第6話 おやつは二包み
「その包みは、私の口の大きさで足りるでしょうか」
王子様は、竜舎の屋根の下に二つの包みを置いた。
片方は深い籠、片方は小さな布包み。籠に入った杏子は青みが残り、布の方には薄く切った干し杏子が入っている。量で比べれば、籠の方がずっと多い。
今の私は、人間の口だ。
でも呼ばれたのは、初めて空を飛んだお祝いだという。皮を着てから食べた方がよいのか、それとも人間で食べて変身後の栄養にするのか。
そんな難しいことを考えていると、殿下は小さな方だけ私へ寄せた。
「そっちはモロ。こっちはニカ。二頭ぶんのお礼をしようとしているなら、僕の準備はちょっと違う」
「二頭ぶんだと、お礼も二回になるでしょうか」
「なるね。でも今日、僕は人間の君を呼んだ」
立ちかけていた腰を、椅子へ戻した。
皮は部屋の窓の外。十時十分で干す時間は終わっているが、使う用事はない。ないなら、ここへ置いてもよい。自分の手を膝に置くと、指先を広げても、皿の縁までしか届かなかった。
竜の時の爪が、もう恋しい。
殿下は長い柄の皿を持ち上げ、籠の杏子をいくつか乗せた。
モロの鼻先へ差し出す。
大きな口が開き、皿が空になった。
あっという間。お父様が忙しい日に食べる昼食も早いが、皿は残る。モロの場合、殿下が柄を引くのが遅ければ皿までなくなりそうだ。
彼は上手に引いた。
皮を貸してくれた竜は、大きな頭を石段へ乗せた。
先ほどより目が近い。
布包みへ指を入れ、干し杏子をつまんで、モロの方へ持っていきかけた。すると殿下が自分の皿を寄せる。
「それ、そっちへやると嫌な顔をするよ」
「杏子なのに、でしょうか」
「甘いから。モロは酸っぱい方が好き。酸っぱい顔をするけど、気に入ってるんだ」
試しに青みの残る杏子を長い皿へ乗せてもらう。
モロがそれを噛むと、まぶたがきゅっと閉じた。鼻の上に皺が寄る。
たいへん酸っぱそうだ。
しかしすぐに鼻先を出し、もう一つを求める。
私なら、もう一つは要らないと思う顔なのに。
殿下がこちらを見る。
「同じ姿になっても、その顔にはならない?」
「まだ竜の時に食べたことがありません。でも私には、甘い方を残していただきたいです」
「分かった。大きくなってもニカの包みは甘い方。今日はこの大きさ」
薄片を日にかざすと、向こうの殿下の袖が透けた。皺の深い端だけが、濃い橙色をしている。端から齧る。
種を取って平たくしたもの。これなら爪ではなく指で、一つずつ掴める。口へ入れると、朝の生の杏子より甘みが濃い。
噛んでいる間は、返事が遅くなる。
殿下は待つ。その間にモロへ皿を出し、空になったら戻し、自分も小さな干し杏子をつまんだ。
私の方へ、急いで次の用事を渡してこない。
椅子の下には、白墨の欠片があった。
今朝使った残りだろう。
拾おうと手を伸ばすと、椅子の脚の向こうに杏子の種もある。石段の隙間へ挟まっていた。それを指で出し、白墨と一緒に机へ乗せる。
殿下が、種を見る。
「それ、モロがいつも吐くところ。そこに隠してるつもりらしい」
「見えていますが」
「僕らの目線にはね。あの大きさだと見えないのかもしれない」
昨日まで私が座るところだった石段は、モロの口の下にある。
竜はいつも同じところを見ているわけでもない。
種を皿の端へ寄せた。掃除の用事なら、いくらでもありそうだ。誰も頼まなくてもできるものが、手を空けて待っている。
私の手が、もう一つの種へ行く。
殿下の手も、同じ種へ来た。
爪ならとてもぶつけたくない距離。人間の指は、触れたところだけ小さく温かい。
二人とも引く。
種だけ、石の隙間に残った。
「じゃあ、次は僕が拾う番。君は食べて」
「先に拾うつもりでは」
「うん。僕も、そのつもりで手を出したんだ。二人で一粒の種を拾うと、ちょっと混むね」
彼が種を取るのを見て、私は杏子をもう一つつまんだ。
手が空くと、何かを探す。
何かの方から、いつも見つかる。
今日はその前に、甘いものを指へ乗せた。
殿下は机へ籠を置き、モロを待たせた。
食べ終えた大きな鼻が、布包みへ近づいてくる。匂いを嗅ぎ、すぐ離れた。甘いのは嫌いなのだ。鼻を引いた拍子に籠が傾き、杏子が一つ、石段へ落ちる。
私は取ろうとして、自分の椅子を先に寄せた。
目の前へ大きな鼻が来る。
モロに取らせればよい。
そう思ったのに、鼻先は石段に少し届かず、もう一度机を押してしまう。机の端の布包みが、私の膝へ落ちた。
干し杏子が、裾へ散る。
朝の飛行より、この席の方が私の手は忙しい。
「あの。こちらに置くと、モロの鼻が届きません」
「そうだね。君の膝にはよく届いてるけど」
彼が椅子を動かし、机を少し外へ向けた。
私は落ちた布を広げ、杏子を元へ戻す。先ほどまで土を押さえていた掌なら、この机ごとモロの鼻先へ寄せられた。でも人間の手で動かすと、包みを落としたくない角度がよく分かる。
机の上にも、降りる場所が必要らしい。
モロはやっと石段の杏子を舌で掬い、今度は腹を日陰へ移した。
大きな尾が、少しだけ私たちの椅子を避ける。
私はその動きを見て、口に入れかけた干し杏子を止めた。
皮の持ち主は、とても上手だ。
朝の私の尾は、ああは動かなかった。
竜舎の向こうから、キリさんが細い板を運んできた。
皮を干すための横板だという。明日、場所を広げる相談があるらしい。食べかけの包みを机へ戻し、椅子から立った。
「その端を、持ちます」
「今は食べているんだろう。終わってから来い」
手が止まった。
殿下も何か言いかけて、キリさんの顔を見てから、自分の皿を取り上げた。
「副長の用事は、おやつより急ぎ?」
「私が運べる板です。二人増えると道が塞がる」
私たちの椅子の間を、彼女は一人で通った。
狭いところへ手を入れようとしていたのは、私の方らしい。
座り直す。
役に立つつもりで立つのは簡単だ。お茶の途中で座り直す時には、足が少し迷った。どこへ落ち着けばよいか探す前に、殿下が私の椅子の脚を指した。
「その辺り、昨日の土みたいに沈むところはないよ」
私は彼の皿と自分の皿を見て、手を膝へ戻した。
今度は、何も探さずに。
二つ目の包みが半分ほど空いた頃、殿下は私に尋ねた。
「明日も、ここに来る?」
「飛行のお礼は、毎日ではなくてもよいと思います」
「お礼の日じゃない方の話。僕はここで食べるから、君の椅子も置いておいていいかな」
今度は、答えが少し遅れた。
口の中の杏子は、もうなくなっている。
明日、私はどれくらい歩けて、どれくらい飛べるだろう。柵をまた折ったらどうしよう。天気が悪くて、一回も飛べない日だったら。
殿下は新しい杏子をつままず、自分の椅子の脚を軽く鳴らした。
その椅子は、彼が何もしていなくてもここにある。
「飛ばない日も、来てよいのですか」
「僕なんか、一度も飛んでないよ」
声を出して笑ってしまった。
彼はそれを見て、空いていた私の皿へもう一つ乗せる。
「じゃあ、明日も二包み。甘い方は、君の名前にしておく」
「人間の方の私の名前で、お願いします」
「どちらの方も、同じだね」
十二時の鐘を待っていると、誰かが石段を上がってきた。
足音は二人ぶん。
女王陛下と、茶器を持った侍女だった。
椅子を引きかけた。
陛下の手が、先に私の椅子の背へ乗る。
「そのまま。あなたたちの椅子を取るつもりはありません」
彼女が見たのは、半分になった干し杏子の包み。
殿下は机の下の籠をそっと蹴り、隠そうとして失敗した。モロが籠の匂いへ鼻を動かしたからだ。
「トビア。私の分は」
「母上は、酸っぱい方がお好きだったかな」
「あなたの分を先に減らしても、構いませんよ」
殿下が自分の皿を差し出した。
侍女の置いた椅子に陛下が座り、干し杏子をつまむ。モロの大きな鼻がその横から伸び、甘い包みと知ってまた引っこんだ。
陛下は鼻の動きを見て、私へ視線を移した。
「明日の朝、ここで場所の話をしましょう。屋根を使っている人にも来てもらいます。あなたの借りる皮にも、干す場所が必要ですから」
皮だけなら、私の部屋の窓の外にも置ける。
でも今は、椅子が三つ並んでいる。
私は残っていた干し杏子を、三枚に分けた。




