第20話 副長は返事を待たない
赤い布が、舞台の脇で揺れていた。
棒へ結んだ赤い布が、燃える鍋の代わりをする。
モロは火を吐かないし、私も吐けない。
鍋の人が息を吹くと、布が上へ舞い、下へ落ちる。そのたびに旗の人が自分の虹色の端を避けた。
どちらも布だから、混じると何の役か分からなくなる。
私が見ていると、キリさんが二本の棒を別々の箱へ戻した。
「その二つは、同じ方へ持ってこない。こっちが鍋、そっちが旗」
午後の竜隊の広場へ、人間の出番の人たちが呼ばれていた。
昨日の下見で、舞台へ来る順を一度確かめようという話になったのだ。
午前に皮を十時半から十二時半まで干し、家への手紙も送り出してきた。蜜の顔の小札を入れたので、父にはまず、美味しい朝食の証拠が届く。
この午後は、山の役で来ている。
けれど、棒を持つ人たちは、まだ誰の合図で出ればよいのか決めていなかった。
キリさんは、隊長の前へ行った。
朝の市場の宣伝飛行の返事は、最初に済んだ。すでに同じ道を別の竜が使うので、飛ぶ宣伝は引き受けない。
次に、歌の出番の話になる。
「隊長。地上の三人も、空の順を待つのですか」
セルヴォ隊長は、広場の向こうで皮を掛けた借り手を見た。
二人が、空へ出る支度をしている。
彼はその合図を済ませ、キリさんへ答えた。
「空の切れ目に出せばよい。竜祭の進みを、一つに揃える」
「地上の開始は、誰が決めます」
「私が合図を渡す」
旗の人が、自分の棒を持ち直した。
朝の市場へ戻る用事もあるので、できれば一度合わせてから帰りたいという。パンの人も、店に次の焼き上がりがある。
空の方では、まだ待つ借り手が増えていた。
キリさんは、その列へ並ばなかった。
私の方へ来て、時計を見せる。
「ニカ。十三時二十六分から、八分で出番を合わせる。歩くところだけだ」
「隊長の合図は」
「地上の返事を、空へ取りに行くな。私が呼ぶ」
隣の殿下が、パンの袋を机へ置いた。
「待つ方も、お腹が空くんだね。母上がいらしたら、すぐ見られるようにしておこう」
陛下は午後、竜隊の飛行の準備を見る予定だという。
キリさんはそれを知っていた。
答えを聞いてから誰かを集めるつもりでなく、見る人も出る人も、先にここへ呼んでいたのだ。
十三時二十六分に、私は皮を着た。
八メートルの体の周りを、キリさんが空けていく。
囲いを動かさず、鼻先へ来る人の方を少し近づける。尾の端と棒の端がぶつからないように、待つ箱を後ろへ寄せた。
鍋の人は、赤い布を持つ。
旗の人は虹色を持ち、歌う人は口を開くために両手を空けていた。
ダフネも旅人の帽子を被っている。
キリさんが短い合図を出した。
「旅人」
帽子が舞台へ上がる。
「山」
私は鼻を前へ出す。
「お菓子をよこせ」
ダフネが匙を上げ、歌を始めた。
まだ夕飯がないので待て、という言葉が、昨日より短くなっている。あのあと一晩、書き直してきたらしい。
足は動かさず、鍋へ顔を向ける。
鍋の人は、キリさんを見ている。
呼ばれるまでは、出ない。
歌の一節が終わった。
キリさんの口から、次の合図が出る。
「鍋」
赤い布が上がり、私の鼻の横を通った。
火のない山へ、布の火が来る。
口を開けたまま、食べられない夕飯を見る。
ダフネが笑いかけ、自分の台詞へすぐ戻る。
「それは火だよ、山の旦那。待ちなさい、鍋はその向こう」
キリさんの声が、次の人へ届く。
「旗。歌」
虹色が上がり、パンの歌の最後の一節が来た。
店の名前が、自分の喉からきれいに出る。
初めて一緒に合わせた人たちが、途中で誰も空を見上げなかった。
私は夕飯へ向かう山として、顎だけを少し動かす。
低い返事が、パンの声に続いた。
「では、そこへ行こう」
小さな列が、私の顔の前を進んでいく。
すぐ近くに誰かが来ても、私は勝手に手を貸さない。
今日の夕飯は、その人たちが運ぶものだった。
女王陛下が到着した時、ちょうど鍋が私の鼻へ届いた。
火の布が、風で横へ倒れる。
鍋の人が布を直そうとして両手を離しかけた。
キリさんの手が上がる。
「止まれ。布の方だけ直す。歌はそこで待て」
全員が止まった。
首を上げず、鍋のあるところを見たまま待つ。
キリさんは旗の人へ、布を一度地面へ置くよう頼んだ。鍋の人は鍋だけを持つ。
赤い布を別の棒へ結び直すのに、少し時間が掛かった。
その間に、空の方で翼の音がする。
隊長の声も聞こえた。
地上の人たちは、そちらへ首を向けなかった。
自分をもう一度呼ぶ方を見ていた。
私の口も、山の役のままで待っている。
「山が待ちすぎると、おやつを増やします」
殿下が客の方で笑った。
「旅人も増やしてもらうといいね。待ってる間に歌ったぶん」
ダフネが匙をひと振りして返事をする。
キリさんは結び直した棒を見て、鍋の人へ頷いた。
「続ける。鍋のところから」
途切れた歌が、その場所から戻ってきた。
長い翼を一枚も増やさず、止まっていた人の出番が進む。
陛下の顔が、歌う方ではなくキリさんへ向いた。
十三時三十四分に、私は人間へ戻った。
王子の渡す椅子へ座る前に、キリさんが自分で私の皮を受け取る。
それを棚の方へ運び、私の顔と時計を確かめた。
この一回で、彼女が見たものを、私はまだ全部聞いていない。
セルヴォ隊長が空の合図を終え、こちらへ戻ってきた。
舞台の三人は、その場で一度、もう一回できると話していた。待つだけだった顔より、ずっと喋る顔になっている。
陛下はキリさんを呼んだ。
「あなたが止め、あなたが続きを決めたのですね」
「はい。私が地上を見ます。空の号令の切れ目を、歌の中へ持ちこませません」
隊長が、彼女の方へ手を出した。
「全体の進みを、私に聞かず替えた」
「地上で止める時に、空の返事を待たせません。その責任も、私が持ちます」
彼女の靴は、隊長の前で動かなかった。
赤い仮紐はもうない。
それでも、昨日までより自分で置いた靴のように見えた。
陛下がその二人の間へ立つ。
「飛行の道と時刻は共有しなさい。けれど地上の途中で止める合図は、キリに任せます。歌う人も、借り手も、どちらの合図を聞くかを先に知っておくこと」
キリさんが頭を下げた。
隊長は下げなかった。
彼の視線は、舞台よりも、棚に干す皮へ向かっている。
「地上の仕事が欲しいなら、それを務めろ。次の隊長へ、私の推薦を当てにするな」
私は彼女を見た。
隊長になる、と聞いた声を覚えている。
キリさんは、それでも足を戻さない。
「当てにしません。まず今日の続きを見ます」
三人が帰る前に、ダフネがもう一度歌い出した。
キリさんの合図は、前より少なくなっていた。人が自分の出番を覚えたぶん、呼ばなくても来るところが増えたのだ。
人間の体で、その列の後ろへ立つ。
山がいなくても、旅人は夕飯へ着ける。
その続きを一度見たあと、パンの人は自分の店へ戻った。
旗の人も帰り、最後のお父さんは、子に何と言って見せるかもう決めたと教えてくれた。
キリさんは大きく笑わず、帽子と鍋を箱へ戻す。
私は、さっきの推薦の話を聞いてもよいか尋ねた。
「失くしたものがある。だが、欲しかった役も取った。心配するなら、次も呼ばれた時に来い」
私は頷く。
殿下が、私たちへ残っていたパンを渡した。
竜の私は一口だったパンを、人間の私は二つに割る。
片方をキリさんへ出すと、彼女は道具を持っていない方の手で受け取った。
帰ろうとした時、棚の前で金属の音がした。
隊長が、乾燥棚の鍵を一本、自分の輪へ戻していた。
キリさんがいつも使っていたものだ。
明日から正式な棚の点検は、隊長自身がまとめて行うという。
その棚は乾かす場所で、同時に飛ぶ順をもらう場所でもある。
私の皮はまだ、十五時三十四分まで干す途中だった。
今日のうちには、取り出せる。
明日、その戸を開けるのは隊長ひとりになる。
殿下の手の中で、空になったパンの袋が小さく鳴った。
私は皮の端が揺れる方を見て、帰り道の窓辺を思い出した。




