(3)
「どこぞのネズミが館に侵入したと報告があったが、まさかこんな子供とは」
声がする扉の方を見遣れば、身なりがいい小太りの男が立っていた。
にたにたと笑った顔がどうにも品がない。
途端にオシリスの持つ杖が震える。
やはりというか、今回の獲物はこの男のようだ。
どうしてこう悪事を働く人間の魂というのは、鼻持ちならない程の腐った匂いがするのだろうかとうんざりする。
「大事なセイレーンまで檻から出すなんて、少々悪戯が過ぎますよ」
男から視線を送られすっかり身を縮めたセイレーンを、オシリスは庇うように自分の背後に押しやる。
背中越しに彼女が震えているのを感じた。
「あんたがこの屋敷の主のゲールさん?」
「そうですよ」
「このセイレーンをあの鳥かごに閉じ込めてたのもあんた?」
「ええ、そうです。美しい鳥とはいえ、鳥は鳥かごで飼う。そういうものでしょう?」
「うっわぁ……変態だな」
「子供には分からない趣味ですね」
「あっそう」
完全に見下したような視線が癪に障る。
見た目こそ少年のオシリスと、まだ幼さばかりが目立つセイレーンの2人では、この窮地を逃げ出すことなんて不可能だと思っているのだろう。
上機嫌に笑うゲールがそれを示している。
オシリスの、彼の相棒の杖に見つかる人間はいつだってこうだ。
自分がいつでも一番強いと、無駄な自信を持っている。
なにも知らないということは哀れだ。
けれどそれゆえこれから自分がどんな目に遭うのか知らないだろう点では、ある意味で幸せなのかもしれない。
「大人しくそのセイレーンを離して捕まるのならば、命だけは助けてあげましょう」
「嫌だと言ったら?」
「それはもちろん……」
ゲールは指を鳴らす。
まもなくがたいのいい男たちが、束になって部屋に駆けこんできた。
その素早さから最初から待機していたんだろう。
誰も彼も重装備に身を固め、腰に剣をぶら下げているあたり、傭兵の成り下がりと察するのは簡単だった。
ざっと20人はいるだろうか。
うち5人はゲールの盾になるように彼の前に立ち塞がり、他は部屋の中心にいるオシリスとセイレーンを囲うようにバラけている。
どいつもこいつも卑賤な笑みを浮かべている姿は、まったく主と似ている。
イヌは飼い主に似るだなんて、よくいったものじゃないか。
「僕を殺すの?」
「大人しくしていたら、殺したりはしませんよ。この辺りでは珍しい肌ですし、あなたは高く売れるでしょう」
「人買いに売るの?」
「殺されるよりはマシだと思いますよ」
どっちも似たようなものじゃないかと、オシリスは鼻で笑う。
後ろを振り返ってセイレーンを見れば、脅えた瞳と目が合った。
元々大人しい気性なのだろう、こういった場面にはとことん弱いらしい。
オシリスは羽織っていた黒いマントをセイレーンにかけてやる。
フードもしっかり被せて、その上から軽く頭を撫でてやった。
「キミはちょっと隅に下がってなさい。これから騒がしくなるから、目と耳をしっかり塞いでおくんだよ」
「………」
「大丈夫だって。僕は死にやしないよ、そんなに柔弱でもないし」
ほら行った行ったと、背中を押してやれば彼女はようやく下がり始める。
けれどまだ不安そうにこちらに視線を寄こしてくるから、にんまりと笑ってやった。
「……さて、と。ゲールさん、僕の答えは分かってくれた?」
「大人しくするつもりはない、ってことでしょう?」
「もちろん」
「でしたら覚悟を決めてくださいね。本来なら売り物に、出来るだけ傷つけたくないんですけどねえ…」
「はいはい、わかったわかった。………んじゃさっそく、どうぞ?」
オシリスの返答と同時に、傭兵たちが一斉に腰の剣を抜く。
向けられているたくさんの刃先が、天窓から入る月光に反射して銀色に輝く。
間合いを計るかのように、彼らはじりじりとこちらに歩み寄ってくる。
一瞬その動きが止まったと思えば、傭兵たちが怒涛の勢いで走り込んできた。
突き立てるように剣を構えているあたり、殺す気満々じゃないかと笑う。
出来るならば必要ない犠牲はなしにしたかったけれど、ここまで殺気を隠そうともしない連中を無傷で、というのも無理そうだ。
オシリスの緑色の瞳が、鮮やかに輝く。
瞳そのものが発光しているようで、まるで暗闇の中にいる夜行性の猛獣だ。
明らかに人あらざるその雰囲気は、異様としかいえまい。
「痛い目みたって知らないよ」
持った杖を、力をいれて握り直す。
途端に杖の先端についた大きな黒曜石の内側が、炎がついたように揺らめき出す。
杖を掲げて地面に軽く突き立てれば、オシリスに剣を向けてきた傭兵たちの足元に円形の陣が浮かび上がった。
オシリスの瞳のような緑色の陣は静かに明滅し、それに呼応するかのように、彼の肌にも陣に描かれている文字が浮かび上がる。
異様な光景と、その術者。
一瞬傭兵たちがその様子に立ち怯んだが、まもなくなんの害もないはったりだと判断したのだろう。
再び剣を握り直して、彼らが一斉に襲いかかってきた。
何十人も向かってきたというのに、オシリスは顔色一つ変えることはない。
それどころか呆れたように溜息をついただけだった。
「あのまま逃げ出したら、見逃してやったんだけどなあ。………残念」
オシリスの瞳が険呑に歪められられる。
瞳から発せられる光が一層妖しく強くなったと思った瞬間、傭兵たちの足元に浮かび上がった陣が強烈な光を発した。
否応なく光を浴びた傭兵たちは、オシリスに辿り着く前に地面に転がった。
持っていた剣を放り出し、傭兵たち全員がはいつくばってのたうち回る。
苦しいとでもいいたいのか、喉を掻きむしってはうめき声を上げている。
やがて傭兵たちの体から、淀み濁ったような炎がゆらりと立ち上がった。
その揺らぐ炎がまるで意思を持ったように、オシリスに吸い寄せられていく。
それに伴い、傭兵たちを包む炎の勢いが見る間に衰えていく。
やがて静かに消えてしまえば、響いていたうめき声も消え、誰一人と動かなくなった。
「だから痛い目みるって、いったんだよ」
オシリスは笑った。




