第90話 海が繋いだもの
数日後。
《ルミナス・アーク》は、蒼都アクアレイスへ帰還していた。
海上都市は、お祭り騒ぎだった。
「深海門閉鎖成功!!」
「蒼星様だ!!」
「灰銀の王子だ!!」
「歌い手様ぁぁぁ!!」
「最後の歌い手って何なんだよ!?」
リツが本気で嫌そうな顔をしていた。
◇◇◇
港には、大勢の民が集まっていた。
花。
歌。
歓迎旗。
完全に英雄帰還だった。
「うわぁ……」
ヒオリが少し圧倒される。
「凄い人……」
「まぁ、深海災厄封印だからな」
ペケが静かに言う。
「普通は国家規模祝賀になる」
「普通って何……」
その時だった。
「ヒオリ様ぁぁぁ!!」
子供達が駆け寄ってくる。
「海守ってくれてありがとう!!」
「蒼星様!!」
「また星降らせて!!」
「えぇ!?」
完全に捕まった。
すると。
後ろでレートが笑う。
「人気者」
「他人事じゃないでしょ」
実際。
レートも女性陣に囲まれていた。
「レート様ぁぁ!!」
「今回もかっこよかったです!!」
「一緒に写真を――」
「いや待て押すな押すな」
だが。
本人は普通に慣れていた。
隣でリツが遠い目をしている。
「俺もう海来たくねぇ……」
「歌った時点で諦めろ」
ペケが即答した。
◇◇◇
その時だった。
「……わぁ」
小さな声。
ルナだった。
港町。
笑い声。
賑わい。
彼女は呆然と周囲を見ていた。
何百年も閉ざされた深海に居た少女。
だから。
こういう景色を知らない。
「綺麗?」
ヒオリが隣で笑う。
ルナは、小さく頷いた。
『……あったかい』
その瞬間。
近くを歩いていた小さな女の子が、ルナへ花を差し出した。
「お姉ちゃん、これ!」
『……え?』
「綺麗だから!」
黄色い小花。
ルナは目を丸くする。
『わたしに?』
「うん!」
無邪気な笑顔。
その瞬間。
ルナの瞳から、ぽろりと涙が零れた。
「っ!? お姉ちゃん!?」
『ご、ごめ……っ』
慌てて涙を拭う。
でも。
止まらない。
ヒオリが、そっとルナの手を握った。
「大丈夫」
ルナが震える。
『……優しい』
小さな呟き。
『みんな、優しい』
◇◇◇
一方その頃――。
ヴァルディア帝国。
帝都グランヴェル。
第三皇女ルナリア・ヴァルディアは、ソファへ寝転がりながら新聞を読んでいた。
【深海災厄、沈静】
【蒼星と灰銀、再び奇跡】
【海底歌姫、確認】
「……ふふ」
ルナリアが楽しそうに笑う。
「お兄様、本当に世界規模で面倒事拾ってる」
すると。
後ろで侍女が苦笑した。
「嬉しそうですね」
「だって面白いもの」
紫眼が細まる。
「しかも、“海底歌姫”まで連れて帰ってる」
「……問題になりませんか?」
「なる」
即答だった。
「だから面白いの」
◇◇◇
その夜。
マレフィス王城。
海風が吹くバルコニー。
ヒオリは、一人海を見ていた。
静かな夜。
海霊光。
優しい波音。
「……眠れないのか」
後ろから声。
ペケだった。
「ちょっとだけ」
ヒオリが苦笑する。
「色々ありすぎて」
「まぁな」
ペケも隣へ立つ。
少しの沈黙。
不思議と嫌じゃない静けさだった。
その時。
ヒオリが小さく笑う。
「でも、よかった」
「何がだ」
「ルナちゃん、生きられた」
蒼い瞳が海を見る。
「やっと、普通に笑えるようになったから」
その瞬間。
ペケが静かにヒオリを見る。
「……お前もな」
「え?」
「昔より、ちゃんと笑うようになった」
静寂。
ヒオリが少し目を丸くする。
「……そうかな」
「ああ」
短い返事。
でも。
真っ直ぐだった。
海風が吹く。
星が揺れる。
その瞬間。
遠い海面で、海霊光がふわりと跳ねた。
まるで。
誰かが、二人を見守っているみたいに。




