第34話 鍵を返す手
一番上の棚が、空いていた。
外には皮を持つ人が四人。その後ろで、十二時二十五分に干し終えた新しい皮を抱え直す。
先頭は、先日も待っていた女性だった。
飛行をやめたら乗せる約束をした妹が残念がる、と話している。今日は妹を一人だけ乗せるための練習に来たのだという。
セルヴォ隊長は、点検する机から離れられない。
一人の皮を伸ばす間、次の人は戸を開けてもらえない。最上段が空いていても、鍵は彼の腰へある。
キリさんが列を見て、机をもう一つ運んだ。
隊長が顔を上げる。
「勝手に始めるな。空へ出す責任は、私が持つ」
「乾燥する場所と、点検する順が、同じ列になっている。干すだけの者から先に入れる」
彼女の手には、鍵がない。
戸の前で、列の女性がまだ立っていた。
女王陛下は、待っている人の方から来た。
誰が何のために並んでいるか、先に聞いたらしい。私の腕の皮を見ると、飛ぶ練習だと確かめてから、隊長へ向く。
「ここを使うために、空へ出たい全員がセルヴォを待つのね」
「見落としを出さないためです」
「それなら、あなたが一人ずつ見ている間、次の皮を干す人は誰が見るの」
隊長は戸へ手を伸ばす。
陛下はその手を止めず、自分も戸の中へ入った。
空いた上段の札には、王族用とある。
殿下は今ここで皮を借りていない。祭の最初に飛ぶ王太子殿下の皮も、別の場所で既に点検を済ませたという。
陛下がその札を外した。
「空いている時間は、空いていると伝えなさい。王族の名があるだけで、皮は乾きません」
先頭の女性が、抱えていた皮を少し下ろす。
でも、点検を誰でもしてよいわけではない。
キリさんは女性に許可をもらい、机へ皮を広げた。
乾いている部分と湿りが残る部分を見せ、翼の根を表から、次に裏から確かめる。変身した後の動きを短く見る時刻も、その人と決めた。
女性は、妹にまだ待ってもらう、と答える。
濡れた翼で飛ぶことを、急いだからと通したりはしない。
私の番では、新しい皮の左の根が机へ来た。
キリさんは旧皮の点検の紙を、その隣へ置く。
前の線がどう見え、曲げた後どう裂けたか。同じ場所の新しい厚みが、指の下で曲がって戻る。
隊長も、反対側からそこへ手を入れた。
二人が違う点を見ていたら、私はどちらにも見せ直すつもりで待った。
今回は、乾いていることと裂けがないことの判断がそろう。
私が皮の端を持つ間、列の女性の妹が戸へ顔を出した。
姉より背が低く、まだ私の銀かんへ手が届くくらいの年齢だ。新しい皮の色を見て、恐る恐るそばへ来る。
「これは、これから飛ぶの?」
「重さの練習です。人はまだ乗せません」
女の子は残念そうに眉を下げ、すぐ姉の方へ戻った。
自分は姉の背へ乗るのだと、得意そうに教えてくれる。姉の方は、今日は乾いてから足元で座るだけだと言い直した。
妹が文句を言っても、皮は急に乾かない。
殿下がそのやりとりを見て、僕も今日は足元だと笑う。
女の子は殿下を見上げ、王子様も待つの、と尋ねた。
「待つよ。僕は昨日も、待っている間に蜜を食べた。君が食べたいものを訊いたら、お姉さんも少し楽しく待てるかもしれない」
姉は妹の手を取り、乾燥の時刻を一緒に確かめる。
殿下がこっちへ戻ると、私は少しだけ肩を寄せて、今日は何を食べるのか訊いた。
彼はすぐ、待つ分のパンも取ってある、と答える。そんな話を点検の隣でしているのが、おかしくて、皮を持つ私の手から力が抜けた。
「朝の地上で、足は痛んでいない。同じ重さの荷を載せた短い飛行なら、ここから確かめられる」
「広く一周。荷を載せたまま方向を急に替えるな」
私が返事をすると、陛下はキリさんへ向く。
「点検を任せます。場所を干すために開く仕事も。二人が同じものを見て、違う判断ならその場で止めて話しなさい」
隊長の腰で、鍵の輪が鳴った。
以前キリさんが使っていた一本が、その中にある。
彼はすぐ渡さず、彼女の点検した紙を読んだ。
妹を乗せる女性の乾燥終了時刻、新しい皮の使用時刻、朝の足の具合。
紙を戻してから、輪を外す。
「開けた者が、片づけるところまで見ろ」
「見る。鍵を」
掌へ、鍵が落ちた。
キリさんは腰の紐へ通す。
戸を開ける時の音が聞こえた。
前と同じ音なのに、列の人が一度に顔を上げる。
陛下は私設台の話も聞いた。
正式な棚を使う人はそちらで、風通しのある別の場所へ干す人は、そこで乾かしてから点検へ持って来る。
飛行の道と順を決める仕事は、まだ隊長のものだった。
そのために、私たちの台を壊す必要はない。
洗濯場の女性が通りかかり、雨の通路をこれからも使うなら、敷布と皮を分けて掛けるよう頼んだ。
殿下が、横向きの最後の字を直す紙をもらう。
「札をもう一枚作ろう。戸の中に干しても、裏に干しても、飛ぶ前の点検は同じだから」
王族用の札があった上段を見る。
翼を広げる場所としては、私の台より広い。
ここを私だけの場所にしてほしい、と以前なら頼んでいたかもしれない。
先頭の女性へ、空いていると伝える。
彼女が妹を呼ぶ手を振り、もう一人の若い人も中へ入った。
新しい皮を、今日の試験の場所へ持って行く。
十四時二十分、銀かんを留めた。
朝と同じ穀物の荷が、私の背へ載る。
殿下は飛び立つ前に、私の目の前へ来た。
「袋はまだ続けていていいそうです。僕は地面で、短く帰るのを見ている」
低い声で返事をした。
足を踏み直し、広い方へ翼を伸ばす。
地面が離れると、背の重さが真ん中へ集まった。朝、首を上げていた時より、上げずに進む方が安定する。
それでも空へ出る力は、何も載せない時より要った。
袋を軽く見たまま、殿下へ大丈夫と伝えてはいけない。
私は大きく曲がり、広場へ戻った。
途中、体を傾けるより先に、顔だけを帰る方へ向けた。
背の袋が遅れて動く。袋の重さを待ってから翼を変えると、前の時よりゆっくり曲がれた。
地面の殿下は、私の影の外へ出ている。
袖を振っているのが見えたので、私は声を掛けそうになった。でも今日、彼の返事を待つために空中へ止まることはできない。
声を掛けるのは降りてから。
近づく広場へ目を戻すと、朝の地上試験より箱が小さく見えた。箱の真ん中へ足を置こうとするより、空いている地面を広く見た方が、降りる向きが分かる。
キリさんがそこへ立ち、腕を上げた。
私は背の重さをもう一度感じる。
これが殿下なら、私と違う方を見て、私と違う時に怖くなる。袋が滑らなかったことだけでは、彼が乗っても平気だとは言えない。
顔を上げず、足を先に伸ばした。
地面の草が風へ倒れ、私の影がその上へ広がる。重い背を左右の足で受けるつもりで、低く降りていく。
鼻を向けた先で、殿下が止まっている。
その顔が笑うまでを見たくても、先に置く足を見た。
一周が終わると、もう一度飛びたくなる。
今度はその気持ちを、次の練習へ残した。
キリさんの腕が、地面の場所を指す。
そこへ足を置く。
荷が滑らず降りたことを確かめ、十四時二十八分に人間へ戻った。
殿下が両手で拍手をした。
私は、どこが怖そうに見えたか訊く。
彼は高さより、曲がる前に地面が横へ動くのが怖かったと答えた。
それも、乗る前に聞ける話だった。
十四時三十分、皮を私設台へ干した。
十六時三十分まで、次には使わない。
キリさんが点検の紙へ時刻を書き、今度は正式棚の鍵を持ったまま台を見ている。
殿下は今日、人を乗せる日を決めなかった。
私は荷の紐を彼へ渡し、ほどくところを一緒に探した。
遠くで、隊長が明日の航路の布を広げる。
客の上を飛ばさないため、中央の道を細く一本にまとめた図だった。翼が通る幅はあるけれど、横へ流されたら、すぐ人の列へ近づく。
キリさんは別の入口も使えるよう残すと提案した。
隊長は、複数の道を同時に使えば見張りが足りないと答える。
明日の風を見て決める、と言い終えたのは彼だった。
私は乾く皮の端を見る。
台の上では、風がこちらからあちらへ通っていた。
明日は同じ向きとは限らない。
殿下が航路の布を巻く手へ目を向け、朝、客を入れる前にも見に行こうと私へ告げた。
二人で朝の集合を決めた。
空へ出るための鍵が戻っても、飛び始めてよいかは、明日の空へもう一度訊くことになる。




