表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イスファンディヤール戦記  作者: 北の旅人
凋落編
24/55

女王の憂鬱

ナスリーン女王は憂鬱だった。いや、退屈と言った方がいいかもしれない。


宮廷での女王としての毎日は何一つ不自由ないと言ってもよかったが、一つだけ足りないものがある。自由そのものである。


しきたりや格式に縛られる日々。風呂に入るにも、散歩をするにも侍女や衛兵がぞろぞろと付いてくる。昼は貴族たちのくだらない陳情を聞かねばならず、夜は華美なばかりで中身のない宴や舞踏会だ。剣術はもってのほか、馬にさえ乗せてもらえない。


おまけに、最近では厄介な話題が増えた。女王の結婚問題である。


女王、すなわちナスリーンの結婚相手。これは重要な問題だ。ハカーマニシュ王家最後の生き残り、ナスリーンの結婚相手となれば、次代ハカーマニシュ国王の父となる。それどころか、つなぎではあるが本人が国王となることも可能だ。マウソロス王の先例もある。


ハカーマニシュ国王。それは絶大な権力と権威を持つ存在だ。そこらの国王とは訳が違う。大陸西部に君臨し、いくつもの属国を従える巨大王国の統治者にして最高権力者。彼あるいは彼女が一言発すれば、たちまち数十万の軍勢が動き、手に入らぬものなど何もない。山海の珍味を集めて豪勢な宴を開くも、逆らう者を地上から消し去ることも思いのままだ。先年のトゥーラーン連合軍との戦いで一時その力は衰えたが、有能にして忠実な属国の王たちにもり立てられ、今では戦前を凌ぐほどの繁栄を誇るとすら言われている。数々の旨みのあるナスリーン女王の夫の座だが、得るのは容易ではない。


女王の夫とはすなわちハカーマニシュ国王であるため、婿となる者もそれ相応の地位を持たなければならない。また、他の有力者の支持が必要だ。積極的な支持とまでは行かなくても、文句が出ないだけの力や実績が不可欠である。


数百年前のマウソロスは、ハカーマニシュの名門貴族であり、抵抗勢力を糾合してザッハーク軍を打ち破るという実績があった。マウソロスの功績はザッハークを直接殺したイーラジを遥かに超えるものである。言うなれば、イーラジは一兵卒としての武功を立て、マウソロスは大将軍としての功をあげたのだ。一度滅び疲弊したハカーマニシュ王国を立て直すことのできる人材は彼しかおらず、最良の人事であると言えた。


現在においてはどうか。ハカーマニシュ貴族の中では、ボルナー、ダードベフ、メフラングらが候補となるだろう。いずれも由緒ある名門の家柄であり、トゥーラーン連合軍との戦いでは一族が壊滅するほどの被害を受け自身も命の危険にさらされながらもハカーマニシュ王国に忠節を尽くし、戦い抜いた。特にメフラングはイスファーンの信任を受け、ナスリーン治世でも軍務大臣ヌーリの軍監という要職に就いている。だが、他の有力者の支持を得られるほどの大功を上げたかといえば、疑問が残るところではあった。


他に適当な者はいるのか。いる。昔、いや数年前ならば候補にすら上がらなかったであろうが、今の状況であれば一番の候補者と言ってもいい男がいる。


ハカーマニシュ王国軍総司令イスファンディヤールその人である。


イスファーンは同時にパルティア国王イスファンディヤール3世だ。一国を背景に持つ彼の武力及びそれに付随する発言力は当然ハカーマニシュ貴族たちよりも大きい。パルティア軍に加え、ハカーマニシュ王国軍30万も掌握しているために保有する軍事力は圧倒的だ。また、トゥーラーン連合軍との一連の戦いでは陣頭に立って戦い、国土回復に多大な功があった。加えて彼は戦後の論功行賞により領地を与えられたためにハカーマニシュ貴族でもある。この点でも、批判の余地はなかった。


救国の英雄にして大国の総司令かつ一国の王。さらに若く精悍な美男子。当然、宮廷の貴族令嬢たちが放っておくわけがない。舞踏会でも宴でも、彼の行く先々には宮廷の花々が咲き誇った。


そんな「優良物件」であるイスファーンではあるが、ナスリーンはそれほど魅力を感じなかった。たしかに勇敢な戦士であり、有能な指揮官でもある。背も高く、容姿にも優れている。騎馬民族を祖とするパルティア人にしては礼儀作法が身についており、教養も高い。非の打ち所のない青年王ではある。だが、それだけだ。


(あの人に比べたら…)


真っ黒に焼けた肌に、黒く澄んだ瞳。髪を風に靡かせ、颯爽と馬や駱駝を駆る。貴族の家に生まれながら騎馬民族と親しく交わり、族長に気に入られその婿となった変わり者。誰に対してもくだけた口調で話し、無礼で粗野にも見えるが芯には優しさを秘めた男。


「砂漠の風…」


砂漠の風ことハマト王国の将軍マシニッサと共に過ごした時間は、実はそれほど長いものではない。ラルサでの滞在は短く、ハループに避難してからはマシニッサは陣頭で指揮を取っていた。だが、その短い時間で彼がナスリーンに与えた印象は強烈なものだった。彼こそが男の中の男。マシニッサの前ではイスファーンなど霞んでしまう。彼ならば、自分をこの退屈から救ってくれる。半ば信仰に近く、ナスリーンはそう思っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ