第80話 約束の旋律
深海。
崩壊する海底都市。
その中心で。
リツの歌声が、静かに響いていた。
「――……」
優しい旋律。
暖かい声。
まるで。
“帰ってこられる場所”を作るみたいな歌だった。
その瞬間。
海底神殿の紋様が、一斉に輝く。
蒼い光。
古代旋律。
そして。
閉じ始めた巨大石門が、さらに動き出した。
『やめろ』
《レヴィア=ネメシス》が咆哮する。
『その歌を、思い出させるな』
黒い津波。
深海圧。
災厄魔力。
だが。
リツは歌を止めなかった。
「……っ」
頭が痛い。
知らない記憶。
でも。
胸の奥で、“誰か”が泣いている気がした。
◇◇◇
一方その頃――。
リュミエール王国、王城。
星見の塔。
深夜。
一人の女性が、静かに夜空を見上げていた。
淡金髪。
青白い瞳。
年齢は三十代半ばほど。
ヒオリの母――アリア・リュミエール。
「……海が鳴いている」
小さな呟き。
すると。
塔奥の巨大星盤が、突然淡く光り始めた。
カチ……。
星盤が、ひとりでに動く。
「っ……!」
アリアの表情が変わる。
その軌道は、“封星災厄級”。
つまり。
国家滅亡級予兆。
「まさか」
彼女の指先が震える。
「深海門が……開いたの?」
その瞬間。
星盤中央へ、“二つの光”が映った。
蒼銀。
そして。
灰銀。
アリアは息を呑む。
「ヒオリ……」
その瞳には。
母としての不安と。
“何かを知っている者”の恐怖が混ざっていた。
◇◇◇
深海都市。
リツの歌声が、さらに強く響く。
すると。
海底少女の身体を蝕んでいた黒い侵食が、少しずつ剥がれ落ち始めた。
『ぁ……』
少女が、自分の手を見る。
黒かった亀裂が、消えていく。
「……戻ってる」
ヒオリが目を見開く。
その時。
リツの旋律へ、“もう一つの歌”が重なった。
「え……?」
ヒオリだった。
本人も無意識だった。
星霊魔力が、自然と旋律へ変換されていく。
歌。
祈り。
星光。
その瞬間。
深海全域へ、巨大な蒼銀魔法陣が展開された。
「これは……!」
セレスティアが息を呑む。
「星霊封海陣……!」
古代海洋神殿の全術式が起動する。
崩壊していた神殿柱が修復され。
都市全域へ光が戻る。
まるで。
数千年前の神殿が、一瞬だけ蘇ったみたいだった。
◇◇◇
その時。
海底少女が、ゆっくりヒオリへ近付く。
『……ありがとう』
涙を流しながら笑う。
『やっと、終われる』
「終わる……?」
『うん』
少女が静かに振り返る。
巨大石門。
閉じ始めた門。
そして。
《レヴィア=ネメシス》。
『本当はね』
少女が、小さく笑った。
『わたし、“鍵”なの』
静寂。
「……鍵?」
『門を閉じるには、“星霊核”が必要だった』
ヒオリの胸がざわつく。
『だからわたしは、ここへ沈められた』
その言葉に。
ヒオリの顔が強張る。
まただ。
また。
誰かが“封印のためだけ”に一人にされていた。
すると。
少女が少し困ったように笑った。
『でも、嫌じゃなかったよ』
『あの人が歌ってくれたから』
蒼い瞳が、リツを見る。
リツは静かに歌を続けていた。
だが。
その瞳は少しだけ揺れていた。
きっと。
彼自身も、もう分かり始めている。
この場所へ、自分が“関係していた”ことを。
◇◇◇
その瞬間。
《レヴィア=ネメシス》が、初めて“本気”の咆哮を上げた。
『認めぬ』
深海が割れる。
黄金眼が無数に開く。
『今度こそ、世界を還す』
次の瞬間。
門奥から、“巨大な本体”が動き始めた。
それは。
今まで見えていた黒腕など比べ物にならないほど巨大だった。
「っ……!」
セレスティアが顔を青くする。
「まだ、本体じゃなかったんですか……!?」
その瞬間。
深海最奥で。
“第二の黄金眼”が、ゆっくり開いた。




