再会
「ほう。ラルサに兵はいないか」
先鋒を率いるキールスからの報告に、イスファーンは腕組みをした。
恐らくは、ハループに逃げたのだろう。トゥーラーン戦役の勝利よ再び、というわけか。
だが今回はかつてのトゥーラーン戦役ではなかった。相違点はいくつもある。
まず、遠征軍の質と規模だ。トゥーラーン連合軍は寄せ集めで士気の低い5万の軍勢だった。しかし今、イスファーン軍は18万を数える。20万という公称には届かぬが、シャープールの予想は大きく上回っていた。このうち、ハカーマニシュ正規軍は13万。差の5万がどこから来たかと言えば、彼らは傭兵だった。傭兵と言っても、イスファーンが戦力として数えるほどだから、決して烏合の衆ではない。ケメス王国内で暴れまわっていたヌミディア騎兵の一部を雇い、5000の軽騎兵を手にした。ケメス王国での戦いの後、部下を残して秘かに編成させていた南方の狩猟民族から成る7000の軽装歩兵部隊を呼び寄せた。旧ヒュルカニア軍将兵から募った2000の兵もいた。その他、北方や東方の山岳民、勇猛でなる南方の島の民など、各地の優秀な傭兵を高額な料金で雇い入れた。先の「フェリドゥーン作戦」に要した費用や物資はほとんどをケメス王国からの戦利品で賄ったため、まだ国庫には余裕があったのである。
次に、今回のハマトは他国の支援を受けることができない。トゥーラーン戦役の際にはケメス王国からの海上補給があった。だが今、ケメスはハマト軍も加わった「フェリドゥーン作戦」により混乱に陥っている。他国を援助する余裕はないし、仮にあったとしても恩を仇で返したハマトを素直に救うとは思えない。この点、シャープールは先見の明に欠けていたと言える。もっとも、あの時点ではハカーマニシュの属国であるハマトが宗主国の命に逆らうことなどできず、そもそも未だハカーマニシュを敵とした戦争が近いなど予想できることではなかったから、シャープールを責めるのは酷ではあった。
また、ハマト王国内部にも問題はあった。トゥーラーン戦役では宗主国の姫君を侵略者や裏切り者から守るという目的の下、上から下まで一致団結して戦い抜いた。だが今回、シャープールは父を殺しナスリーンを強引にハマトに留めている。実直で純朴なハマト人からすれば首を傾げざるを得ないような行動であるし、父殺しはハマトにおいて最大の悪行とされてもいる。砂漠の民がシャープールにどこまで従うか、疑わしいものであった。
そして何より、今回指揮を執るのはイスファーンである。トゥーラーン戦役の折の遠征軍を率いたセペフルも決して無能ではなかったが、非凡でもなかった。対してイスファーンは数々の戦に勝利を収めてきた不敗の名将である。オイラート、エリマイス、ヒュルカニア、ケメス、聖鍵軍、そしてダードベフの反乱軍。そのどれもを苦もなく打ち破ってきた。補給についても、考えがある。
(負ける訳がない)
イスファーンは全軍に進発を命じた。
一方、ハループ。ここでナスリーンは運命の再開を果たしていた。
「マシニッサ!」
「お久しぶりです、王女様。いや、女王陛下とお呼びしたほうがよろしいか」
「やめて。そんなにかしこまった呼び方はしないで」
マシニッサは悪戯っぽく笑った。兵や侍女たちの手前、さすがに抱きつくことはできない。ナスリーンにはそれがもどかしかった。
「やっと会えた…」
浅黒い肌、澄んだ瞳、黒髪に同じ色の口髭。全てが昔のままだった。
「ええ、再びハマトにようこそ」
にっと笑った顔も、低い声もそのままだ。
(もう、何があっても大丈夫だわ)
ナスリーンは頬に涙が伝うのを感じた。恥ずかしいとも、止めようとも思わなかった。そんなナスリーンを見て、マシニッサは困ったように微笑んだ。




