軍師(2)
狩り。王侯貴族にとってそれは娯楽であるとともに、武術の鍛練でもある。ほとんどの国の王は専用の狩場を持ち、馬術や弓術に磨きをかけている。ここエリマイスでも、それは例外ではなかった。
カユーマルスは一頭の鹿を追っていた。選りすぐりの駿馬に乗るカユーマルスは家臣たちを引き離し、駆けた。カユーマルスは馬が好きだった。馬に乗っていると日頃の憂鬱な気分が紛れ、心地よかった。鹿の斜め横に追いついた。弓に矢をつがえ、引き絞る。十分に狙いをつけ、矢を放つ。矢は吸い込まれるように鹿の首に突き刺さった。甲高い悲鳴を上げ、鹿が倒れた。
「よし!一矢で仕留めたぞ!」
見事な角を持った雄鹿だった。雄は雌に比べ肉が硬いが、これだけ大きな鹿だ。煮込めば宴の主菜となるだろう。
「いやお見事!」
不意に聞こえた声にカユーマルスは振り向いた。家臣たちはまだ追いついていない。そこにいたのは見知らぬ男だった。
奇妙な男だった。そして醜かった。頭は禿げ上がり、顔は痘痕で覆われ、片目は潰れているのか眼帯をしていた。気味の悪い笑みを浮かべる口からは不揃いな歯並びが覗き、鼻はつぶれた様な形だ。背は異常に低く、腰が曲がっているためにさらに小さく見えた。手足は短く、曲がった腰を支えるためか杖を握りしめていた。
「誰だ貴様は!」
カユーマルスは男に矢を向けた。
「おっとっと。物騒なことしないでくださいよ。落ち着いてください」
おどけた様に男が言う。
「いいから名乗れ!何故こんなところに貴様のような奴がいる!」
ここはエリマイス王家の狩場だ。庶民の出入りは禁止されており、貴族でさえも王の許可なしには入れない。その狩場に、こんな妙な男がいるはずはなかった。
「本名はアルザングと言いますがね。まあ、『今グスタハム』とでも覚えてくださいよ」
「何を馬鹿な」
グスタハムとは、伝説的なハカーマニシュ国王フェリドゥーン大王の部下だった男だ。政戦両略に優れたフェリドゥーン大王を陰で支えた名軍師として知られている。確かにグスタハムも容姿は醜かったとされるが、アルザングとの共通点などそれだけだろう。
「『今グスタハム』と言ったって、何もみてくれだけじゃありませんよ。頭脳の方も『今グスタハム』です」
アルザングはにやりと笑った。
「国王陛下、私ならあんたにもう一度夢を見せてやれる。いや、夢なんかじゃない。今度こそ現実になるんです」
「何?」
「おっと、家来の皆さんが来たようですね。それでは私はお暇しましょう。またお会いできるといいですね」
「おいこら、待て!」
だが背の低いアルザングは草むらに紛れて消えてしまった。
「陛下!おお!これは見事な鹿ですな」
「さすがは陛下!」
ようやく追いついた家臣たちの賞賛の声はだが、カユーマルスの耳には届いていなかった。




