第96話 飛空船と空への準備
空が落ちる。
あまりにも大きな話だった。
だが。
この場に居る誰も、それを冗談だとは思わなかった。
◇◇◇
「空へ行く方法は?」
ペケが即座に聞く。
アステリアは少し驚いた顔をする。
「……信じるんですね」
「ヒオリが反応してる」
即答だった。
ヒオリの星痕。
ルナの歌姫紋章。
そして。
空から落ちてきた少女。
偶然にしては出来すぎている。
◇◇◇
「方法ならあります」
アステリアが頷く。
「天空群島へ行くための飛空船が」
「飛空船!?」
アイリスが目を輝かせた。
「乗りたい!!」
「まだ行くと決まってない」
セオドアが冷静に突っ込む。
だが。
誰もが薄々分かっていた。
絶対行く。
◇◇◇
「場所は?」
ペケが聞く。
「王国西方」
アステリアが答える。
「忘れられた空港湾」
その瞬間。
セレスティアの顔色が変わった。
「まさか」
「知ってるの?」
ヒオリが聞く。
すると。
海王姫は静かに頷いた。
「三百年前に閉鎖された古代飛空船港です」
「まだ残ってたのか」
レートが驚く。
「存在自体が伝説扱いだったはず」
◇◇◇
アステリアが続ける。
「そこに一隻だけ残っています」
「《アルカディア》」
静寂。
その船名に。
何故かヒオリの星痕が反応した。
◇◇◇
「またか」
ペケが小さく呟く。
「え?」
「お前、その反応すると大体面倒なことになる」
「酷くない!?」
事実だった。
全員頷いた。
ヒオリだけ納得していない。
◇◇◇
一方その頃――
王立アルカディア学院。
学院長室。
「ほぉ」
学院長エルグランは一枚の報告書を見ていた。
【天空群島崩壊現象確認】
【雲海上部異常魔力反応】
【浮遊島落下観測】
老学院長は静かに笑う。
「やはり始まったか」
◇◇◇
その時。
部屋の扉が開く。
「学院長」
入ってきたのは一人の女性教師だった。
「呼ばれましたか?」
「ああ」
学院長が頷く。
「そろそろ君の出番だ」
静寂。
女性教師の表情が少しだけ変わる。
「……天空ですか」
「うむ」
学院長は窓の外を見る。
「深海が終わったなら、次は空」
「順番通りだ」
意味深な言葉だった。
◇◇◇
一方その頃――
ヴァルディア帝国。
ルナリア皇女の部屋。
「空?」
新聞を読んでいたルナリアが顔を上げる。
「今度は空?」
数秒。
沈黙。
そして。
「お兄様、本当に世界災厄専門家になってない?」
侍女が否定できなかった。
◇◇◇
その夜。
マレフィス王城。
客室。
アステリアは一人窓の外を見ていた。
不安だった。
本当は。
ずっと。
◇◇◇
「……怖い?」
声。
振り返る。
ヒオリだった。
◇◇◇
「少しだけ」
アステリアが答える。
「皆を連れて行くことになるから」
「うん」
「もし失敗したら」
「うん」
「空の人達が」
その先が言えない。
◇◇◇
すると。
ヒオリが隣へ座った。
「大丈夫」
優しく笑う。
「私も最初そうだったから」
「……え?」
「深海の時も怖かった」
ヒオリは少し苦笑する。
「今も怖いよ」
それは本音だった。
◇◇◇
「でも」
蒼い瞳が細まる。
「一人じゃない」
その瞬間。
アステリアの瞳が揺れる。
◇◇◇
「ぺけも居るし」
「ルナちゃんも居る」
「リツさんも」
「皆も」
ヒオリは笑った。
「だから大丈夫」
◇◇◇
その時。
アステリアは初めて思った。
もしかしたら。
本当に救えるのかもしれない、と。
◇◇◇
その頃。
遥か空の果て。
天空群島最奥。
巨大水晶が半分以上砕けていた。
黄金眼が開く。
巨大な翼が広がる。
そして。
誰も居ない空へ向かって呟く。
『来るか』
低い声。
どこか楽しそうだった。
『なら待っていよう』
その瞬間。
空の一部が、まるで裂け目のように歪んだ。
第二の災厄が。
確実に目覚め始めていた。




