第78話 蒼星の抱擁
黒い津波。
深海災厄《レヴィア=ネメシス》の咆哮と共に、海底都市全域へ災厄魔力が放たれる。
『星霊ァァァァァァッ!!』
轟ォォォォン――!!
「っ!!」
《ルミナス・アーク》が激しく軋む。
海洋防壁が砕け始めた。
「防壁耐久二〇%!!」
「このままだと沈みます!!」
海兵達の悲鳴。
崩壊する深海都市。
だが。
その中で。
ヒオリだけは、真っ直ぐ海底少女を見ていた。
『どうして……』
少女の声が震える。
『どうして、助けようとするの?』
ヒオリは少しだけ困ったように笑った。
「だって」
蒼い瞳が優しく細まる。
「泣いてるから」
その瞬間。
少女の瞳から、大粒の涙が零れた。
◇◇◇
「ヒオリ!!」
ペケが低く叫ぶ。
だが。
ヒオリは一歩前へ出る。
蒼銀魔力。
星痕。
深海全域へ、柔らかな光が広がっていく。
「……また無茶する気だな」
ペケが眉を寄せる。
すると。
ヒオリが少しだけ笑った。
「でも、ぺけ居るでしょ?」
静寂。
その瞬間。
ペケが深く息を吐く。
「……本当にずるいな、お前は」
「え?」
「そう言われると止められない」
灰銀魔力が展開される。
銀色の稲妻。
深海圧すら裂くような威圧感。
ヒオリが少し嬉しそうに笑う。
その時だった。
「なら俺もやるぞ」
リツが静かに前へ出る。
「リツさん?」
彼はまだ少し顔色が悪かった。
さっき流れ込んだ記憶のせいだ。
でも。
その瞳には迷いがなかった。
「正直、訳分かんねぇ」
少し困ったように笑う。
「けど」
海底少女を見る。
「……放っとけねぇだろ」
その瞬間。
少女が息を呑む。
その顔は。
何百年も前の“誰か”を見ているみたいだった。
◇◇◇
次の瞬間。
リツが歌い始める。
静かな旋律。
優しく。
暖かい歌。
すると。
深海全域へ、“蒼い紋様”が広がった。
「……!?」
セレスティアが目を見開く。
「古代封海術式……!」
海底神殿の壁。
崩壊していた術式群が、一斉に再起動していく。
まるで。
海そのものが、リツの歌を覚えていたみたいに。
『ぁ……』
海底少女が震える。
『……同じ』
涙が零れる。
『やっぱり、あなたなんだ』
「……誰なんだよ、俺は」
リツが小さく呟く。
すると。
少女が泣きながら笑った。
『わたしの、“最後の歌い手”』
その瞬間。
《レヴィア=ネメシス》が咆哮する。
『認めぬ!!』
巨大黒腕が振り下ろされる。
だが。
次の瞬間。
「――斬る」
灰銀閃。
ペケの斬撃が、深海そのものを裂いた。
轟!!
巨大黒腕が吹き飛ぶ。
さらに。
「――星よ」
ヒオリの蒼銀魔力が、深海都市全域へ広がる。
優しい光。
暖かな星光。
その瞬間。
海底少女を侵食していた“黒い亀裂”が、少しずつ消え始めた。
『……え』
少女が目を見開く。
「大丈夫」
ヒオリが優しく笑う。
「今度は、一人じゃないから」
その言葉を聞いた瞬間。
海底少女は、声を上げて泣き始めた。
子供みたいに。
何百年分もの孤独を吐き出すみたいに。
その時だった。
深海都市最奥。
巨大石門中央へ、“紋章”が浮かび上がる。
星。
歌。
そして。
灰銀。
三つの紋章が、同時に輝く。
セレスティアが息を呑んだ。
「……門が」
ゆっくり。
本当にゆっくり。
巨大石門が、“閉じ始める”。
だが。
その瞬間。
《レヴィア=ネメシス》の黄金眼が、初めて“恐怖”を滲ませた。
『やめろ』
深海が震える。
『それだけは、やめろ』
その声に。
ヒオリは、黒冠の時と同じものを感じていた。
――この災厄は、“何か”を恐れている。




