第91話 歌姫と騒がしい仲間達
マレフィス王城。
帰還から三日後。
平和だった。
驚くほどに。
◇◇◇
「ルナちゃーーん!!」
朝。
王城中庭へ、アイリスの声が響く。
『ひゃっ!?』
ルナがびくっと肩を震わせた。
「見て見て見て!」
アイリスが両腕いっぱいに服を抱えている。
「着せ替え大会しよう!!」
『……たいかい?』
「うん!!」
満面の笑み。
だが。
ルナは嫌な予感しかしなかった。
◇◇◇
一時間後。
「可愛いぃぃぃぃ!!」
アイリスが絶叫した。
ルナは涙目だった。
『……恥ずかしい』
白いフリルワンピース。
青いリボン。
花飾り。
完全に海の妖精だった。
「似合う」
ヒオリが笑う。
ミリアも頷く。
「大変お可愛らしいです」
『……ぅぅ』
ルナの顔が真っ赤になる。
その時だった。
「何騒いでるんだ」
レートが通り掛かる。
そして。
ルナを見る。
数秒停止。
「……」
「……」
「レート?」
「いや」
彼は真顔で答えた。
「可愛いなと思って」
『!?』
ルナが固まった。
アイリスが吹き出す。
「天然たらし来た」
「何でだよ」
本人だけ分かっていなかった。
◇◇◇
一方その頃――。
王城裏庭。
リツは静かに木陰へ座っていた。
珍しく一人。
歌も歌っていない。
「……」
深海から帰ってきてから。
少しだけ考える時間が増えた。
昔の記憶。
ルナ。
最後の歌い手。
全部が曖昧だ。
その時だった。
「いた」
声。
振り返る。
ルナだった。
『……隣、いい?』
「ん」
短い返事。
ルナが隣へ座る。
少し沈黙。
不思議と気まずくない。
◇◇◇
『……ありがとう』
ルナが小さく言った。
「何が」
『歌』
静かな声。
『ずっと聞きたかった』
リツが少し困った顔をする。
「俺もよく分かってねぇんだけどな」
『うん』
「前世とか言われても困るし」
『うん』
「面倒だし」
『うん』
ルナが少し笑う。
その笑顔を見て。
リツも少しだけ笑った。
「まぁ」
空を見る。
「今は今でいいだろ」
その言葉に。
ルナが小さく頷いた。
『……うん』
◇◇◇
一方その頃――。
王立アルカディア学院。
男子寮。
「え?」
ガブが新聞を見て固まっていた。
【深海災厄鎮静】
【蒼星の姫と灰銀の王子】
【海底歌姫保護】
「また増えてる」
可愛い顔が引きつる。
「兄上また人拾ってる……」
ミーチーが後ろで苦笑した。
「今回は女の子ですね」
「いやそうじゃなくて」
ガブが頭を抱える。
「兄上の周り毎回国家級事件起きてるんだけど」
正論だった。
◇◇◇
同時刻。
ヴァルディア帝国。
ルナリア皇女も同じ新聞を読んでいた。
「ふふふ」
笑っている。
「楽しそうですね」
侍女が言う。
「だって」
ルナリアが楽しそうに答える。
「お兄様、絶対また面倒事に巻き込まれるもの」
紫眼が細まる。
「しかも今回は海底歌姫」
「次は空のお姫様かもしれない」
その予想は。
何故か妙に当たりそうだった。
◇◇◇
夕方。
王城テラス。
ヒオリは一人、紅茶を飲んでいた。
海風が心地良い。
平和だ。
本当に平和。
その時。
後ろから声がする。
「ここに居たか」
ペケだった。
「あ、ぺけ」
自然に隣へ座る。
少しの沈黙。
でも嫌じゃない。
「……平和だね」
ヒオリが笑う。
「ああ」
ペケも海を見る。
そして。
少しだけ目を細めた。
「だからこそ、長くは続かない」
「え?」
ヒオリが首を傾げる。
すると。
ペケは遠い空を見る。
その向こう。
雲のさらに上。
「……次が来る」
低い声。
それは予感ではなく。
確信みたいだった。
その頃。
誰も知らない遥か上空で。
巨大な雲海が、静かに動き始めていた。




