第89話 新しい居場所
朝。
《ルミナス・アーク》は、海上へ完全浮上していた。
窓外には、青い海。
柔らかな潮風。
まるで。
深海での出来事が夢だったみたいに穏やかだった。
◇◇◇
「……眩しい」
ルナが、小さく目を細める。
甲板。
朝日。
海霊光。
彼女は不思議そうに空を見上げていた。
「空、久しぶり?」
ヒオリが隣へ座る。
ルナは静かに頷いた。
『……多分』
「多分なんだ」
『長すぎて、よく分かんない』
少し困ったように笑う。
その表情は。
ようやく年相応の少女らしく見えた。
◇◇◇
すると。
「ルナちゃん!」
アイリスが元気よく現れる。
「お腹空いてない!?」
次々料理を置き始める。
「魚スープ!」
「海晶パン!」
「果実水!」
「ちょ、アイリス落ち着け」
レートが止める。
だが。
アイリスは真剣だった。
「だって何百年もまともに食べてないかもしれないんだよ!?」
「まぁそれはそう」
ルナが目を丸くする。
『……食べて、いいの?』
その一言で。
一瞬空気が止まった。
「……当たり前でしょ」
ヒオリが優しく笑う。
「いっぱい食べよ?」
その瞬間。
ルナの瞳が、少しだけ潤んだ。
◇◇◇
数分後。
「……おいしい」
ルナが小さく呟く。
魚スープを両手で持ちながら、少しずつ飲んでいた。
「よかったぁぁ……!」
アイリスが感動していた。
「完全に保護者だなお前」
「母性が溢れちゃった」
「まだ二十歳だろ」
レートが呆れる。
だが。
その空気は、かなり穏やかだった。
◇◇◇
その時だった。
ルナの視線が、ふとリツへ向く。
後方甲板。
彼は海を見ながら、静かに歌っていた。
『……』
ルナの瞳が揺れる。
すると。
リツも気付いた。
「……何だ」
『……歌』
「ん?」
『好き』
静寂。
リツが少し固まる。
「……そうか」
珍しく、少し照れていた。
後ろでレートが吹き出す。
「おい最後の歌い手」
「その呼び方やめろ」
「照れてんの?」
「黙れ」
耳が赤かった。
◇◇◇
一方その頃――。
リュミエール王国。
星見の塔。
アリア・リュミエールは、静かに星盤を見つめていた。
深海反応。
完全沈静。
だが。
彼女の表情は晴れない。
「……“母”が消えた」
小さな呟き。
その時。
星盤中央へ、“新しい星”が灯る。
蒼い小星。
アリアの瞳が揺れる。
「……海底歌姫」
静寂。
すると。
彼女は、どこか寂しそうに微笑んだ。
「やっと、帰ってこられたのね」
◇◇◇
同時刻。
ヴァルディア帝国。
地下封印区画。
闇。
静寂。
その中で。
黄金眼の男が、ゆっくり立ち上がっていた。
『封海門が閉じた……か』
低い声。
だが。
その口元は笑っている。
『なら次は、“空”だ』
その瞬間。
巨大封印鎖が、僅かに軋んだ。
ギギギ――。
◇◇◇
《ルミナス・アーク》甲板。
海風。
朝日。
その中で。
ヒオリは、ルナと並んで海を見ていた。
『……ねぇ』
「ん?」
『わたし、ここに居ていいの?』
小さな声。
不安そうだった。
何百年も、“役割”としてしか扱われなかった少女。
だから。
居場所の作り方を知らない。
すると。
ヒオリが、当たり前みたいに笑った。
「居てよ」
即答だった。
「むしろ帰さない」
『……え』
「ね?」
ヒオリが後ろを振り返る。
すると。
「当然」
ペケ。
「歓迎するぞ」
セオドア。
「一緒に遊ぼ!」
アイリス。
「魚料理なら任せろ」
レート。
「……騒がしくなるなぁ」
リツが苦笑する。
ルナは、呆然としていた。
そして。
次の瞬間。
ぽろぽろ涙を零し始める。
『……あった』
「?」
『わたし、“帰る場所”あったんだ』
その声は。
ようやく孤独が終わった少女の声だった。




