↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜になれる令嬢ですが、王子様は人間の私にもおやつをくれます  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/11

第10話 歌う花嫁候補

ダフネは王子様の椅子を、客席図のいちばん後ろへ描いた。

「後ろなんだ」

「前は子ども。それと、歌を聞くのに背伸びが要る人。殿下はその椅子に座れば見えるでしょ」

「見える。僕の足も地面につく」

竜舎の前庭で、殿下が椅子を持ち上げた。ダフネの四角い絵を地面へ写すように、後ろへ下がる。私が先に持とうとした時には、もう腰を下ろしていた。

絵の丸を、一つ埋めたらしい。

昼食のあとで集まった私たちの前には、まだ舞台も客席もない。ダフネが持ってきた木の匙と、小さな鐘と、三枚の台詞の紙が、ひっくり返した箱へ置いてある。

「これは、どういうお歌でしょうか」

「お腹の空いた旅人が、食いしん坊の山を越える歌劇。山が道を塞ぐの。ニカは山」

「山に台詞があるとは知りませんでした」

「ある。お菓子をよこせ、とか」

それなら私は、前に山と話したことがある。

お父様もよく、石切り場の奥へ置いた昼食を探して、同じことを叫ぶ。山が返事をしないので、さらにお腹が空いてしまうのだ。

台詞の紙を一枚受け取った。上に小さく「食いしん坊の山」と書いてある。

その下の台詞には、やっぱりお菓子があった。


同じ顔合わせに来た子のために、竜の役を引き受ける。

そう思って読み始めたら、ダフネは別の紙を箱へ置いた。

そこには今日の朝まで彼女の部屋に掛かっていた札が、紐ごと載っている。

花嫁候補、ダフネ。

「お部屋を、お引っ越しですか」

「うん。候補をやめたから。朝、陛下にお願いしてきた」

紙を持つ指を止めた。市場で客席図を広げるまで、そんな顔をしていなかった。

一緒に机を運んだ日の笑い声を思い出す。あの机を運ぶ時、私がこっちへ来る前から歌のことを考えていたのだろうか。

「あたし、殿下より百人に振り向いてほしいの」

「僕は、その百人に数えてもらえる?」

「来てくれるなら。立ってるだけじゃ数えない。あたしが歌うところ、ちゃんと聞いて」

「それなら、一人目を取っておこうかな」

殿下は箱の鐘を鳴らした。チン、と一度。

その音を聞くと、彼女は腰へ手を当てる。

「開演の合図はまだ。いま鳴らすと、山が出勤してない」

「山にも勤めの時間が」

「十三時十二分から。十分で戻せ」

皮の袋を持っていたキリさんが、時計を出した。

話しているうちに、私は山になれることまで引き受けていた。


前庭の広い方へ、キリさんと皮を運ぶ。

モロは竜舎の日陰で寝ていた。私の肩へ掛ける皮よりも先に、尾の端だけがぴくりと動く。食いしん坊の名前には、聞き覚えがあるらしい。

頭を通し、胸の前で銀かんを合わせた。

顔が高くなり、箱も鐘も小さくなる。ダフネは近づいてこなかった。自分の立つ位置へ匙を置いて、私へ向かって腕を広げる。

「あたしはここから向こうへ行きたい旅人。山は、ここへ来るのを止める」

前足を一歩出した。

ダフネが匙を拾い、私の鼻先へ掲げる。

「どいておくれ、山の旦那。夕飯に間に合わない」

「お菓子をよこせ」

声が低すぎた。

台詞の最後の音が、竜舎の壁へ当たって帰ってくる。眠っていたモロが頭を上げ、私ではなくダフネの匙を見た。

もう一頭、食いしん坊の山が起きてしまった。

「今の山なら、夕飯も要求しそうだね」

「声はいい。でも、もっと不満そうに。食べてない山なの」

不満。

思い出せるものはたくさんある。

朝、私の靴の片方だけが遠くへ蹴り出されていたこと。市場の杏子を選んでいる間に、よい色の三つがほかのお客へ売れたこと。殿下が緑の頬の絵を、一枚しか買わなかったこと。

最後はなぜ不満なのか、自分でもよく分からない。

私は口を開いた。

「お菓子を、よこせえ」

今度はダフネが笑わなかった。

顎を上げ、匙を振りながら、私の声の最後へ歌を重ねる。

山へあげるお菓子はないが、お祭りの夕飯なら大きな鍋にあるという歌だ。匙を掲げるたび、私の前足のすぐ向こうを、彼女の靴が跳ねる。

竜の私には小さな踊りなのに、匙の先まで目を引っ張られた。

鍋に何を入れるか、野菜が先か、山の口は幾つあるか。

問いかける声が上がり、下がる。

歌っている間のダフネは、誰の顔も確かめなかった。私も殿下も、彼女が決めた場所へ向かされている。

最後に匙を高く持ち上げた時、前庭の向こうで拍手がした。

庭師が二人、木の支えを運ぶ途中で止まっていた。

「もう一度、鍋のところ!」

「そこだけじゃ山がどかないでしょ」

そう言い返す顔は、机を運ぶ時と同じだった。

私は前足を持ち上げる。

旅人のために道を開けるはずが、つい、その匙をもっと近くで見たくなった。

ダフネが首を振った。

「山は下がる。あたしを隠さない」

大きな鼻を引っこめ、足を一歩戻す。

見上げるほどの体で、彼女のために小さくなる。

椅子に座った殿下が、片手を上げた。

「歌が聞こえる時は、旅人を見たい。山の返事で、また山を見る。交互だと、お腹が二つ空くね」

「一つは殿下のお腹でしょ」

「そう。今の歌で、昼食が急に遠くなった」


同じ場面を二度繰り返し、その終わりに、ダフネは鐘を鳴らした。

今度は開演ではなく、幕を下ろす合図。幕はまだないので、彼女が両腕を大きく下ろす。

私も翼を畳む。

前庭の土へ顎を近づけると、木の匙がちょうど見える。山に食べ物をあげる歌だと思ったけれど、旅人の方もまだ夕飯へ着いていない。

「旅人は、山とご飯を食べるのでしょうか」

「そこから先は、まだ書いてない」

「ぜひ、一緒に食べてほしいです」

「どうして?」

お菓子を要求する山を、一人で置いて行きたくなかった。

けれど、それを言うと山の役へ私のことを混ぜすぎる気がした。台詞の紙に書いていない理由を、私は探す。

「山が歩いてついてきたら、帰り道も塞がります」

ダフネが声を上げて笑った。

「じゃあ、山はついてくる。お祭りまで。あたし、歩く山を書く」

十三時二十二分に、キリさんが時計を上げた。

私は銀かんを外し、下へ戻った。皮を広げると、喉へ指を当てる。低い声を出したあとでも、いつもの声になっていた。

ダフネはさっそく、三枚目の紙へ鉛筆を走らせる。

候補の札が、その紙を風から押さえている。


殿下の椅子を片づけようとしたら、本人がその椅子を私の横へ運んだ。

「続きを相談する間、ここでも一人目にしてもらおう」

「いまは相談に混ざる人。ニカ、山の嫌いな食べ物は?」

「酸っぱい杏子です」

日陰から、モロの鼻が伸びてきた。

ダフネは紙へ「酸っぱい杏子」と書き、隣に小さな竜を描く。モロは紙を食べたがらず、私の持つ袋を嗅いだ。

今日は甘い方しか入っていない。

殿下がモロの鼻を見た。


「同じ顔なのに、よく分かるんだね」

「私には、まだ難しいです」

ダフネが、箱から候補の札を取った。新しい紙には、彼女の名前の上へ「旅人」と書いてある。

「お家の方は、お歌を聞きに来られますか」

「お父様は、候補をやめたら帰ってこいって言うと思う。だから先に、陛下に竜祭まで置いてくださいってお願いした」

「陛下のお返事は」

「歌を聞いてから祭の出番を決める、だって。竜祭まで泊まるのはいいって。いまので、お客が二人増えたでしょ。陛下にも聞いてもらわなきゃ」

彼女は鐘を箱へしまう。残してきた家に声が届く前に、こちらで歌う場所を作るつもりなのだ。

手紙の封を切るお父様の顔を思い、私は匙を握った。私のお父様にも、こんな山になったことを知らせよう。

けれど歌の旅人は、私を呼ぶ時にはニカと言った。

モロの顔へなる前から、そう言っていた。

午後の風が涼しくなった。皮の縁を直しているキリさんの向こうで、空の青いところが細くなっている。

明日は雨になる、と庭師が教えてくれた。

ダフネが紙を畳み、木の匙を私へ持たせる。

「明日は続きを書く。山、風邪引かないでよ」

「皮は、濡れたらどうなるのでしょう」

キリさんが振り返った。

「着られる。飛べない。雨の日の山は、地面で待て」

殿下が、自分の椅子の座面を叩いた。

山のぶんも空いている、と言うには、ずいぶん小さな場所だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。