第2話 助けた少女は、どうやら普通の人間ではないらしい
勇者パーティーを追放されたレオンは、謎の少女を助けたことで【保存】スキルの真の力に目覚める。
しかし、その力には千年前から続く大きな秘密が隠されていた。
少女の正体、そして新たな敵の出現によって、レオンの運命が動き始める第2話です。
雨が降り続く薄暗い路地裏で、俺は腕の中に抱えた銀髪の少女を見下ろしながら、つい先ほど自分の身に起こった信じがたい出来事を、どうにか頭の中で整理しようとしていた。
勇者パーティーを追放され、これからどうやって生きていけばいいのかさえ分からなくなっていた俺が、偶然見つけた瀕死の少女を助けようとしたことで、今まで一度もまともに使えなかった固有スキル【保存】を発動させ、その傷を取り除くことに成功したばかりか、保存した傷を別の人間に再現するという、どう考えても普通ではない能力まで使ってしまったのだ。
「……保存者、か」
少女が意識を失う直前につぶやいた言葉を、俺は小さく繰り返した。
千年前に世界から消えたはずの存在。
それが何を意味するのか、今の俺にはまったく分からなかったが、少なくともこの少女は、俺の能力について何か重要なことを知っているらしい。
しかし、その疑問について考えている余裕はなかった。
「……貴様、いったい何者だ?」
目の前に立つ黒鎧の男が、震える声でそう問いかけてきたからだ。
先ほど俺が【保存】の力で倒した男は石畳の上に横たわっており、胸元から血を流しながら苦しそうに呼吸を繰り返していたが、残された二人の男たちは仲間を助けようともせず、まるで正体の分からない化け物でも見るかのような目で俺を見つめていた。
「何者って言われても……ただの冒険者だよ」
俺はできるだけ落ち着いた声で答えたが、自分の言葉がどれほど説得力のないものなのかは、十分に理解していた。
何しろ、ついさっきまで俺自身も、自分の能力について何も知らなかったのだから。
「ふざけるな! ただの冒険者が、剣も魔法も使わずに人間を傷つけられるわけがないだろう!」
背の高い男が怒鳴りながら剣を構えると、隣にいたもう一人の男も慌てて武器を抜き、俺を逃がさないように左右へ広がり始めた。
二人とも明らかに戦い慣れており、その足運びや剣の構え方を見ただけでも、俺のような荷物持ち同然の冒険者とは経験の差があることが分かった。
俺は少女を慎重に石畳へ寝かせると、その前に立って腰の短剣を抜いたが、刃渡りの短い安物の武器では、相手の長剣をまともに受け止めることすら難しいだろう。
それでも、ここで逃げるわけにはいかなかった。
ようやく救うことができた命を、再びこの男たちに奪わせるわけにはいかない。
「……その子を諦めてくれないか?」
俺がそう言うと、男たちは一瞬だけ顔を見合わせ、次の瞬間には馬鹿にしたような笑い声を上げた。
「何を言い出すかと思えば、命乞いか? 残念だったな。お前は我々の顔を見たうえに、仲間まで傷つけたんだ。今さら生かして帰すわけにはいかない」
「……そうか」
俺は小さく息を吐きながら、自分の右手に意識を集中させた。
先ほどの戦いで、保存した致命傷はすでに使ってしまっているため、今の俺には相手を攻撃する手段がほとんど残されていない。
だが、もし【保存】が傷だけでなく、ほかのものにも使えるのだとしたら。
「……試してみるしかないな」
そうつぶやいた瞬間、背の高い男が地面を蹴った。
「死ねえっ!」
男の長剣が雨粒を切り裂きながら振り下ろされ、その鋭い刃が俺の肩へ迫ったとき、視界の中央に青白い文字が浮かび上がった。
【対象の動作を検知しました】
【対象:鉄剣による斬撃】
【保存可能】
「……やっぱり!」
俺は反射的に右手を突き出した。
「保存!」
次の瞬間、男の剣を包み込むように淡い青色の光が広がり、俺の身体へ向かっていた斬撃の勢いだけが、まるで最初から存在しなかったかのように消え失せた。
剣そのものが消えたわけではなく、男の腕も動き続けていたのだが、振り下ろされた刃は俺の肩に触れたところで力を失い、軽く押し当てられただけのような状態になっていた。
「なっ……!?」
男が驚愕の声を上げる。
【鉄剣の斬撃を保存しました】
【保存領域:1/3】
俺はその表示を確認すると、相手が体勢を立て直すよりも早く右手を向け、今度はできるだけ男の武器だけを狙うように意識を集中させた。
「再現!」
すると、俺の手のひらから透明な刃のようなものが放たれ、男の握っていた長剣に激突すると同時に、耳をつんざくような金属音を響かせながら、その武器を勢いよく弾き飛ばした。
「ぐあっ!」
男は衝撃で後ろによろめき、濡れた石畳に足を滑らせて尻もちをついた。
その光景を見たもう一人の男は、明らかに動揺した様子で剣を構え直したが、先ほどまでの余裕は完全に失われていた。
「ば、馬鹿な……魔法の詠唱もなしに、どうしてそんなことができる……?」
「……俺にも、まだよく分からないんだ」
そう答えながらも、俺は自分の中で一つの確信が生まれつつあることを感じていた。
【保存】は、単純に物を記録する能力ではない。
対象が持つ状態や現象そのものを取り出し、必要なときに別の場所へ再現できる能力なのだ。
もしこの考えが正しいのなら、剣による斬撃だけでなく、魔法による攻撃や、あるいはもっと別のものさえ保存できるのかもしれない。
だが、その可能性について考えるよりも先に、男が突然大声を上げた。
「撤退だ! こんな化け物、相手にしていられるか!」
「ま、待て!」
俺が呼び止めるよりも早く、男たちは倒れた仲間を抱え起こし、何度もこちらを振り返りながら路地の向こうへ逃げていった。
その姿が雨の向こうに消えるまで見送ってから、俺はようやく短剣を鞘へ戻し、全身から力が抜けるような感覚に襲われて、その場にしゃがみ込んだ。
「……助かった」
自分でも情けないと思うほど、声が震えていた。
戦いに勝ったという実感よりも、何とか生き延びることができたという安堵のほうが、はるかに大きかったのだ。
「……あなた、大丈夫?」
背後から聞こえてきた小さな声に振り返ると、先ほどまで意識を失っていた少女が、濡れた壁に背中を預けながらゆっくりと身体を起こしていた。
「おい、無理するな! 傷は消えたけど、まだ身体が弱っているかもしれないんだから」
俺が慌てて駆け寄ると、少女は不思議そうに自分の胸元へ手を当て、そこにあるはずの傷が完全に消えていることを確かめながら、信じられないといった表情を浮かべた。
「……本当に、傷がない」
「ああ。俺も驚いてるけど、どうやら助かったみたいだ」
「あなたが……治してくれたの?」
「そうだと思う。俺のスキルで傷を保存したら、なぜか傷そのものが消えたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、少女の表情が変わった。
「……保存?」
「ああ。【保存】っていう固有スキルなんだけど、知ってるのか?」
少女はすぐには答えず、俺の顔をじっと見つめていたが、やがて何かを決心したかのように口を開いた。
「……あなた、名前は?」
「レオン。レオン・アッシュだ」
「レオン……」
少女はその名前を確かめるように繰り返すと、少しだけ安心したような笑みを浮かべた。
「私はエリシア。助けてくれて、本当にありがとう」
「気にするなよ。目の前で倒れている人を見捨てるわけにはいかないだろ」
俺がそう答えると、エリシアは驚いたように目を見開き、それから少し悲しそうに微笑んだ。
「……あなたみたいな人、久しぶりに会ったわ」
その言葉には、単なる感謝だけではない何かが含まれているように感じられたが、初めて会ったばかりの相手に事情を尋ねるのも失礼だと思い、俺はそれ以上深く聞かなかった。
それよりも、今は一刻も早くこの場所から離れる必要がある。
先ほどの男たちが仲間を連れて戻ってくる可能性もあるし、雨に濡れたままでは、せっかく助かったエリシアの身体にもよくないだろう。
「とりあえず、どこか安全な場所へ移動しよう。俺もこの街に詳しいわけじゃないけど、宿屋くらいなら探せると思う」
そう言って立ち上がろうとしたとき、エリシアが突然俺の腕をつかんだ。
「待って、レオン」
「どうした?」
「……あなた、本当に【保存】というスキルを持っているのね?」
「ああ、そうだけど」
エリシアは周囲に誰もいないことを確かめるように視線を動かすと、声を落として言った。
「その力のこと、絶対にほかの人には話さないで」
「……どうして?」
「あなたが思っている以上に、その能力は危険なの。もし王国の上層部や魔導研究所に知られたら、あなたは自由に生きることさえできなくなるかもしれない」
俺は思わず眉をひそめた。
「そんな大げさな……ただのスキルだぞ?」
「ただのスキルなんかじゃないわ!」
エリシアが珍しく強い口調で言ったため、俺は驚いて口を閉じた。
彼女は自分の声が大きくなってしまったことに気づくと、申し訳なさそうに視線を落とし、少し間を置いてから静かに話し始めた。
「……昔、王宮の書庫で古い記録を読んだことがあるの。千年前、この世界には『保存者』と呼ばれる特別な存在がいて、魔法や時間、さらには命に関わる現象さえ操ることができたと書かれていたわ」
「魔法や時間まで……?」
「ええ。でも、その記録は途中から不自然に途切れていて、保存者が最後にどうなったのかは、どの歴史書にも残されていなかった」
俺は自分の右手を見つめた。
傷を保存できた。
斬撃も保存できた。
だとしたら、彼女の言うことも、まったくの作り話とは言い切れないのかもしれない。
「……でも、どうしてそんなことを知ってるんだ? 王宮の書庫なんて、普通の人間が入れる場所じゃないだろ」
何気なく尋ねたつもりだったが、その瞬間、エリシアの表情がわずかにこわばった。
「そ、それは……昔、ちょっとした事情があって……」
明らかに何かを隠している。
俺はそう感じたものの、彼女が話したくないのであれば無理に聞き出す必要もないと思い、ひとまずその話題を終わらせることにした。
ところが、俺が立ち上がってエリシアへ手を差し伸べた、そのときだった。
突然、街の中心部から大きな鐘の音が響き渡った。
一度、二度、三度。
それは普段の時刻を知らせる鐘とは明らかに違う、街全体へ危険を知らせるための警鐘だった。
「……何だ?」
俺が顔を上げると、遠くの大通りから人々の悲鳴が聞こえ始め、続いて建物の窓が震えるほどの低い轟音が、雨雲に覆われた空から響いてきた。
そして次の瞬間、空を覆っていた灰色の雲が赤黒く染まり、街の真上に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「……嘘だろ」
俺は思わず息をのんだ。
あれほど大きな魔法陣は、勇者パーティーと一緒に旅をしていたときでさえ、一度も見たことがなかった。
魔法陣の中心から黒い影がゆっくりと姿を現し、やがてその輪郭がはっきりしてくるにつれて、俺はそれが人間ではないことに気づいた。
巨大な翼。
鋭く曲がった爪。
全身を覆う漆黒の鱗。
そして、頭部から伸びる二本の角。
その姿は、かつて冒険者ギルドの図鑑で見た上位魔族の特徴と、驚くほどよく似ていた。
「……あれは、何なんだ……?」
俺がつぶやくと、隣にいたエリシアが小さく震え始めた。
「……そんな……もう、見つかったの……?」
「エリシア?」
俺が彼女の顔をのぞき込むと、エリシアは青ざめた表情で空を見つめたまま、まるで最悪の事態が現実になってしまったかのように唇をかみしめていた。
やがて巨大な魔物は翼を広げ、街の建物を揺らすほどの風を巻き起こしながら、俺たちのいる路地の近くへ降り立った。
石畳が砕け、周囲の建物から悲鳴が上がる。
俺はエリシアをかばうように前へ出たが、目の前の魔物が放つ圧倒的な威圧感に、思わず足がすくんでしまった。
こんな相手に、俺が勝てるはずがない。
そう思った瞬間、魔物がゆっくりと口を開いた。
「……ようやく見つけたぞ」
その声は、人間のものとは思えないほど低く、まるで地面そのものが震えているかのようだった。
「エリシア・フォン・アルカディア」
俺は、その名前を聞いた瞬間、思わず隣の少女を振り返った。
アルカディア。
それは、この国を治める王家の名前だった。
「……おい、エリシア」
「……何?」
「お前、まさか……」
エリシアは困ったような笑みを浮かべると、少しだけ申し訳なさそうに視線を落とした。
「……ごめんなさい。言うタイミングがなくて」
俺は頭を抱えたくなった。
勇者パーティーを追放されたその日に、偶然助けた少女が王族だったなんて、いったい誰が想像できるだろうか。
しかし、俺がその事実を受け止めるよりも早く、巨大な魔物は再び口を開いた。
「アルカディア王国第一王女、エリシア。貴様をここで始末するよう命じられている」
その言葉に、エリシアの身体がびくりと震えた。
俺は彼女を背中にかばいながら、ゆっくりと右手を握りしめた。
相手は上位魔族。
今の俺では、まともに戦えば一瞬で殺されるだろう。
それでも、ここで逃げるわけにはいかなかった。
なぜなら、俺はもう二度と、目の前で助けを求めている誰かを見捨てたくなかったからだ。
「……エリシア」
「な、何?」
「俺の後ろから離れるなよ」
そう告げた瞬間、視界の中央に、これまで見たことのない赤い文字が浮かび上がった。
【高密度魔力反応を検知】
【対象:上位魔族の火炎魔法】
【保存可能】
【警告:現在の保存容量では完全保存できません】
俺はその表示を見つめながら、ゆっくりと息を吸い込んだ。
どうやら俺の能力は、まだまだ分からないことだらけらしい。
そして、目の前の魔物が巨大な口を開き、その奥に燃え盛る赤い炎を集め始めたとき、俺は自分の運命が再び大きく変わろうとしていることを、嫌というほど実感していた。
第2話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに明らかになったエリシアの正体。そして、レオンの前に現れた圧倒的な力を持つ上位魔族。
次回、第3話「最弱スキルで、空飛ぶ魔物を倒してしまった」では、レオンが【保存】の新たな可能性に挑みます!
続きが気になった方は、ぜひブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!
次回もよろしくお願いします!




