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竜になれる令嬢ですが、王子様は人間の私にもおやつをくれます  作者: ヲワ・おわり


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12/16

第12話 教官の片方の靴

「教官の靴は、勝手に直らない」

キリさんは片方だけ靴を履き、もう片方を机へ載せていた。

雨の道から帰ったあと、私は泥を落とした靴を彼女へ返した。無事に拾えたことには、お礼を言ってもらった。

けれど、切れた紐は切れたままだ。

昼食のあとに竜舎を訪ねると、教官は修理の針と睨み合っていた。机には太い革紐と、細い針。針の穴へ革を通そうとしたのだろうか。革の先が少しつぶれている。

「それは、そのまま通す方の紐ではありませんか」

「分かっている。縫い目も外れた」

靴の踵を裏返して見せてくれる。

内側の布が、端から一筋ほど裂けていた。そこへ針を当てると、硬い革の方まで引っ張ることになる。

私が椅子を引くと、キリさんは針を机へ置いた。

「できるか」

「お父様の靴でよければ、よく直しました」

「それは今ここにない。私のを頼む」

そう言って靴を差し出される。

足を教える方にも、靴は要る。

いつもは靴の向きを正してもらう私が、今日だけ教官の片方を持った。


革の穴には泥が残っていた。

新しい紐を通す前に、竹の先でそれを落とす。靴を斜めにすると、少しずつ粒が机へ出てきた。

石切り場の靴には、もっと白い粉が入る。それを取らないで紐を引いた時には、穴の縁を一つ裂いてしまった。

今日は、指を止める時を覚えている。

キリさんが隣から見ていた。

「その竹も、家の道具か」

「こちらの箸を削っていただきました。元は食事をする方です」

「食事の方へ戻すなよ」

削った先を布へ拭き、革の縫い目から外れた糸を拾う。

そこだけは針の仕事。新しい糸を、古い糸が通っていた穴へ戻していくと、内側の布が踵へ寄ってきた。

キリさんの足より先に、靴の中身が元へ戻った。

机の反対側では、殿下が赤い紐を伸ばしている。

朝、私たちが持ち帰った鍋を、ダフネの箱へ結ぶはずだったものだ。まだ切っていなかったので、足の修理へ一部を貸してもらった。

「新しい革紐の方が、少し短いね」

「古い方が、伸びていたのかもしれません」

「前の冬から同じだ」

「じゃあ、その紐の方がニカより長く副長を知ってる」

雨音に混ざって、キリさんが鼻で笑った。

彼女の頭には、いつもぴったりと髪がまとめてある。机に向かう今は、こめかみの一本だけが外れ、針の先へ下がっていた。

直してあげたくなるが、髪へは触らない。

靴と一緒に頼まれたわけではないからだ。

糸を結び、鋏で切る。

仮の赤い紐を、足首の手前だけへ通した。

新しい革の方は帰りの道まで持たせ、あとで長さの合うものへ替えられるように、強く締めない。

キリさんは靴を履いて、つま先を一度机の下で押した。

「戻った」

「その赤なら、号令より先に足が見えるね」

「足が先に見えるのは当然だ。号令は聞くものだからな」

殿下が、自分の靴の先を持ち上げた。

こちらには赤い紐がない。

その分だけ、キリさんの靴は今日の雨を覚えている。


靴を試しに外へ出ると、西庭の隅の石が濡れていた。

軒の端から落ちた水で、キリさんが歩くところだけ小さな池になっている。彼女はそこを跳んで越えようとした。

靴の赤い紐が揺れる。

私は、思わず彼女の袖へ手を伸ばした。

「その石、丸い方を上へ向けています」

「見れば分かる」

「お父様もそうおっしゃって、よく靴を濡らしました」

雨の中へ放り出した平たい石が、すぐ隣にある。

片側に古い割れ目があるので、私は反対側へ足を載せた。低い場所なら、靴の底が全部つくところを選べる。

そこへ手をつけば、濡れた池の向こうの紐を引き直すこともできた。

キリさんは私の置いた靴を見て、丸い石から足を戻す。

真似をし、少しだけ膝を曲げた。

そこで紐を締め直すと、片手を離しても踵が浮かない。

「なるほど。私なら、跳べると思って先に跳ぶ」

「キリさんなら、跳べるのでしょうか」

「今日は靴の方が信用できない」

「昨日までなら、靴も教官だったのに」

殿下は軒下で、空の桶をひっくり返した。

赤い紐の教官が池を渡り、私の方へ戻る。私の靴はまだ丸い石を避けていた。違う道を歩いてきた人と並ぶと、同じ庭にも選び方が二つある。


今度はキリさんが、桶を一つ庭へ出した。

「尾を見る。今朝、体を戻す時にも、最後まで尾だけが車の方へ向いていた」

「お手伝いが終わったと思うと、足から帰ってしまうので」

「尾は、遅れてついてくるものだと思うな」

十時二十分に軒下へ干した皮は、もう二時間を過ぎていた。

私は庭の空いたところへ広げ、十二時四十二分に着た。雨は続いているので、翼は体へ寄せる。今日は、乾かした直後でも空へ出ない。

キリさんは私の横へ立ち、尾の先へ桶を一つ置く。

体を右へ向けると、尾が左の桶に当たった。

ころり。

水を入れていないので、桶は静かに転がっていく。

「今のは、桶だから困らない」

殿下が桶を拾った。

「僕だったら、ころりとは行かないね。たぶんもっと喋る」

「桶が、喋ってくれたら」

「毎日水をいっぱい入れるなって言いそうだ」

キリさんが、桶を元へ戻す。

私の足の向きを直すのではなく、尾が行く方へ、自分の赤い紐の靴を置いた。

「向きを変える前に、こっちへ一度重さを預ける」

桶を倒さないことだけ考えて、尾を持ち上げようとする。

その時、前足が左へずれた。長い体は、後ろを動かした分だけ前も動きたがる。

人間の私なら足を戻せる。

竜の私には、戻す足がもう二本ある。

私は肩の力を抜き、右の後ろ足で土を押さえた。

尾の先が、桶の縁を越える。

曲がり終えたところで、キリさんが桶を蹴り直した。

「もう一回。空で曲がる時にも、後ろを忘れるな」

さっき直した靴が、私の大きな足と同じ泥を踏む。

前へ前へと見ていた顔が、今日は後ろへ向く。尾の置き場所が見えると、次の桶を自分から目で探した。

三つ目の桶を殿下が持ってきた時には、自分から尾を遠くへ置けた。

十二時四十九分に戻す。

銀かんを開いたあと、私は靴の紐を見た。

尾は消えたが、後ろを確かめる癖まで消さなくてよい。


皮を軒下へ広げると、キリさんが椅子を持ってきた。

片方の赤い紐は、まだ同じところに結ばれている。

「教官にも、苦手なものがあるのですね」

「針の穴は、近づかないと見えない」

「竜の爪ならよく見えるのに」

「それを針の代わりにしたら、靴の方がなくなる」

殿下が椅子を引き、私へ座るよう手を向けた。

キリさんも隣で靴を脱ぐ。今日こそ泥の粒を全部出すつもりらしい。

針の穴の向こうに見えていた彼女の眉が、今はいつもの位置へ戻っていた。

「私は、隊長になりたい。だから足のことも聞いておく」

靴の踵へ指を入れたまま、彼女が言う。

お礼のように聞こえたので、私は竹の道具を机へ置いた。持っていてもらえれば、次は自分で泥を落とせる。

彼女は竹の先を指で確かめ、それから針も手元へ寄せた。

「糸を、もう一度通してくれ。私が見る」

穴を日に向け、細い糸を二つ折りにする。キリさんは顔を近づけると、前へ出てくる髪を、初めて自分で耳へ掛けた。

二度目の糸は、自分で通した。

赤い紐の向こうに、白い細いものが通っている。

「もう靴の教官もできるね」

「その言い方だと、靴を教えることになる。靴が返事をすれば便利だが」

「私は教えられる方でした。今日は、片方だけ貸せたようです」

キリさんの手が針を箱へ戻す。

教わる方にもこんなに手が動くなら、次に分からないことがあっても、先に足を止めて聞けそうだった。

殿下が門の方へ目を向けた。

雨の中を、見覚えのある黄色い幌が進んでくる。

ルドの家の馬車だった。

父が私を迎えに来たのかと思って立つと、御者が箱から手紙を出す。

帰ってこいとは書いていない。

明日の朝、この馬車を使って、一度うちへ顔を見せてほしい。

末尾には、こうあった。

竜になった話は、なるべく食卓ではしないこと。母さんが鍋を大きくしようとしている。


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