暗躍
ハカーマニシュ王国の名門貴族ボルナーには奇妙な趣味があった。人材収集である。有数の名門貴族としての豊かな財産に加え、国王の軍事参議官としての給金によって富裕なボルナーは私費で300人以上の人材を養っていた。これだけ聞けば若いにも関わらず立派だとも思われるが、ボルナーの言う人材とは必ずしも戦や政治の役に立つ者とは限らなかった。いやそれどころか、そうでない者の方が多かった。
では何を以て人材とするのか。ボルナーが好むのは「一芸に秀でた者」である。その一芸とは千差万別であり、優れた音楽家、腕の良い画家や彫刻家、字の巧みな者、足が速い者、詩歌の才のある者。中には門や塀のある家にも難なく忍び込める者や鶏の鳴き真似が達者な者、ほとんど垂直な壁にも登ることのできる者、気配を消すのが上手い者、他人の筆跡を真似るのを得意とする者など、何の役に立つのかわからないような特技を持つ者も多数いた。
次のような逸話もある。ある時、一人の若者がふらりとボルナーの屋敷を訪れた。彼は次のように自分を売り込んだ。
「私の弁舌はナイラムに及ばず、武勇はグスタハムに劣ります。慎重さと知恵はウーラードを下回り、先見の明はバハラームよりもありません。誠実さはアルキビアデスの下、サームほどの器用さはありません」
彼が名を挙げた人物は全て、フェリドゥーン大王配下の将軍たちである。それも、その人物が不得意としたものとともに列挙している。若者は自分は弁舌と武勇の才に欠け、慎重さや知恵、先見の明はなく、誠実でも器用でもない、つまりは無能だと言っているのだ。とても自分を売り込む気があるとは思えない。
だがボルナーはこの若者も受け入れ、屋敷に迎えた。これほど自分の無能さを強調することに興味を覚えたのだ。だが案の定、若者はごろごろと寝てばかりおり、一度も役に立ったことはなかった。しかしボルナーには一向に気にした様子はなかった。
もっとも、ボルナーのこの奇妙な人材収集は生来のものではない。トゥーラーン連合軍によりハカーマニシュ王国が一度滅びた時、ボルナーは殺された父に代わり一族をまとめ、養っていた勇者たちを率いてトゥーラーン連合軍に立ち向かった。その過程で多くの一族郎等が命を落とし、ボルナー自身も幾度も死の危険にさらされた。それでもハカーマニシュ王国への忠誠は揺るがず、終戦まで戦い抜いた。その功績を称えられ、ハカーマニシュ女王ナスリーンの軍事参議官に任じられたのだ。だが総司令イスファーンが軍事に関して全権を有している現状では軍事参議官など名ばかりの役職であり、いわゆる閑職に他ならなかった。イスファーンの信奉者が幅を利かせる軍部において、イスファーン派ではないボルナーは排除されたのである。また他の貴族同様、スーサに屋敷を与えられた上で領地から引き離されていた。ボルナーの人材収集癖は軍事参議官となって間もなく始まったものであり、一種の暇つぶしあるいは現実逃避だと考えられていた。
そのボルナーは今、「人材」の一人を私室に読んでいた。ラーミンという名の中年の男である。ラーミンは竪琴の名手であり、宮廷や他の貴族に招かれることもしばしばあった。そして、ラーミンには世に知られぬ役割もあった。
「ヌーリ殿、ダードベフ殿、サンジャル殿など、大貴族や有力者の中にも、ボルナー様と同じ考えの方々は多いようです」
「ふむ、やはりか」
ラーミンの言葉にボルナーは頷いた。
先ほども述べた通り、高名な音楽家であるラーミンは貴族たちの屋敷に招かれることが多い。それはすなわち怪しまれぬ形で他の貴族と接触できることを意味する。また宮廷に招かれた際には様子を探ることができるし、宴会で酔った高官が漏らす情報を手にすることもできる。言わば、ラーミンはボルナーの伝令であり、密偵であった。
同じような役割を担う者は、ラーミン以外にも数多くいる。音楽家や詩人、画家は堂々と宮廷や貴族の屋敷に出入りでき、忍び込むのが得意な者や気配を消すのが上手い者を使えば機密書類や秘密の情報を手にいれることができる。「人材」たちはボルナーの諜報部隊という性質を有していた。無能が売りの者や鶏の鳴き真似がうまい者はそれを隠すために迎え入れられたという面もある。諜報部隊を有していると警戒されるよりは、妙な趣味だと嘲笑される方が遥かに良いのだ。
ラーミンの報告を一通り聞いた後も10人を越える「人材」に面会した。中には他国に出向いていた者もおり、カリアやパルティアといったハカーマニシュの属国やトゥーラーン三国、東のオドニス諸国や南方のケメス王国、西の聖鍵軍国家の情報を仕入れることができた。
「思った以上に、現状に不満を持つ者は多いようだな」
「はい。磐石に見えたファルザーム・イスファーンの体制も所詮は砂上の楼閣というものですな」
「人材」の一人がボルナーの言葉に頷いた。この「人材」はトゥーラーン連合軍との戦いが終わった後に知恵と思慮深さを評価して迎え入れた者だ。
「所詮奴らは属国の成り上がり共だ。由緒あるハカーマニシュ貴族の底力を見せてくれようではないか」
ボルナーは不敵な笑みを浮かべた。
ハマトの第二王子シャープールは不満だった。
トゥーラーン連合軍との戦いでナスリーン女王を守って戦ったのはハマト王国である。カリアやパルティアなど、後からやってきて美味しいところを掠め取った盗人どもだ。一応、父シャーヤーンはハカーマニシュ王国宰相で兄シャーカームがその代理ということになってはいるが、そんなものは名ばかりだ。実権は全てファルザームとイスファーンに握られている。だが、父や兄はそれを不満には思わぬようだ。それもまた腹立たしい。
「ハマト一国でハカーマニシュ王国軍を相手とするのは、やはり難しいだろうか」
シャープールは背後に控える男に問いかけた。ハカーマニシュの名門貴族に招かれた父に従ってスーサに留学していたハマト人の若者だ。スーサがトゥーラーン連合軍に落とされた時に父が殺されたため、帰国したのだという。彼はしばらく思考した後、シャープールの問いに答えた。
「うまくハカーマニシュ王国軍を砂漠に引き込むことさえできれば、望みはありますな」
「なるほどな。だがその手はトゥーラーンの蛮族との戦いで使ったものだ。何かしらの対策は打ってくるのではないか?」
アレイヴァ兵を主力とする遠征軍が攻め込んで来た時、ハマト王国は首都ラルサを空にし、奥地のハループに立て籠った。間に横たわる砂漠により天然の焦土作戦となり、遠征軍は多大な負担を強いられ、戦闘力が著しく低下した。そこをマシニッサ率いる機動部隊が急襲し、壊滅させたのである。
そのような直近の例がある以上、イスファーンが無策で軍を動かすとは思えない。イスファーンの盟友たるカリアは強力な海軍を有しており、ダルダニア船も含めれば大規模な艦隊を運用できるだろう。この艦隊を以て海路での補給あるいは海上からの攻撃を行うことは容易に考えられる。またラルサを補給基地として遠征を行うことも十分にあり得る。前回のトゥーラーン連合軍とは比べられないほどの兵力を有するハカーマニシュ王国軍だ。それらを行うだけの余裕はあるだろう。
「いいえ、殿下。私が申し上げておりますのは、さらに敵を引き込むということです」
「さらに引き込む?」
「はい。前回は沿岸のハループでした。しかし、次は海からも離れた砂漠の奥地におびき寄せるのです」
「だが、我が軍とて補給は厳しいものとなろう」
「ええ、ですので実際に動くのは機動力のある騎兵部隊のみとします。王族や貴族の方々はこの部隊に加わっていただきます。残る歩兵部隊は解散し、民の中に紛れさせるのです。うまく使えば、これらの兵を用いて後方を撹乱することも可能かもしれません」
「俺も砂漠に入らねばならんのか?」
シャープールは砂漠での労苦を思い、顔をしかめた。
「それが安全かと。むしろ、殿下や殿下に忠実な方こそが砂漠に入るべきなのです。他の方々は残してもいいくらいです」
「それは何故か?」
身を乗り出したシャープールに、若者は声を低めて答えた。
「残れば見せしめとして殺されるかもしれません。ハカーマニシュ王国軍を撃退した後、殿下とその忠臣だけが生き残れば、ハマトは誰のものとなりましょう?」
シャープールは低く唸った。その目はぎらぎらと妖しく輝いていた。




