アルザングの奴はうまくやっているようだな」
カユーマルスは感心したように言った。
ヒュルカニアでの反イスファーン勢力作りはうまくいっているようだ。アルザングの言った通り、スーサで反乱が起こり、そして鎮圧された。
(アルザングは次を待てと言った)
イスファーンは砂漠に攻めいるだろう。そこでイスファーンが痛手を受け、諸勢力が動き出した時こそカユーマルスの動くべき時だ。アルザングはそう言ったのだ。
それにしてもよく動く奴だ。アルザングに対して、カユーマルスは思う。どこからか情報を集めてきて、陰謀を巡らせる。時には自らあちこち動き回る。それだけではなく、兵の調練も大々的に改革し、文武の優れた人材を発掘して要職に推薦してくる。彼の薦める人材は確かに有能であるので、カユーマルスも重用している。その甲斐あって、今では傭兵を含めたエリマイス軍7万は見違えるほどの精鋭となっている。エリマイスの動きを見て、一時はアルカディア側に傾きかけたドランギアナのいくつかの都市がエリマイス傘下に加わるほどだ。
(あと少しだ。あと少しで、このカユーマルスがハカーマニシュ王だ…)
甘美な夢は、カユーマルスを酔わせた。
「ふむふむ。ハカーマニシュとハマトが争うか」
アルカディア国王ニコラオスは皮肉に顔を歪めた。
属国が宗主国たるハカーマニシュ王国に刃を向けた例はある。先のトゥーラーン戦役である。その時、アレイヴァとヒュルカニアはあるいは強いられて、あるいは自ら進んでハカーマニシュに弓を引いた。だがハマト王国は宗主国の姫を守り、圧倒的な敵の大軍を相手に一歩も譲らず、ついに退けたのだ。そのハマトが今、ハカーマニシュに牙を向いた。
(いや、ハカーマニシュにではないな)
ハマトは前回と同じくナスリーンを保護下においている。であれば、ある意味では正当性はハマトにあると言えないこともない。ナスリーンを擁するハマトが「ハカーマニシュ」であるならば、遠征軍は何者か。「ハカーマニシュに背いた属国パルティア」ではないか。
(ハカーマニシュ対ハマトではなく、パルティア対ハカーマニシュと見ることもできる、か)
これは妙なことになった。ニコラオスはふっと笑った。
「さて、アルカディアはどう動くべきだろうか」
前回は動かないことで利を得た。だが今回は、最良の時機に動くことこそ最もアルカディアのためとなるであろう。
(イスファンディヤールの対ハマト戦次第だな)
どう転んでも動けるように準備だけはしておこう。最後に笑うのはハカーマニシュでも、パルティアでもハマトでも、ましてやエリマイスでもない。このアルカディア、このニコラオスであるべきだ。そう信じて疑わないニコラオスであった。
(ダードベフはやはりしくじったか)
ボルナーは深く溜め息をついた。
多数の隠密を抱えるボルナーは、集めた情報から「フェリドゥーン作戦」が反乱の誘発をも目的としていることを推測していた。そのため、親友でもあるダードベフから声がかかる前に仮病を使い静養のためとして領地に戻っていたのだ。病気のふりをするのは簡単だった。何故なら、ボルナーの抱える「人材」の中には毒や薬に詳しい者もおり、一時的に病のような状態にするなどお手のものだったからだ。
領地からボルナーは情勢を見守った。案の定、イスファーンはすぐに引き返し、スーサを包囲した。イスファーン派の重鎮ファルボドの暗殺により多少の混乱は引き起こしたが、それがダードベフの限界だった。ボルナーが「人材」を用いればもう少しましだったかもしれないが、焼け石に水だっただろう。そんな危険な賭けをする訳にはいかなかった。
(時期が早すぎたのだ)
ボルナーは思う。未だイスファーンはその権力の基盤である強力な軍隊を有している。近衛兵を寝返らせたにしても、寄せ集めの3万程度の反乱軍でどうにかなる相手ではないのだ。
(だが、今回の粛清は諸刃の剣だな)
粛清により、イスファーンは相当数の反対派を抹殺した。だが完全ではない。まだあちこちに根は残っている。ボルナー自身がいい例だ。それに粛清では反乱に加わった者全てが殺されるか、奴隷に落とされるかした。彼らの親類縁者の恨みは骨髄に達しているだろう。3万の敵を刈り取り、それに倍する新たな敵を作り出したとも言えるのだ。
もっとも、ダードベフやヌーリ、サンジャルなど多くの要人や名門貴族が命を落としているため、次回は同志集めには苦労するだろう。だがボルナーの手は既に伸ばされていた。それは何も、イスファーンの敵対者には限らなかった。
(ダードベフ、仇は討つぞ)
刑場の露と消えた親友にボルナーは誓った。




