第86話 さよならの海
ゴゴゴゴゴ――。
巨大石門が、ゆっくり閉じていく。
深海全域へ、蒼銀と灰銀の光が満ちていた。
リツの歌。
ヒオリの星霊。
ペケの灰銀。
そして。
海底少女の封海旋律。
全てが、一つへ重なっている。
◇◇◇
『やめろォォォォォッ!!』
《レヴィア=ネメシス》が絶叫する。
黒い侵食。
黄金眼。
巨大な災厄が、最後の抵抗を始めていた。
『また独りになる!!』
『また失う!!』
『だから閉じるなァァァ!!』
その声は。
怒りじゃなかった。
“恐怖”だった。
孤独への恐怖。
ヒオリは、その感情を知っていた。
だから。
悲しくなる。
「……終わらせよう」
ヒオリが小さく呟く。
蒼い瞳が真っ直ぐ前を見る。
「もう、誰も一人にならないように」
その瞬間。
《星灰連理》が、さらに強く輝いた。
轟――!!
蒼銀と灰銀の光柱が、深海を貫く。
巨大災厄の黒霧が、少しずつ浄化されていく。
『ぁ……』
《レヴィア=ネメシス》の黄金眼が揺れる。
その奥に。
一瞬だけ、“泣いている少女”が見えた気がした。
◇◇◇
一方その頃――。
深海最奥、“門”のさらに奥。
星空空間。
無数の棺。
その中央で。
灰銀紋章を持つ青年が、ゆっくり目を開けていた。
『……終わるのか』
静かな声。
青年は少しだけ笑う。
『やっと』
その時。
遠くから、歌が聞こえた。
懐かしい旋律。
青年の瞳が、僅かに揺れる。
『……まだ歌ってるのか』
その声音だけ。
どうしようもなく優しかった。
◇◇◇
深海都市。
巨大石門が、あと少しで閉じる。
だが。
海底少女の身体が、崩れ始めていた。
「っ……!」
ヒオリが息を呑む。
蒼い粒子。
光。
身体が消えかけている。
『……大丈夫』
少女が、少し困ったように笑った。
『わたし、元々“鍵”だから』
「駄目!!」
ヒオリが即座に叫ぶ。
「そんな終わり方、駄目だよ!!」
少女が目を見開く。
『……え?』
「やっと会えたのに!」
涙が溢れる。
「これからでしょ!?」
その瞬間。
海底少女の瞳が、大きく揺れた。
まるで。
そんなことを言われると思っていなかったみたいに。
◇◇◇
すると。
《ネメア・アストラ》が、静かにヒオリを見る。
『……星霊』
白い存在の瞳が揺れる。
『あなたは、本当に似ている』
「……誰に?」
静寂。
だが。
《ネメア・アストラ》は答えなかった。
代わりに。
白い腕が、そっと海底少女へ触れる。
優しく。
本当に優しく。
母親みたいに。
『……もう、役目は終わり』
その瞬間。
海底少女を構成していた“鍵術式”が、ゆっくり分離し始める。
「え……?」
セレスティアが息を呑む。
「解除してる……!?」
『今代の星霊は』
《ネメア・アストラ》が静かに言う。
『“繋ぐ”ことを選んだ』
白い光。
歌。
そして。
海底少女の身体から、黒い鍵紋章が抜け落ちていく。
その瞬間。
巨大石門が、完全に閉じた。
轟――――。
深海全域へ、静寂が広がる。
◇◇◇
《レヴィア=ネメシス》の黄金眼が、ゆっくり閉じていく。
『……また』
その声は。
もう災厄じゃなかった。
『また、歌を聞かせて』
そして。
黒い侵食が、静かに消滅していく。
まるで。
長い悪夢が終わるみたいに。
◇◇◇
深海が静まる。
歌も止んだ。
残ったのは。
静かな海霊光だけ。
その中で。
海底少女が、呆然と自分の手を見る。
『……消えてない』
ヒオリが泣きながら笑った。
「だから言ったでしょ」
少女の瞳から、また涙が零れる。
『……ありがとう』
その瞬間。
《ネメア・アストラ》の巨大な姿が、少しずつ光へ還り始める。
最後に。
白い存在は、静かに微笑んだ。
『――今度こそ、幸せになってね』
その声は。
どこまでも優しい、“母の声”だった。




